ネズミーランド行きもつつがなく終えた、5月のゴールデンウィーク明けだった。
今度は、おれが、スカウトされた。
声をかけられたのは、放課後、ひとりで図書館にいたときのことだった。
おれは、読書が好きだ。
フィクション、ノンフィクション問わず、興味がありそうなものは、片っ端から読む。
読むのは、たいてい自宅だ。
学校では、本を読む時間など皆無だった。
休み時間は、くっつき虫さながらの王太陽にいつもくっつかれている。
だから、図書館で本を借りるのは、たいがい放課後だ。
放課後の図書館は、おれの、大好きな場所だった。
放課後、本を借りにくるような物好きは、おれを含めて、ひとりふたり程度。
図書委員の他、誰もいない日もめずらしくはない。
どこまでも静謐な、本に満たされた空間。
人目のないそこは、個室トイレと同じくらいリラックスできる場所だ。
と、同時に、自宅よりも集中できるので、勉強するにも、もってこいの場所だった。
その日は、適当に読む本を見繕うつもりで図書館に行った。
ら、カウンター当番の図書委員の三年女子、相模先輩から、スカウトされたのだ。
「佐久間くん、って、本当に本好きだよね。いっそのこと、文芸部に入らない?」
「でも、文芸部、って、何かしらモノを書かなきゃいけないですよね? おれ、読むのは好きでも、書くのは苦手で……」
「そうたいしたものは書いてないよ、わたしたちも。活動日も、ただ集まって、まんが読んだり、駄弁ったりする程度で。どう? 週二日。一度見学に来ない?」
なんとなく流れで約束させられてしまった。
「律、って押しの強い女に弱いなぁ」
無駄に色っぽい流し目で、王太陽は、言った。
「おれもつきあってやるよ。断れなかったら、大変だし」
「……まかせた」
というか、行ったら、太陽もスカウトされそうだな、と思った。
文芸部の活動場所は、三年A組のホームルーム。
スライドドアは開けっ放しになっていて、なかをのぞきこんだら、女子が三人。
そのうちのひとりは、相模先輩だ。
「あら、来てくれたの!」
ボブヘアの相模先輩がこちらに気付くと、他二名の女子もこちらに目を向けた。
おれは、おずおずと室内に足を踏み入れた。
「こんにちは。友だちと一緒に……来てみました」
おれの横で、王太陽も、軽く頭を下げる。
「わたし、あなたのこと、知ってるわ」
相模先輩の隣で、そう言ったのは、ショートヘアの二年生、伊藤先輩というひとだった。
「一年生のキングよね!」
おれは、のどがつまりそうな気がした。
キング。王太陽の前では、けっして口にしてはいけないNG言葉だ。
が、いつもだったら、色をなして、強い態度にでる太陽も、相手が先輩で、しかも女子ということもあってか、
「おれ、そういうんじゃないですから……」
と、適当に言葉を濁しただけだった。
「来てくれて、うれしいわ!」
相模先輩は、手招きして、おれと太陽を、適当な席につかせた。
「たいていのひとってね──って言うか、ほとんどのひとが来ないのよ、約束してても。部活見学」
相模先輩は、明るい笑顔を見せた。
「佐久間くんって、やっぱり真面目ね」
真面目か! と自分で自分にツッコミを入れたくなる程度には、おれは、この言葉が苦手だった。
昭和や平成の世ならいざ知らず、令和の現代では、ネガティブな意味合いで使われることがほとんどだろう。
が、王太陽は、ニッコリこちらを見て、
「律、真面目」
と、自分が褒められたかのように、うれしそうに言った。
誰もが認める色男なのに、太陽は、こういう素直というか純粋無垢なところがあって、それは、おれの嫌いな部分ではけっしてない。
「あの……文芸部、って、三人だけですか?」
おずおずと訊いたおれに、相模先輩同様三年生だというポニーテールの中野先輩が答える。
「ほんとは七人いるのよ、わたしたち含めて。でもねぇ、幽霊が多いの。あとは、来たり来なかったり……」
「フリーダムな部活よ!」
相模先輩は、つづけて、
「幽霊でもなんでもいてくれるだけでありがたいのよ。人数足らなかったら、同好会に格下げになっちゃうし」
「そしたら、生徒会から、予算もらえなくなっちゃうし」
と、伊藤先輩。
「わたしとしては、このゆる~いムードが大好きだから、いつまでも残っててほしいのよね……」
そう言って、相模先輩は、まっすぐおれを見つめた。
「どう、佐久間くん。一緒にやらない?」
「でも……なにも、してないんですよね?」
とまどいつつ答えると、相模先輩は、机の上にあった一冊のノートを広げて見せた。
「今日はね、暇だから、自由律俳句を作ろうと思っていたのよ」
「自由律俳句──って、季語とか七五調にとらわれない、自由な俳句、とかってやつですか?」
