つい、先日のことだ。
おれは、クラスの女子に告られた。
「佐久間くん、お願い! わたし、王くんが好きなの、本気で。……だから、協力してくれる?」
ちゃんと言うなら、協力要請とでも言うべきか。
クラスメイトとは言え、初めて口をきいた女の子。
名前は、井川アリスさん。
名前が、見た目を裏切らない。芸能人並みに、可愛いコ。
背の中ほどまである、長い黒髪は、頭に天使の輪を描き、動くたびに、サラサラと音がするよう。
顔は、すっぴんではない。
パウダーをはたいた肌は、白雪姫のように白く、見開いたような瞳は、マスカラとカラコン効果もあって、潤んだように大きく黒目がち。
口元はちいさく、透明感のあるピンク色。
クラスの女子カーストでは、当然ながら、最上位のグループに属している。
見た目だけに関して言えば、王太陽とは、完全に釣り合いがとれている。
お似合いのふたりだ。
おれは、とまどいつつ、答えた。
「えーと……太陽は、明るいやつだし、いいやつだし、ふつうに話しかければ大丈夫なんじゃないかな?」
でも! と彼女は、身を乗り出し、
「わたし、それができないんだ。……ちょっと、気がちいさいんだよね。それに、王くんって、いつもみんなに囲まれてるでしょ。だから、話しかける隙がないと言うか……」
井川さんは、俯いた。
確かに太陽は、いつもクラスメイトに取り囲まれている。ひとりでいることなんて、絶対にない。
太陽、というその名前が示すとおり、強い引力で周りを引き付けずにはおかない。
群がっている、それら衛星のうちで、一番ちっこいのが、おれになるわけだけれど……。
「今日のお昼、一緒に食べていい?」
「お昼?」
突然の提案に、おれは、驚いた。
「学食に、王くんを連れてきてくれる? そうしたら、その横に、わたし、座るから……」
確かに、それくらいのことをしないと、王太陽と親しくしゃべる機会はないだろう。
「あ、じゃあ、そうしようか……」
そう答えるほかなかった。
「本当? ありがとう」
井川さんはうれしそうに言ったが、注文が入った。
「じゃあ佐久間くんと王くんだけで来てね。他の人たちは連れてこないでね」
「え?」
「よろしくね、佐久間くん!」
井川さんは、行ってしまった。
教室から離れた、階段の踊り場の陰で、おれは、ひとり、呆然とした。
「あー、なんだよ、りっくん!」
突然、背後から言われて、おれは、驚いた。
振り向くと、加賀くんがいた。なんだか渋い顔をしている。
「完っ全に、牽制されてるじゃん!」
「けんせい……?」
「本気で好きなら、自分でガンバレくらい言ってやりゃーよかったのに」
「で、でも……」
「まあ、もう遅いよな。約束しちゃったんだし」
おれは、俯いた。
恋のキューピッド、か。なんで引き受けちゃったんだろ……。
そんな面倒なこと。
「こうなったら、仕方ない」
「……」
「見せつけてやるんだよ、井川に」
「は?」
「太陽の本命はおれだ! って見せつけてやんの」
「ど、どうやって……」
「いつものイチャイチャをイチャイチャイチャくらいにすりゃいーんだよ」
「え、いつもイチャイチャなんて……」
「自覚ないんなら、それでいーから、ふつうにいつもみたく太陽と食えよ」
「いつも、みたく……?」
「そ! それで、万事OK」
昼休みになった。
いつメンで集まろうとしているところへ、加賀くんが大きな声で言った。
「太陽! 今日学食行けよ!」
「学食? なんで?」
「りっくんの好物のナスの味噌炒めがでんだよ、日替わり。だから、食ってこい!」
「そっか! じゃ、食いにいこ!」
王太陽に明るく誘われた。
なんだか不安になって、加賀くんを見ると、真面目な顔つきで、深く頷かれた。
急ぎ足で行ってみると、生徒でごった返している学食の入口付近には、すでに井川さんとその友だちの姿があった。
井川さんは、こちらに気がつくと、その表情を輝かせて、走りよってきた。
「佐久間くん! 学食で食べるって聞いたから、食券買っといたよ!」
「あ、ありがと……」
「はい、王くんの分も」
「さんきゅ」
「お金はあとでいいから。早く並ぼ!」
おれと太陽は、井川さんに急かされ、カウンター前に並んだ。
すると、太陽があれ? と訝しげな声で言った。
「今日の日替わり……律の好物のナスの味噌田楽じゃないじゃん! ミックスフライじゃん!」
「あ……そうみたい、だね。明日、だったのかもね」
ぶうぶう文句を言う太陽をなだめつつ、日替わり定食のトレイをもって、四人、席についた。
緊張しつつ、食事を始めると、さっそく井川さんが太陽に話かけた。
