王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

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 結界実験室をミュヨンとカイが並んで出た時、廊下の空気は少し変わっていた。
 先ほどまで遠巻きに様子を見ていた研究員たちが、こちらを意識しているのが分かる。
 視線が集まり、すぐに逸らされた。
 ミュヨンはそれを特に気にする様子もなく、歩みを進めながら隣を歩くカイに視線を送る。

「何? 監査官さん。俺に見惚れちゃった?」

 人が一人亡くなり、殺人事件の可能性まで浮上している割には相変わらず気楽な様子のカイ。
 
(こういう人って相手の反応を面白がる傾向があるから……)

 スルーを決め込むミュヨンに、

「監査官さんに思いっきり無視されるのも結構”クル”かも……」

 カイは本気なのか冗談なのか判然としない態度で軽く笑う。

「ね? この事件、結構面白いでしょ?」
「人が亡くなっているんです。面白いなんて不謹慎だと思います」
「監査官って外見はもろ美少女って雰囲気なのに、ほんっとお堅いよね」
「美少女と表現される年齢ではありません」
「いくつ?」
「私の年齢は事故調査に関係ありません。監査官として職務を果たしているので成人していることは間違いないと思います」
 一貫して打ち解けようとはしない淡泊なミュヨンの態度にも全く怯む様子のないカイ。
 
(この男にかかれば、何でも自分の楽しみの材料になるのね……)

 それでもカイは国家指定魔術師。
 レオニス王国に7名しかいない最高戦力。
 王立魔術師団の階級には属さない別格の存在。
 基礎魔術も応用魔術も遥かに凌駕した特殊魔術を扱える稀少な魔術師。
 ミュヨンの想像を遥かに超えた魔力出力をカイは持ち合わせているだろう。
 ミュヨンは肩へと余分に力が入った。

「この事故をひっくり返すのは相当難しいと思うよ」
「ええ。おっしゃる通りです」
「けど、難しいほうがやりがいはある」
「やりがいという言葉が適切かはわかりませんが……」

(何が実際に起こったのか、絶対に突き止めて見せる。でないと亡くなった被害者も浮かばれないわ……)

 ミュヨンの瞳に強い意思が宿る。

「――で。次は……」
「第一発見者に話を聞きに行きます」
「妥当な流れだね」

 あらかじめ案内役の魔術師とうち合わせていた通り、ロビーソファには一人の男が座ってミュヨンを待っていた。
 二十代後半に見える魔術師団の制服の上から白衣をまとった男。
 落ち着かない様子で両指を組んでいた。

「監査局のミュヨン・ハートレットです。お待たせしまして失礼いたしました」

 手帳を見せながら男の前に立つと、顔を上げた男は数秒間ミュヨンを惚けた顔で見続けた。
 
「失礼いたしました。研究助手のルーレンと申します。ヤニス副主任とは同じチームです」

 ルーレンは慌てて立ち上がる。
 顔面全体だけではなく耳まで紅潮していた。

「どうぞ、おかけください。早速ですが、発見時の状況を聞かせていただきたいのですが」

 ミュヨンは仕事用のノートを取り出して記録をとる体勢に入った。
 ルーレンはゆっくり座ると大きく深呼吸して緊張した面持ちに変わる。
 同じ職場で働いていた人間の死体に変わった姿を見てしまったのだ。
 まだ動揺がおさまっていなくて当然だった。
 
「……昨日の夜、実験の終了予定時刻を過ぎても、ヤニス副主任が出てきませんでした」
「それで?」
「実験室内の様子を確認することにしました」

 ルーレンは廊下の壁にある装置を指した。

「外部モニターがあります」

 結界実験室では、安全確認のため外部観測装置が設置されている。
 内部の様子をモニタリングできる装置だ。

「ヤニス副主任が倒れているのが見えました。結界実験室の実験中の結界は内部行使式ですので外部からは管理権限でしか解除できません。同じ研究室の研究員2名を呼んで結界を解除してから中に入りました」
「3名で入室したということですね?」
「はい。事故の一報は入室前にいれていたので、その後すぐにかけつけた魔術師団の魔術管理部が現場を封鎖しました。特に何にも触れず、そのまま退室しました」

 ミュヨンが淡々とメモをとっていく横でカイはつまらなさそうに天井を見上げていた。

「ヤニス氏はどのような研究をしていましたか」
「魔力増幅理論……少ない魔力を魔術で増幅させる研究です」

 ミュヨンは頷いた。
 その内容は事故速報にも記載されていた。
 禁術に近い高危険魔術は監査局にも届け出が出され、国家管理のもと限定許可されている。

「――へえ……」

 しかし退屈そうに黙っていたカイがここで初めて口を挟んできた。
 ルーレンはカイを見遣る。

「そいつメンバーから嫌われてたでしょ?」

 ルーレンは不敵に笑うカイからの唐突な質問に顔つきが強張った。

「絶対、周りから煙たがれているタイプ」
「ちょっと……何を言い出すんですか?」

 怒気を含ませたミュヨンの声もカイは全く意に介さない。

「重要な質問だって。殺された可能性があるんだから」

 カイの軽い口調にミュヨンもルーレンも黙り込む。
 廊下の空気に重みが増す。
 やがてルーレンはゆっくりと口を開き始めた。

「……厳しい人でした」
「厳しい?」
「研究に対して……失敗を許さないというか……」

 ルーレンが言葉を選んでいるのがミュヨンにも伝わる。

「やっぱり殺人だ」
 
 カイはどこか企んでいるような笑みを浮かべた。

「被害者が周囲から良い印象をもたれなかったことと殺人事件は別です」
「好かれてたら殺されないって」
「根拠がないことを軽はずみに言わないでください」
「――でも、俺の勘はあたる」

 ミュヨンはカイの軽い態度に苛立った自分に気づいて落ちつくために深く息を吐く。
 カイとミュヨンのやりとりをただ黙って見上げているルーレンは戸惑った表情で二人を交互に見比べていた。
 ミュヨンは話の軌道を修正する。

「ヤニス氏が所属していた研究室のメンバーは何名ですか?」
「副主任と僕も含めて5名です」

 小さな研究チームは必然的に人間関係も濃くなる。
 それが良い方向に運ばないこともあるだろう。

「容疑者が4人もいるんだ。ますます面白くなってきた」

 ルーレンはカイに“容疑者“扱いされたことに、ビクッと肩を上げ震えている。
 一通り第一発見者から話を聞けたミュヨンは、

「お時間をとっていただき、ありがとうございました。もう行っていいですよ」

 と、ルーレンに声をかけ、カイから遠ざけた。
 ルーレンは後ろを気にしながらも、廊下の奥へと消えていく。

「本件は現状では事故扱いです。本人の前で容疑者呼ばわりしないでください。まだ殺人と確定したわけではありません」
「さっき監査官さんも事故じゃないって言ってたよね?」
「事故じゃないイコール殺人事件にはなりません」
「監査官さんって生真面目だよね?」
「仕事です」
「――わかってる」

 視線を尖らせて本気で注意するミュヨンに対し、カイは微笑みで応答する。

「犯人が入室のログを残さずに侵入することは不可能――窓すらない完全密室……かなり面白い」
「面白いかはともかくとしても……」

 この事件が一筋縄で解決しないことは明らかだった。