王太陽がスカウトされた。
芸能やモデル事務所からだったら、よくある話だけれど、今回は、なんと校内で、スカウトしてきたのは、演劇部だった。
「あなた、演劇に興味ない?」
昼休みの、生徒でごった返す購買前だった。
声をかけてきたのは、演劇部の部長で、三年女子の小原先輩というひとだった。
彼女は背の高い、エキゾチックな顔立ちの、美女だった。
長いまつげに縁どられた目が、まっすぐ王太陽を見つめている。
黒髪はゆるく襟足にまとめられていて、首筋が、白かった。
こんなに整った顔のひとがいるんだ、と、おれは思わず見とれてしまった。
購買前のざわざわした空気の中で、そのひとだけが妙に輪郭を持って見えた。
「舞台に立ったら、きっと映えると思うの。背もあるし、顔立ちもはっきりしてるし」
やわらかい声だった。
説得されているのは王太陽のはずなのに、なぜかおれのほうが緊張していた。
「……興味ない」
おれをチラッと見てから、王太陽が、即答した。
ぶっきらぼうというより、不機嫌な声だった。
「そう? 一度だけでも見学に来ない?」
「行かない」
ぴしゃりと言い切る。
王太陽は、おれの腕をつかんだ。
「行こう」
それだけ言って、半分引っぱるみたいに歩き出す。
「え、あ、すみません……」
おれは慌てて小原先輩に頭を下げた。
先輩は、くすっと小さく笑った。
「仲いいのね」
その笑顔がまた綺麗だった。
「気が向いたら来てね」
と、小原先輩は手を振った。
少し歩いてから、
「……あの人、きれいだったな」
思わず口に出してしまった。
すると、王太陽は、珍しくも、険のある眼差しをおれに向けた。
「どこがだよ」
「どこが、っていうより━━全体的に……」
おれは、感心のあまり、しみじみ呟いてしまった。
「あんな綺麗なひと、初めて見た……」
王太陽の目付きはますます剣呑になり、
「フツーの女じゃん!」
と、とげとげしい口調で、吐き捨てるように言った。
「とても、ふつうには……」
おれは、言いかけて、言葉を止めた。
こちらをきつい眼差しで見ている王太陽、光の加減か、その瞳が一瞬、潤んでいるように見えた。
おれは、それ以上、小原先輩のことを話すのを止めた。
それからの王太陽は、放課後まで、ずっとおかしかった。
休み時間は、肩を落とし、うつむきがちに座っているだけで、いつメンの話の輪にも入ろうとしなかった。
王太陽をのぞいた4人は、意味があるようなないような目配せをし合うだけだった。
放課後、おれは図書館に行って、勉強しようとしたけれど、部活があるはずの王太陽は、椅子に座ったまま、立ち上がろうとしなかった。
「太陽……」
「……」
「どうしたんだよ? 今日は、水泳部だろ?」
おれは、その肩に手をのせた。
王太陽は、身じろぎすらしない。
体調が悪いんだろうか、と不安になり始めた頃だった。
やっと、王太陽が口を開いたのは。
「律……」
「……」
「律、さ……」
「……」
「あのひとのこと、好きになっちゃったんだろ?」
「え、あのひと、って……」
「昼休み会ったじゃん。演劇部の、女……」
「……」
「好きになっちゃったんだろ!?」
太陽は、こちらを見上げて、はっきり言った。
「は?」
おれは、まぬけな声をだした。
「見てる目つきが、いつもと全然ちがった。一目惚れしてる目つきだった……」
ちょっと間をおいてから、おれは、答えた。
「確かに見とれはしたけど、一目惚れまではしてないよ」
「うそ……」
「うそじゃないって。綺麗だから、見とれはしたけど、そんだけだよ」
「そんだけ、って、何だよ」
「だーかーら、見とれてただけで、惚れてはいない!」
おれは、断言した。
「ほんとに、ほんと……?」
まだグズグズ言っている王太陽に、おれは、少しだけ声を大きくした。
「ショーウィンドーのなかの着飾った人形と同じだよ。たまたまそこにあったから見て、すげー綺麗って感心して、言っただけ! わかった?」
「本当に……?」
おれは、大きくうなずいた。
「だいいち、あのひと、170は超えてるぞ、身長」
「……」
「おれなんかより、よっぽど太陽の方がお似合いじゃん。しかも、美男美女でさ……」
ついぼやいてしまった。
「律ー……」
王太陽が椅子に座ったまま、両手を差し伸べてきたから、おれは、赤ん坊かなんかみたいにその頭を軽く抱きしめた。
それから、その背中をとんとんたたいた。
太陽は、おれの腕のなかで、おとなしくしていた。
「……今日は? 部活は、どうするの?」
「今日はサボって、律といる……」
「じゃあ、図書館で勉強な!」
おれの胸のなかで、太陽の頭がこっくりした。
「じゃあ、行くぞ!」
おれは、このとき、ちっとも気付いていなかった。
廊下にいた佐久間さんに、この、ギュッして背中とんとんシーンを目撃されていたことを。
あげく、ふたりの仲をすっかり誤解されてしまったことを。
おれがそれを知るのは、もう少し先になる……。