「王くんって、ハムスター飼ってるんでしょう? わたしもなんだ、一匹だけだけど。ジャンガリアンで、リリー、っていうの。王くんちのコの名前は?」
「え、うちのネズ公? なんてったっけ……」
箸片手に、王太陽は、頭を傾げる。
「ミッキー……だったっけ?」
「そうゆう適当なこと言うなよ。アレクサンドリーヌだろ、アレクサンドリーヌ」
おれは、小声で言った。
「ああ、そうそう、そんな名前。母親がさ、適当につけたから、いまだに覚えらんなくて」
王太陽は、のんきに笑った。
「ポチとかタマで十分なのにな。ネズミ一匹ごとき」
妙な沈黙が落ちた。
「で、でも、可愛いよね、ハムスターって」
井川さんが、言った。
「うちのハムは、可愛いっていうより、かわいそうだけど」
「え?」
と井川さん。
「うち、フクロウもいるからさ、いっつもフクロウに狙われてるよ、エサとして」
王太陽はそう言って、また笑った。
「生き餌って、やったことないから、食いたくって食いたくって、しょーがないみたい」
「……」
「冷凍ネズミしか食べたことないからさー、うちのフクロウ。たまには、フレッシュなのが食べたいみたい」
その場は、重い沈黙で満たされた。
「あ、そーだ。思い出した。ストックしてある冷凍ネズミが終わりそうだから、注文しとけって言われてたんだ」
王太陽は、アジフライを食べながら言った。
「うちって、人間用の冷食も、フクロウ用の冷食も、おんなじとこにストックしてあるからさー、あれはちょっとなー、とは思ってるんだけど」
それ以降は、誰も口を開かなかった。
王太陽は、格別気にした風もなく、食べることに専念していた。
やがて、井川さんが、カタンと椅子を引いて、立ち上がった。
「お金、教室戻ってからでいいよ」
それだけ言って、井川さんとその友だちは、さっさと返却カウンターに向かっていった。
━━終わった、と思っていいのだろうか。
「律ー、お茶飲む?」
「え、ああ、飲もう、かな」
「じゃあ、食器片して、その帰りにもってくるね」
王太陽は二人分の食器を重ねて、返却カウンターへと向かった。
これで、ケリはついたのだろうか。
おれは、役目を果たし終えたのだろうか。
なんだか疲労感を覚えながら、ただ熱いお茶が飲みたい、とおれは思ったのだった……。
おれは、クラスの女子に告られた。
「佐久間くん、お願い! わたし、王くんが好きなの、本気で。……だから、協力してくれる?」
ちゃんと言うなら、協力要請とでも言うべきか。
クラスメイトとは言え、初めて口をきいた女の子。
名前は、井川アリスさん。
名前が、見た目を裏切らない。芸能人並みに、可愛いコ。
背の中ほどまである、長い黒髪は、頭に天使の輪を描き、動くたびに、サラサラと音がするよう。
顔は、すっぴんではない。
パウダーをはたいた肌は、白雪姫のように白く、見開いたような瞳は、マスカラとカラコン効果もあって、潤んだように大きく黒目がち。
口元はちいさく、透明感のあるピンク色。
クラスの女子カーストでは、当然ながら、最上位のグループに属している。
見た目だけに関して言えば、王太陽とは、完全に釣り合いがとれている。
お似合いのふたりだ。
おれは、とまどいつつ、答えた。
「えーと……太陽は、明るいやつだし、いいやつだし、ふつうに話しかければ大丈夫なんじゃないかな?」
でも! と彼女は、身を乗り出し、
「わたし、それができないんだ。……ちょっと、気がちいさいんだよね。それに、王くんって、いつもみんなに囲まれてるでしょ。だから、話しかける隙がないと言うか……」
井川さんは、俯いた。
確かに太陽は、いつもクラスメイトに取り囲まれている。ひとりでいることなんて、絶対にない。
太陽、というその名前が示すとおり、強い引力で周りを引き付けずにはおかない。
群がっている、それら衛星のうちで、一番ちっこいのが、おれになるわけだけれど……。
「今日のお昼、一緒に食べていい?」
「お昼?」
突然の提案に、おれは、驚いた。
「学食に、王くんを連れてきてくれる? そうしたら、その横に、わたし、座るから……」
確かに、それくらいのことをしないと、王太陽と親しくしゃべる機会はないだろう。
「あ、じゃあ、そうしようか……」
そう答えるほかなかった。
「本当? ありがとう」
井川さんはうれしそうに言ったが、注文が入った。
「じゃあ佐久間くんと王くんだけで来てね。他の人たちは連れてこないでね」
「え?」
「よろしくね、佐久間くん!」
井川さんは、行ってしまった。
教室から離れた、階段の踊り場の陰で、おれは、ひとり、呆然とした。
