***
カイとミュヨンが研究棟のエントランスを抜けると、落陽に影を長く伸ばされた。
「私は監査局に戻りますので、ここまでで大丈夫です」
ミュヨンが立ち止まってカイに向き直ると、カイも足を止める。
「――監査官さん、後味悪そうな顔してる」
「後味の良い事件や事故などありません。ですが……」
「言いたいことはわかってる。よく耐えたな」
いつものカイのシニカルな笑みがミュヨンには優しく感じられて、不覚にも少し鼻の奥がツンとした。
(まだ監査官として力不足……)
自分の無力さを痛感しながらも、まだミュヨンの仕事は終わっていないと前を向き直す。
魔術事故の捜査・逮捕権限は魔術師団内の魔術管理部にある。
身柄を拘束されたマイロの取り調べは魔術管理部が行っていくが、証拠管理や捜査の適正性を監査局の担当としてマイロが王国検察院に送致されるまでミュヨンは監査していかなければいけない。
「……どうしてマイロさんは禁術の内容を知ることが出来たのでしょうか?」
「――さあね」
あっさりとカイが答える。
「たぶん、あの丸眼鏡の研究者は最後まで喋らない」
「私もそう思います」
マイロがあの禁術を知らなければ、ヤニスが殺害されることもなかったはずだった。
どうしてマイロがあの危険な研究を進めることにこだわったのか。
または、こだわりすぎてしまったのか。
謎は残っている。
「監査官さんは証拠もないのに、都合のいい答えを探すの好きじゃないだろ」
「はい。おっしゃる通りです。どうして、わかるんですか?」
「ずっと監査官さんと一緒にいたからね」
「誤解を招くような発言はやめてください。先ほども……」
「――さっき?」
「何でもありません」
ミュヨンは頬を赤らめながら目を逸らした。
『――監査官さんがかわいかったからかな』
団長の問いをごまかすためだっただろうことはミュヨンもわかっているが、はっきりカイに言われれば心拍数が上がってしまう。
「カイさん」
「何?」
「第一次実証実験の責任者の方をご存じだったんですか?」
ミュヨンの問いにカイのオッドアイが一瞬だけ驚きを見せる。
けれども、すぐに蒼と金の美しい瞳はシニカルな光を取り戻す。
カイはミュヨンに”なぜ”、”どうして”わかったのか見え透いた疑問は聞かないだろう。
「魔術学院時代に少し――ね」
「少し、ですか?」
「ん。少し」
(このやりとり前もしたことある気がする)
カイの美貌にミステリアスに微笑まれれば、必要以上に質問する気にはならなかった。
むしろ魔術学院時代というワードを出してくれだだけでも、カイにある程度は信頼を置かれているのだと実感する。
(カイさんって真面目に魔術学院に通っていたのかしら?)
ミュヨンには学生生活を送っているカイが想像できなかった。
ただミュヨンの想像を遥かに超える魔力量を有しながら完璧に制御できていることは魔力暴走が起きた部屋に閉じ込められ、カイに救い出された時に片鱗を見ている。
(それに魔術理論や魔術方程式の解き方の知識にも長けているし……)
知れば知るほど底の知れない男。
圧倒的な実力を持つ国家指定魔術師。
――カイ・レイヴンクラウド。
(たった3日、一緒に調査をしただけなのに、終わってしまうのが寂しいなんて)
なぜか苦しく締め付けられているような感覚がミュヨンの胸の奥を支配していた。
これからのミュヨンの仕事は書類作成や魔術管理部とのやり取りが主となる。
カイとの非公式な共同捜査はここまでだった。
「――ありがとうございました」
「何が?」
「カイさんには監査局の調査にご協力いただきました。命も助けていただきましたし、お礼はまた改めて……」
「別に俺は監査局に協力してたわけじゃない」
「それでは身内の魔術師団のためですか?」
「身内なんて思ったこともないね」
カイは腰を曲げて、ミュヨンにぐっと顔を寄せてきた。
非の打ちどころのない美しい顔立ちに、全てを見透かしそうな美しいオッドアイ。
それがお互いの息がかかるほどに接近している。
「――本当にわからない?」
ミュヨンはカイに問われたことも聞き流してしまうほどに魅入ってしまっていた。
「……帰ります!」
我に返ったミュヨンは一歩、後ずさって顔を逸らした。
「監査官さんを送ってく」
「大丈夫です。ここまでで」
「俺も監査局の方向に用事があるから」
「嘘だと思います」
「嘘でも構わないだろ」