「そんなのあるんだ」
と、太陽が言う。
「そう。代表的な俳人は、尾崎 放哉とか種田 山頭火ね。『咳をしても一人』とか『こんなよい月をひとりで見て寝る』とか、『いれものがない両手でうける』とかね」
「うー、しびれるわ~、オザキ!」
と、本当にしびれてそうな表情で、伊藤先輩が言う。
「わたしたちにとったら、尾崎と言えばユタカではなく、ホウサイなのよ」
中野先輩も、両手を組み、うっとりした眼差しで言う。
「あ──」
太陽が、ちいさく言う。
「おれ、できたかも……」
「何が?」
訊いたおれを見て、太陽が口ずさむ。
「『自由律 言葉のなかにキミがいる』」
「うまい! 座布団一枚!」
と、相模先輩。
「しーちゃん、なーちゃん、佐久間くんの下の名前は、自由律の、律、なのよ」
「まあ、さすがね!」
中野先輩と伊藤先輩が、声をそろえる。
「あ、わたしもできたわ!」
相模先輩が、おれを見て、口ずさむ。
「『平均律クラヴィーア 音のなかにもキミがいる』」
「まあ、バッハと融合ね!」
「だったら!」
と王太陽が言う。
「おれも、またできました。『円周率 音のなかにキミがいる』」
まあ! まあ! とあちこちで声があがる。
「王くん、なかなかやるわね。あなた」
相模先輩が、挑戦的な目を王太陽に向ける。
ひとり、その場のノリについていけてないのは、おれだった。
おれは、とりあえず、太陽に訊いてみた。
「……そろそろ、行った方がいいんじゃないか、部活」
「ああ、そうだな……」
太陽は、おれを見て、言った。
「律は? 文芸部、どうする? 律が入るんだったら、おれも入るよ」
「えっ!?」
素っ頓狂な声がでた。
おれに、女子三人の目が集まる。
その圧に耐えかねて、おれは瞬時にしっぽをたらし、ちいさく言っていた。
「幽霊でも、かまわないなら……」
その場が、わっと沸いた。
けれど、おれは訊かずにはいられなかった。
「でもさ、週イチ文芸部として、どこの部活削るの?」
「水泳部。三日を二日にする」
てことは、王太陽は、水泳部とバレーボール部と、茶道部、文芸部の四つを兼部することになるのか?
そんなことが許されるのだろうか……。
とは思ったが、王太陽なら、たいていのことは許されそうだな、と気が付いた。
おれも、本は嫌いじゃないし、まあいいか、と太陽とふたりそろって、入部届けを書いたのだった……。
今度は、おれが、スカウトされた。
声をかけられたのは、放課後、ひとりで図書館にいたときのことだった。
おれは、読書が好きだ。
フィクション、ノンフィクション問わず、興味がありそうなものは、片っ端から読む。
読むのは、たいてい自宅だ。
学校では、本を読む時間など皆無だった。
休み時間は、くっつき虫さながらの王太陽にいつもくっつかれている。
だから、図書館で本を借りるのは、たいがい放課後だ。
放課後の図書館は、おれの、大好きな場所だった。
放課後、本を借りにくるような物好きは、おれを含めて、ひとりふたり程度。
図書委員の他、誰もいない日もめずらしくはない。
どこまでも静謐な、本に満たされた空間。
人目のないそこは、個室トイレと同じくらいリラックスできる場所だ。
と、同時に、自宅よりも集中できるので、勉強するにも、もってこいの場所だった。
その日は、適当に読む本を見繕うつもりで図書館に行った。
ら、カウンター当番の図書委員の三年女子、相模先輩から、スカウトされたのだ。
「佐久間くん、って、本当に本好きだよね。いっそのこと、文芸部に入らない?」
「でも、文芸部、って、何かしらモノを書かなきゃいけないですよね? おれ、読むのは好きでも、書くのは苦手で……」
「そうたいしたものは書いてないよ、わたしたちも。活動日も、ただ集まって、まんが読んだり、駄弁ったりする程度で。どう? 週二日。一度見学に来ない?」
なんとなく流れで約束させられてしまった。
「律、って押しの強い女に弱いなぁ」
無駄に色っぽい流し目で、王太陽は、言った。
「おれもつきあってやるよ。断れなかったら、大変だし」
「……まかせた」
というか、行ったら、太陽もスカウトされそうだな、と思った。
文芸部の活動場所は、三年A組のホームルーム。
スライドドアは開けっ放しになっていて、なかをのぞきこんだら、女子が三人。
そのうちのひとりは、相模先輩だ。
「あら、来てくれたの!」
ボブヘアの相模先輩がこちらに気付くと、他二名の女子もこちらに目を向けた。
おれは、おずおずと室内に足を踏み入れた。
「こんにちは。友だちと一緒に……来てみました」
おれの横で、王太陽も、軽く頭を下げる。
「わたし、あなたのこと、知ってるわ」