「あー、なんだよ、りっくん!」
突然、背後から言われて、おれは、驚いた。
振り向くと、加賀くんがいた。なんだか渋い顔をしている。
「完っ全に、牽制されてるじゃん!」
「けんせい……?」
「本気で好きなら、自分でガンバレくらい言ってやりゃーよかったのに」
「で、でも……」
「まあ、もう遅いよな。約束しちゃったんだし」
おれは、俯いた。
恋のキューピッド、か。なんで引き受けちゃったんだろ……。
そんな面倒なこと。
「こうなったら、仕方ない」
「……」
「見せつけてやるんだよ、井川に」
「は?」
「太陽の本命はおれだ! って見せつけてやんの」
「ど、どうやって……」
「いつものイチャイチャをイチャイチャイチャくらいにすりゃいーんだよ」
「え、いつもイチャイチャなんて……」
「自覚ないんなら、それでいーから、ふつうにいつもみたく太陽と食えよ」
「いつも、みたく……?」
「そ! それで、万事OK」
昼休みになった。
いつメンで集まろうとしているところへ、加賀くんが大きな声で言った。
「太陽! 今日学食行けよ!」
「学食? なんで?」
「りっくんの好物のナスの味噌炒めがでんだよ、日替わり。だから、食ってこい!」
「そっか! じゃ、食いにいこ!」
王太陽に明るく誘われた。
なんだか不安になって、加賀くんを見ると、真面目な顔つきで、深く頷かれた。
急ぎ足で行ってみると、生徒でごった返している学食の入口付近には、すでに井川さんとその友だちの姿があった。
井川さんは、こちらに気がつくと、その表情を輝かせて、走りよってきた。
「佐久間くん! 学食で食べるって聞いたから、食券買っといたよ!」
「あ、ありがと……」
「はい、王くんの分も」
「さんきゅ」
「お金はあとでいいから。早く並ぼ!」
おれと太陽は、井川さんに急かされ、カウンター前に並んだ。
すると、太陽があれ? と訝しげな声で言った。
「今日の日替わり……律の好物のナスの味噌田楽じゃないじゃん! ミックスフライじゃん!」
「あ……そうみたい、だね。明日、だったのかもね」
ぶうぶう文句を言う太陽をなだめつつ、日替わり定食のトレイをもって、四人、席についた。
緊張しつつ、食事を始めると、さっそく井川さんが太陽に話かけた。
「王くんって、ハムスター飼ってるんでしょう? わたしもなんだ、一匹だけだけど。ジャンガリアンで、リリー、っていうの。王くんちのコの名前は?」
「え、うちのネズ公? なんてったっけ……」
箸片手に、王太陽は、頭を傾げる。
「ミッキー……だったっけ?」
「そうゆう適当なこと言うなよ。アレクサンドリーヌだろ、アレクサンドリーヌ」
おれは、小声で言った。
「ああ、そうそう、そんな名前。母親がさ、適当につけたから、いまだに覚えらんなくて」
王太陽は、のんきに笑った。
「ポチとかタマで十分なのにな。ネズミ一匹ごとき」
妙な沈黙が落ちた。
「で、でも、可愛いよね、ハムスターって」
井川さんが、言った。
「うちのハムは、可愛いっていうより、かわいそうだけど」
「え?」
と井川さん。
「うち、フクロウもいるからさ、いっつもフクロウに狙われてるよ、エサとして」
王太陽はそう言って、また笑った。
「生き餌って、やったことないから、食いたくって食いたくって、しょーがないみたい」
「……」
「冷凍ネズミしか食べたことないからさー、うちのフクロウ。たまには、フレッシュなのが食べたいみたい」
その場は、重い沈黙で満たされた。
「あ、そーだ。思い出した。ストックしてある冷凍ネズミが終わりそうだから、注文しとけって言われてたんだ」
王太陽は、アジフライを食べながら言った。
「うちって、人間用の冷食も、フクロウ用の冷食も、おんなじとこにストックしてあるからさー、あれはちょっとなー、とは思ってるんだけど」
それ以降は、誰も口を開かなかった。
王太陽は、格別気にした風もなく、食べることに専念していた。
やがて、井川さんが、カタンと椅子を引いて、立ち上がった。
「お金、教室戻ってからでいいよ」
それだけ言って、井川さんとその友だちは、さっさと返却カウンターに向かっていった。
━━終わった、と思っていいのだろうか。
「律ー、お茶飲む?」
「え、ああ、飲もう、かな」
「じゃあ、食器片して、その帰りにもってくるね」
王太陽は二人分の食器を重ねて、返却カウンターへと向かった。
これで、ケリはついたのだろうか。
おれは、役目を果たし終えたのだろうか。
なんだか疲労感を覚えながら、ただ熱いお茶が飲みたい、とおれは思ったのだった……。
