***
第一発見者であり、同じラボの助手だったルーレンへの聞き込みを終え、カイとミュヨンは研究棟の管理区画の廊下を歩いていた。
外光を取り入れる窓はあるが、魔術師団本部の高い建物に陽を遮断され、どこか昼でも薄暗い。
「あの助手くん、監査官さんに惚れたね」
あいも変わらず、隣を歩くカイは気楽な様子だ。
「憶測でものを言うのはやめてください」
「自分でも気づいてたでしょ? 明らかに監査官さんに見惚れてたよね。絶対に一目惚れされてた」
「本件には関係ありません」
「監査官さんって恋人は?」
「それも本件には無関係です」
「やっぱり監査官さんはかわいいのにモテないって当たってた?」
「……」
くつくつとカイは余裕を滲ませて笑みを刻む。
(失礼すぎるけど、感情的に反応したら負けな気がする……)
カイと話していると調子を狂わされそうになるとミュヨンは感じていた。
相手を自分のペースに巻き込むのに長けている。
ただカイの観察眼が侮れないこともミュヨンは理解してきていた。
何せ、この軽薄に映る男は国に7名しか存在しない国家指定魔術師の一人なのだ。
(この人、底がわからない……。そもそも底も天井もどちらもないようにどこまでも深みにはまってしまうような……)
ミュヨンは気を取り直して、事故調査に気持ちを切り替えた。
「――次は実際にヤニス氏が所属していた研究室へ行ってみましょう」
「ん。一緒に行こっか?」
まるでデートの行き先でも決めているようなカイの緩い態度。
案内役の男からもらっていた研究所の見取り図を頭にインプットしていたミュヨンはエレベーターで2階へ降り、被害者のヤニス・アレクスが所属していた”魔術理論研究室 第1グループ”へと足を運んだ。
ここは現場の3階と違い、ある程度は自由に出入り可能である。
しかし研究棟のエントランスには、しっかり受付も兼ねた警備魔術師はいるし、ICカードを通さなければ入館することは出来ないようになっていた。
それだけに、いかに3階の管理区画が厳重にセキュリティが施されているかがわかる。
(だからこそ不可能犯罪なんだけど……)
内心で嘆息したミュヨンは自分がカイの考えに引っ張られていることを自覚した。
(まだ断定は出来ない。先入観は視界を曇らせるだけ……)
「何だか監査官さん、難しい顔してない? せっかくかわいい顔してるんだから笑えば?」
「勤務中です」
ミュヨンはカイに淡白に返事をしながらも扉を開けて、研究室へと入室した。
独特な匂いが鼻を刺激する。
(薬品の匂いにインクや紙の匂いや魔力が混ざり込んだ感じ……)
研究室の中は広かった。
長い机がいくつも並び、その上に書類や魔術具が積み重なっている。
壁際には本棚が並び、魔術理論書がぎっしり詰まっていた。
奥の窓際にはホワイトボードが置かれている。
そこには複雑な魔術式が書き残されていた。
線が何度も書き直されている。
議論の跡だろう。
ミュヨンもカイもそれぞれに室内を観察していた。
「へえ。ちゃんとした研究室って感じ」
カイが机の上に置かれていたフラスコを手に取りながら言った。
「どういう意味ですか?」
「優秀な研究室ほど散らかってる」
「根拠はありますか?」
「俺の勘」
「……また、それですか……」
「でも、監査官さんも俺の勘は侮れないって思い始めてる」
カイに不敵な視線を流され、ミュヨンは内心を見透かされたように感じて、部屋を見回す振りをして視線を外す。
すると、研究室の机には三十代半ばくらいの男が座っていた。
眉間にしわを寄せ、フレームレスの眼鏡を指先で押し上げている。
緊張を紛らわしているのか、指先で机をたたいていた。
ミュヨンは手帳を提示しながら、彼に近づいた。
「魔術監査局から事故の調査で派遣されましたミュヨン・ハートレットと申します。昨日の結界実験室で起きたことに関しまして、少しお話をお伺いしたのですが、よろしいでしょうか?」
男は立ち上がり、ミュヨンに対して一礼する。
「監査局の調査に協力するよう上からも言われています。私は研究員のボルトラと申します」
ミュヨンはボルトラに座るよう促すと自分も対面の椅子へと腰を下ろす。
「早速ですが、今回亡くなられたヤニス・アレクス氏とはどんな人物だったでしょうか?」
ボルトラは考え込みながら腕を組んだ。
「……優秀な方でした。ただ……」
「――ただ?」
横からカイが聞き返す。
ボルトラはカイを見遣ると、顔色が少し変わった。
研究部は王立魔術師団の組織の一部だ。
同じ組織に属していたらカイが国家指定魔術師だということを知っているのかもしれない。
何よりオッドアイを持つ美貌と常人ではないオーラを纏う外見は名刺代わりとなる。
「……失敗を許さない、研究に厳しい人でした。ここの研究室の進行は常に副主任が決めていました……。最近は常に研究を焦っている様子でイライラしがちだったというか……」
口調は穏やかに答えたボルトラの目に強い憤怒が宿ったのをミュヨンは見逃さなかった。
「独裁者ってやつ?」
カイがくだけた口調で聞き返す。
「……そうともいえます……」