芸能やモデル事務所からだったら、よくある話だけれど、今回は、なんと校内で、スカウトしてきたのは、演劇部だった。
「あなた、演劇に興味ない?」
昼休みの、生徒でごった返す購買前だった。
声をかけてきたのは、演劇部の部長で、三年女子の小原先輩というひとだった。
彼女は背の高い、エキゾチックな顔立ちの、美女だった。
長いまつげに縁どられた目が、まっすぐ王太陽を見つめている。
黒髪はゆるく襟足にまとめられていて、首筋が、白かった。
こんなに整った顔のひとがいるんだ、と、おれは思わず見とれてしまった。
購買前のざわざわした空気の中で、そのひとだけが妙に輪郭を持って見えた。
「舞台に立ったら、きっと映えると思うの。背もあるし、顔立ちもはっきりしてるし」
やわらかい声だった。
説得されているのは王太陽のはずなのに、なぜかおれのほうが緊張していた。
「……興味ない」
おれをチラッと見てから、王太陽が、即答した。
ぶっきらぼうというより、不機嫌な声だった。
「そう? 一度だけでも見学に来ない?」
「行かない」
ぴしゃりと言い切る。
王太陽は、おれの腕をつかんだ。
「行こう」
それだけ言って、半分引っぱるみたいに歩き出す。
「え、あ、すみません……」
おれは慌てて小原先輩に頭を下げた。
先輩は、くすっと小さく笑った。
「仲いいのね」
その笑顔がまた綺麗だった。
「気が向いたら来てね」
と、小原先輩は手を振った。
少し歩いてから、
「……あの人、きれいだったな」
思わず口に出してしまった。
すると、王太陽は、珍しくも、険のある眼差しをおれに向けた。
「どこがだよ」
「どこが、っていうより━━全体的に……」
おれは、感心のあまり、しみじみ呟いてしまった。
「あんな綺麗なひと、初めて見た……」
王太陽の目付きはますます剣呑になり、
「フツーの女じゃん!」
と、とげとげしい口調で、吐き捨てるように言った。
「とても、ふつうには……」
おれは、言いかけて、言葉を止めた。
こちらをきつい眼差しで見ている王太陽、光の加減か、その瞳が一瞬、潤んでいるように見えた。
おれは、それ以上、小原先輩のことを話すのを止めた。
それからの王太陽は、放課後まで、ずっとおかしかった。
休み時間は、肩を落とし、うつむきがちに座っているだけで、いつメンの話の輪にも入ろうとしなかった。
王太陽をのぞいた4人は、意味があるようなないような目配せをし合うだけだった。
放課後、おれは図書館に行って、勉強しようとしたけれど、部活があるはずの王太陽は、椅子に座ったまま、立ち上がろうとしなかった。
「太陽……」
「……」
「どうしたんだよ? 今日は、水泳部だろ?」
おれは、その肩に手をのせた。
王太陽は、身じろぎすらしない。
体調が悪いんだろうか、と不安になり始めた頃だった。
やっと、王太陽が口を開いたのは。
「律……」
「……」
「律、さ……」
「……」
「あのひとのこと、好きになっちゃったんだろ?」
「え、あのひと、って……」
「昼休み会ったじゃん。演劇部の、女……」
「……」
「好きになっちゃったんだろ!?」
太陽は、こちらを見上げて、はっきり言った。
「は?」
おれは、まぬけな声をだした。
「見てる目つきが、いつもと全然ちがった。一目惚れしてる目つきだった……」
ちょっと間をおいてから、おれは、答えた。
「確かに見とれはしたけど、一目惚れまではしてないよ」
「うそ……」
「うそじゃないって。綺麗だから、見とれはしたけど、そんだけだよ」
「そんだけ、って、何だよ」
「だーかーら、見とれてただけで、惚れてはいない!」
おれは、断言した。
「ほんとに、ほんと……?」
まだグズグズ言っている王太陽に、おれは、少しだけ声を大きくした。
「ショーウィンドーのなかの着飾った人形と同じだよ。たまたまそこにあったから見て、すげー綺麗って感心して、言っただけ! わかった?」
「本当に……?」
おれは、大きくうなずいた。
「だいいち、あのひと、170は超えてるぞ、身長」
「……」
「おれなんかより、よっぽど太陽の方がお似合いじゃん。しかも、美男美女でさ……」
ついぼやいてしまった。
「律ー……」
王太陽が椅子に座ったまま、両手を差し伸べてきたから、おれは、赤ん坊かなんかみたいにその頭を軽く抱きしめた。
それから、その背中をとんとんたたいた。
太陽は、おれの腕のなかで、おとなしくしていた。
「……今日は? 部活は、どうするの?」
「今日はサボって、律といる……」
「じゃあ、図書館で勉強な!」
おれの胸のなかで、太陽の頭がこっくりした。
「じゃあ、行くぞ!」
おれは、このとき、ちっとも気付いていなかった。
廊下にいた佐久間さんに、この、ギュッして背中とんとんシーンを目撃されていたことを。
あげく、ふたりの仲をすっかり誤解されてしまったことを。
おれがそれを知るのは、もう少し先になる……。
