王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 ボルトラは素直に肯定した。
 死亡したヤニス・アレクスが所属していた研究室は5人。
 副主任のヤニスを除けば4人。
 机の配置を見るだけでも、力関係が伝わってきた。
 副主任であり亡くなったヤニスの机は、部屋の中央。
 他の研究員は周囲。
 少し離れた場所に助手のルーレンの机。
 自然とヤニスに視線が集まる位置だった。
 ミュヨンは中央のヤニスが使っていたであろう机の前に向かった。
 大量の書類が整然と積まれている。
 魔術式の草稿。
 開かれたままの研究ノートには几帳面な文字が羅列していた。
 研究室のどこもかしこも雑然としているのに、ヤニスの机上だけは整理されている。
 まるで本人の内面を現しているかのようだった。
 そして、金属製の小さな装置。
 いつの間にかミュヨンの隣に立っていたカイがそれを指でつついた。

「研究用の魔力測定器です。副主任は出力安定の研究をしていました」

 カイとミュヨンの様子を観察していたボルトラが説明した。

「――敵も作るよね」

 そう言ったカイはどこか楽しげに測定器に触れている。
 カイが本気で魔力を流し込めばこの測定器を一瞬で不能にしそうだ。

「研究の競争というのはあるのでしょうか?」

 ミュヨンがボルトラに問いかける。

「もちろんあります。魔術理論の分野は特に……。研究者は皆、自分の名前で論文を発表したいですから」

 ボルトラは視線を伏せて、正直に回答した。

「魔力増幅理論。ヤニス副主任が主導していた研究です。そのために、この研究室も立ちあげられました」

 第一発見者のルーレンもそれは話していた。
 魔力増幅……それは、この国の軍事的にも価値がある研究だ。
 その隣でカイはノートをめくっている。
 魔力測定ログのようだ。
 いつも余裕そうなカイが珍しく真顔でノートに記された数値を見ながら考え込むように黙している。
 ふとミュヨンは机上の一枚の書類に目を留めた。
 研究予算申請書。
 上部には直筆の署名がある。

「ヴァレリウス・グレイストン……」

 ミュヨンはその名を小さく読み上げた。
 その声に反応するようにカイはオッドアイの双眸を瞠ってミュヨンを見ていた。

「王立魔術師団のトップ……団長ですね」
「ええ。この研究はヴァル団長案件ですので」
「団長案件とは?」
「国家機密の研究ですので」

 まさか、そんな大物の名前が出てくるとは思わなかった。
 戦闘部、研究部、結界部、魔術管理部……
 その全てを束ねる王立魔術師団の最高責任者。
 研究部長よりも遥かに研究予算と方向性には強い影響力を持つだろう。

「王立魔術師団の団長はよくここへ足を運んでいたのですか?」
「ええ。最近はよくお姿を拝見しました」
  
 研究部に団長視察が入るのは当然と言えば当然と言えるのかもしれないが。

「――監査官さん」

 カイはミュヨンの細腕を制服越しに掴み、部屋の壁際へと連れて行く。

「被害者、かなり嫌われてたね」

 他の研究員に聞かれないようにするためだろう。
 低い声で囁くように耳元で話されて、ミュヨンはいたずらに心臓が弾んだ。

「そう考える根拠はあるのでしょうか?」
「空気」
「根拠になりません」
「――なる」

 どこか色気を帯びたカイの顔と声に間近で微笑まれ、ミュヨンは動揺を悟られないように真顔で見つめ返した。

「一緒に働いていた直属の上司が死んだっていうのに、誰も悲しんでいない」

 ミュヨンは一瞬、言葉を失った。
 カイの指摘する通りなのだ。
 同じラボだった第一発見者のルーレンも研究員のボルトラもミュヨンが聴取に行くと緊張こそしている。
 でも、ヤニスが亡くなったことに対する悲嘆の様子は見せていなかった。

「怒っている様子もない。ただ怖がっているだけ」

 カイは言葉を続けた。

「それだけ研究に熱心で没頭する優秀な研究者だったのだと思います」
「――だろうね。だから……」

 カイはいったん言葉を区切った。

「いろいろ気づいた……とかね」
「何に、でしょうか?」

 カイはミュヨンに向かって微笑を深くするだけ。
 答えをもらえないと悟ったミュヨンは改めて研究室の中に視線を走らせる。
 ただただ耳に痛いほどの沈黙が広がっている殺伐とした研究室。

「ヤニス氏と同じ研究室のメンバー、残り2名にも話を聞きましょう」
「――やっと本番」
「最初から本番です」
「わかってるよ」
「ずいぶん楽しそうですね」
「殺人事件だからね」
「不謹慎です。まだ確定したわけではありません」
「でもさ、犯人が必死に隠そうとしている真実を暴いてやるのって楽しくない?」

 カイの口調は軽かったが、ミュヨンもそれについては概ねカイと同じ意見だった。

(楽しいかどうかはさておき、真実には必ず辿りつく……)

 確かにカイは飄々としていて掴みどころがない。
 どれが本気で何が冗談なのか境界線がひどく曖昧だ。
 だけれど、恐ろしいほど勘が鋭く、よく観察している。
 まだカイと行動を共にし始めて時間が浅いにも関わらず、ミュヨンは理解してきていた。