第一発見者であり、同じラボの助手だったルーレンへの聞き込みを終え、カイとミュヨンは研究棟の管理区画の廊下を歩いていた。
外光を取り入れる窓はあるが、魔術師団本部の高い建物に陽を遮断され、どこか昼でも薄暗い。
「あの助手くん、監査官さんに惚れたね」
あいも変わらず、隣を歩くカイは気楽な様子だ。
「憶測でものを言うのはやめてください」
「自分でも気づいてたでしょ? 明らかに監査官さんに見惚れてたよね。絶対に一目惚れされてた」
「本件には関係ありません」
「監査官さんって恋人は?」
「それも本件には無関係です」
「やっぱり監査官さんはかわいいのにモテないって当たってた?」
「……」
くつくつとカイは余裕を滲ませて笑みを刻む。
(失礼すぎるけど、感情的に反応したら負けな気がする……)
カイと話していると調子を狂わされそうになるとミュヨンは感じていた。
相手を自分のペースに巻き込むのに長けている。
ただカイの観察眼が侮れないこともミュヨンは理解してきていた。
何せ、この軽薄に映る男は国に7名しか存在しない国家指定魔術師の一人なのだ。
(この人、底がわからない……。そもそも底も天井もどちらもないようにどこまでも深みにはまってしまうような……)
ミュヨンは気を取り直して、事故調査に気持ちを切り替えた。
「――次は実際にヤニス氏が所属していた研究室へ行ってみましょう」
「ん。一緒に行こっか?」
まるでデートの行き先でも決めているようなカイの緩い態度。
案内役の男からもらっていた研究所の見取り図を頭にインプットしていたミュヨンはエレベーターで2階へ降り、被害者のヤニス・アレクスが所属していた”魔術理論研究室 第1グループ”へと足を運んだ。
ここは現場の3階と違い、ある程度は自由に出入り可能である。
しかし研究棟のエントランスには、しっかり受付も兼ねた警備魔術師はいるし、ICカードを通さなければ入館することは出来ないようになっていた。
それだけに、いかに3階の管理区画が厳重にセキュリティが施されているかがわかる。
(だからこそ不可能犯罪なんだけど……)
内心で嘆息したミュヨンは自分がカイの考えに引っ張られていることを自覚した。
(まだ断定は出来ない。先入観は視界を曇らせるだけ……)
「何だか監査官さん、難しい顔してない? せっかくかわいい顔してるんだから笑えば?」
「勤務中です」
ミュヨンはカイに淡白に返事をしながらも扉を開けて、研究室へと入室した。
独特な匂いが鼻を刺激する。
(薬品の匂いにインクや紙の匂いや魔力が混ざり込んだ感じ……)
研究室の中は広かった。
長い机がいくつも並び、その上に書類や魔術具が積み重なっている。
壁際には本棚が並び、魔術理論書がぎっしり詰まっていた。
奥の窓際にはホワイトボードが置かれている。
そこには複雑な魔術式が書き残されていた。
線が何度も書き直されている。
議論の跡だろう。
ミュヨンもカイもそれぞれに室内を観察していた。
「へえ。ちゃんとした研究室って感じ」
カイが机の上に置かれていたフラスコを手に取りながら言った。
「どういう意味ですか?」
「優秀な研究室ほど散らかってる」
「根拠はありますか?」
「俺の勘」
「……また、それですか……」
「でも、監査官さんも俺の勘は侮れないって思い始めてる」
カイに不敵な視線を流され、ミュヨンは内心を見透かされたように感じて、部屋を見回す振りをして視線を外す。
すると、研究室の机には三十代半ばくらいの男が座っていた。
眉間にしわを寄せ、フレームレスの眼鏡を指先で押し上げている。
緊張を紛らわしているのか、指先で机をたたいていた。
ミュヨンは手帳を提示しながら、彼に近づいた。
「魔術監査局から事故の調査で派遣されましたミュヨン・ハートレットと申します。昨日の結界実験室で起きたことに関しまして、少しお話をお伺いしたのですが、よろしいでしょうか?」
男は立ち上がり、ミュヨンに対して一礼する。
「監査局の調査に協力するよう上からも言われています。私は研究員のボルトラと申します」
ミュヨンはボルトラに座るよう促すと自分も対面の椅子へと腰を下ろす。
「早速ですが、今回亡くなられたヤニス・アレクス氏とはどんな人物だったでしょうか?」
ボルトラは考え込みながら腕を組んだ。
「……優秀な方でした。ただ……」
「――ただ?」
横からカイが聞き返す。
ボルトラはカイを見遣ると、顔色が少し変わった。
研究部は王立魔術師団の組織の一部だ。
同じ組織に属していたらカイが国家指定魔術師だということを知っているのかもしれない。
何よりオッドアイを持つ美貌と常人ではないオーラを纏う外見は名刺代わりとなる。
「……失敗を許さない、研究に厳しい人でした。ここの研究室の進行は常に副主任が決めていました……。最近は常に研究を焦っている様子でイライラしがちだったというか……」
口調は穏やかに答えたボルトラの目に強い憤怒が宿ったのをミュヨンは見逃さなかった。
「独裁者ってやつ?」
カイがくだけた口調で聞き返す。
「……そうともいえます……」



