王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

「ボルトラさん、同じ研究室のメンバーは後2名ということでお間違いはないでしょうか?」
「ええ、おっしゃる通りです。助手のルーレンくんとヤニス副主任と5名編成でした」
「――少人数のチームだね」

 カイがつぶやくように言った。

「研究チームとしては普通かと思います」
「そう。効率がいい」

 カイは研究室を見回していた。
 机の配置。
 書類の量。
 ホワイトボードに書かれた魔術式。  
 研究室内のすべてをゆっくり観察している。
 そして最後に小さく笑った。

「――監査官さん」
「何でしょうか?」
「この研究、かなり危ない」
「危ない……とは?」

 カイはホワイトボードを指さした。

「魔力増幅。でも、制御理論が甘い」
 
 ミュヨンはホワイトボードに近づいた。
 式の一部が修正されている。
 何度も書いては消しきれなかったのか黒い点状にマーカーの跡が残っていた。

「試行錯誤していたのではないでしょうか……?」
「ん。でも、ここ……」

 隣に立ったカイはホワイトボードの端を指さした。
 魔術式の端に、違う筆跡で追記されている。

「こちらはヤニス氏の字でしょうか?」

 ミュヨンはボルトラに目線を投げた。
 
「はい。副主任のもので間違いないと思います。研究室メンバー全員が議論してまとめた魔術式でも必ず副主任が最後に修正していました」

 カイが指摘したように、そう答えたボルトラはやはり怯えていた。

「――へえ。そういうこと」

 カイは何かを確信したように、静かにうなずいた。

「何がですか」
「後でね。監査官さん」

 オッドアイの双眸でカイはミュヨンにウインクをして見せた。
 ミュヨンは訝しげにカイを見返す。
 カイは何かに気づいても、すぐには言わない。
 わざとなのか、癖なのか。
 おそらく両方当たっている。  

(それをこの男にされると気になって仕方なくなるのよね……)

 その時、研究室の扉が開いた。  
 別の研究員が入室してくる。  
 胸の前で書類を抱えている三十代前半くらいの女性だった。
 カイとミュヨンの姿を認識すると、背筋を伸ばして近づいてくる。

「研究員のレミリアと申します。あなたが事故を調査している監査官様でお間違いないでしょうか?」
「はい、監査官のミュヨン・ハートレットです。少々お話をお聞かせ願います」

 ミュヨンは手帳を掲示してから、レミリアに椅子へと着席するように求めた。
 カイは再びホワイトボードの前で書かれた魔術式を確認している。
 レミリアの聴取を始めようと思った矢先。

「これ、亡くなった副主任の魔術式って聞いたけど」

 カイがホワイトボードの前から声を投げてくる。

「ええ。おっしゃる通りです。ラボのみんなで議論して進めるのですが、最終的には副主任に書き換えられます」
「かなり悩んでたね」
「ええ。増幅係数の部分です。魔力の安定化には非常に難儀します」
「それはそう」

 カイは意味ありげに頷いた。

「これ、下手すると暴走する。何でこの式にしたのか……」

 カイから視線を流されたレミリアはひと際、肩をすぼませた。

「さすが国家指定魔術師は魔術式の解読もできるのですか?」
「ん。他のやつらはどうか知らない。俺は少しわかるってだけ」

 カイとレミリアの会話を聞きながら、ミュヨンはレミリアの様子を観察する。

(カイさんの言う通り、この女性も何かを怖がっている……)

「ヤニス氏はこの研究を急いでいるように見受けられるとのことだったのですが……」

 ミュヨンがレミリアに質問すると、表情が更に曇った。

「ええ。そうですね。元から厳しい方でしたが、最近は機嫌が悪くて、うかつに話しかけられない雰囲気はありました」
「理由はおわかりになりますか?」
「恐らく……ヴァル団長かと……」

(また、出てきたこのビッグネーム……)

 王立魔術師団の団長ヴァレリウス・グレイストン。
 通称ヴァル団長。
 
「この研究をヴァル団長は強く推進していました。魔術師団の研究部には研究内容によって優先順位があります。それが急に跳ね上がりました……」

 レミリアはどこか気まずそうに話してくれた。
 団長は名前を口にするだけでも気後れするような王立魔術師団のトップ。
 魔力増幅のための研究。
 魔術暴走事故で亡くなった副主任ヤニス・アレクス。
 王立魔術師団の団長ヴァレリウス・グレイストン。
 全てが少しずつ繋がっていくような感覚をミュヨンは覚えていた。

「――ふーん……」

 ホワイトボードを眺めていたカイが口の端を上げて、僅かに頷いた。
 カイはホワイトボードの中でも特に汚れている走り書きのような魔術式に視線を留めている。
 そこだけ、やけに文字が荒い。

「また何か気づかれましたか?」

 カイに今、聞いても教えてくれないとわかりながら、ミュヨンは形式的に質問した。