相模先輩の隣で、そう言ったのは、ショートヘアの二年生、伊藤先輩というひとだった。
「一年生のキングよね!」
おれは、のどがつまりそうな気がした。
キング。王太陽の前では、けっして口にしてはいけないNG言葉だ。
が、いつもだったら、色をなして、強い態度にでる太陽も、相手が先輩で、しかも女子ということもあってか、
「おれ、そういうんじゃないですから……」
と、適当に言葉を濁しただけだった。
「来てくれて、うれしいわ!」
相模先輩は、手招きして、おれと太陽を、適当な席につかせた。
「たいていのひとってね──って言うか、ほとんどのひとが来ないのよ、約束してても。部活見学」
相模先輩は、明るい笑顔を見せた。
「佐久間くんって、やっぱり真面目ね」
真面目か! と自分で自分にツッコミを入れたくなる程度には、おれは、この言葉が苦手だった。
昭和や平成の世ならいざ知らず、令和の現代では、ネガティブな意味合いで使われることがほとんどだろう。
が、王太陽は、ニッコリこちらを見て、
「律、真面目」
と、自分が褒められたかのように、うれしそうに言った。
誰もが認める色男なのに、太陽は、こういう素直というか純粋無垢なところがあって、それは、おれの嫌いな部分ではけっしてない。
「あの……文芸部、って、三人だけですか?」
おずおずと訊いたおれに、相模先輩同様三年生だというポニーテールの中野先輩が答える。
「ほんとは七人いるのよ、わたしたち含めて。でもねぇ、幽霊が多いの。あとは、来たり来なかったり……」
「フリーダムな部活よ!」
相模先輩は、つづけて、
「幽霊でもなんでもいてくれるだけでありがたいのよ。人数足らなかったら、同好会に格下げになっちゃうし」
「そしたら、生徒会から、予算もらえなくなっちゃうし」
と、伊藤先輩。
「わたしとしては、このゆる~いムードが大好きだから、いつまでも残っててほしいのよね……」
そう言って、相模先輩は、まっすぐおれを見つめた。
「どう、佐久間くん。一緒にやらない?」
「でも……なにも、してないんですよね?」
とまどいつつ答えると、相模先輩は、机の上にあった一冊のノートを広げて見せた。
「今日はね、暇だから、自由律俳句を作ろうと思っていたのよ」
「自由律俳句──って、季語とか七五調にとらわれない、自由な俳句、とかってやつですか?」
「そんなのあるんだ」
と、太陽が言う。
「そう。代表的な俳人は、尾崎 放哉とか種田 山頭火ね。『咳をしても一人』とか『こんなよい月をひとりで見て寝る』とか、『いれものがない両手でうける』とかね」
「うー、しびれるわ~、オザキ!」
と、本当にしびれてそうな表情で、伊藤先輩が言う。
「わたしたちにとったら、尾崎と言えばユタカではなく、ホウサイなのよ」
中野先輩も、両手を組み、うっとりした眼差しで言う。
「あ──」
太陽が、ちいさく言う。
「おれ、できたかも……」
「何が?」
訊いたおれを見て、太陽が口ずさむ。
「『自由律 言葉のなかにキミがいる』」
「うまい! 座布団一枚!」
と、相模先輩。
「しーちゃん、なーちゃん、佐久間くんの下の名前は、自由律の、律、なのよ」
「まあ、さすがね!」
中野先輩と伊藤先輩が、声をそろえる。
「あ、わたしもできたわ!」
相模先輩が、おれを見て、口ずさむ。
「『平均律クラヴィーア 音のなかにもキミがいる』」
「まあ、バッハと融合ね!」
「だったら!」
と王太陽が言う。
「おれも、またできました。『円周率 音のなかにキミがいる』」
まあ! まあ! とあちこちで声があがる。
「王くん、なかなかやるわね。あなた」
相模先輩が、挑戦的な目を王太陽に向ける。
ひとり、その場のノリについていけてないのは、おれだった。
おれは、とりあえず、太陽に訊いてみた。
「……そろそろ、行った方がいいんじゃないか、部活」
「ああ、そうだな……」
太陽は、おれを見て、言った。
「律は? 文芸部、どうする? 律が入るんだったら、おれも入るよ」
「えっ!?」
素っ頓狂な声がでた。
おれに、女子三人の目が集まる。
その圧に耐えかねて、おれは瞬時にしっぽをたらし、ちいさく言っていた。
「幽霊でも、かまわないなら……」
その場が、わっと沸いた。
けれど、おれは訊かずにはいられなかった。
「でもさ、週イチ文芸部として、どこの部活削るの?」
「水泳部。三日を二日にする」
てことは、王太陽は、水泳部とバレーボール部と、茶道部、文芸部の四つを兼部することになるのか?
そんなことが許されるのだろうか……。
とは思ったが、王太陽なら、たいていのことは許されそうだな、と気が付いた。
おれも、本は嫌いじゃないし、まあいいか、と太陽とふたりそろって、入部届けを書いたのだった……。