「大丈夫です。必要ありません」
「じゃあ、勝手に監査官さんの隣を歩いとく」
「それを送るというんです」
「調査が終わったからって俺は用済み? ひどくない?」
「そんなことを言いたいわけではなくて」
「次の事件、作っとく?」
「事件は作るものではありません。不謹慎です」
「困ったな。これから監査官さんと会う口実がなくなる」
「私と会うのに口実が必要なんですか?」
ミュヨンが首を傾げると、一瞬カイは言葉に詰まって、オッドアイの双眸を微かに眇めた。
「――なくても俺と会ってくれる?」
どこか楽しそうにカイが笑う。
二人分の足音が夕暮れの研究棟に重なっていた。
【王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー】end
カイとミュヨンが研究棟のエントランスを抜けると、落陽に影を長く伸ばされた。
「私は監査局に戻りますので、ここまでで大丈夫です」
ミュヨンが立ち止まってカイに向き直ると、カイも足を止める。
「――監査官さん、後味悪そうな顔してる」
「後味の良い事件や事故などありません。ですが……」
「言いたいことはわかってる。よく耐えたな」
いつものカイのシニカルな笑みがミュヨンには優しく感じられて、不覚にも少し鼻の奥がツンとした。
(まだ監査官として力不足……)
自分の無力さを痛感しながらも、まだミュヨンの仕事は終わっていないと前を向き直す。
魔術事故の捜査・逮捕権限は魔術師団内の魔術管理部にある。
身柄を拘束されたマイロの取り調べは魔術管理部が行っていくが、証拠管理や捜査の適正性を監査局の担当としてマイロが王国検察院に送致されるまでミュヨンは監査していかなければいけない。
「……どうしてマイロさんは禁術の内容を知ることが出来たのでしょうか?」
「――さあね」
あっさりとカイが答える。
「たぶん、あの丸眼鏡の研究者は最後まで喋らない」
「私もそう思います」
マイロがあの禁術を知らなければ、ヤニスが殺害されることもなかったはずだった。
どうしてマイロがあの危険な研究を進めることにこだわったのか。
または、こだわりすぎてしまったのか。
謎は残っている。
「監査官さんは証拠もないのに、都合のいい答えを探すの好きじゃないだろ」
「はい。おっしゃる通りです。どうして、わかるんですか?」
「ずっと監査官さんと一緒にいたからね」
「誤解を招くような発言はやめてください。先ほども……」
「――さっき?」
「何でもありません」
ミュヨンは頬を赤らめながら目を逸らした。
『――監査官さんがかわいかったからかな』
団長の問いをごまかすためだっただろうことはミュヨンもわかっているが、はっきりカイに言われれば心拍数が上がってしまう。
「カイさん」
「何?」
「第一次実証実験の責任者の方をご存じだったんですか?」
ミュヨンの問いにカイのオッドアイが一瞬だけ驚きを見せる。
けれども、すぐに蒼と金の美しい瞳はシニカルな光を取り戻す。
カイはミュヨンに”なぜ”、”どうして”わかったのか見え透いた疑問は聞かないだろう。
「魔術学院時代に少し――ね」
「少し、ですか?」
「ん。少し」
(このやりとり前もしたことある気がする)
カイの美貌にミステリアスに微笑まれれば、必要以上に質問する気にはならなかった。
むしろ魔術学院時代というワードを出してくれだだけでも、カイにある程度は信頼を置かれているのだと実感する。
(カイさんって真面目に魔術学院に通っていたのかしら?)
ミュヨンには学生生活を送っているカイが想像できなかった。
ただミュヨンの想像を遥かに超える魔力量を有しながら完璧に制御できていることは魔力暴走が起きた部屋に閉じ込められ、カイに救い出された時に片鱗を見ている。
(それに魔術理論や魔術方程式の解き方の知識にも長けているし……)
知れば知るほど底の知れない男。
圧倒的な実力を持つ国家指定魔術師。
――カイ・レイヴンクラウド。
(たった3日、一緒に調査をしただけなのに、終わってしまうのが寂しいなんて)
なぜか苦しく締め付けられているような感覚がミュヨンの胸の奥を支配していた。
これからのミュヨンの仕事は書類作成や魔術管理部とのやり取りが主となる。
カイとの非公式な共同捜査はここまでだった。
「――ありがとうございました」
「何が?」
「カイさんには監査局の調査にご協力いただきました。命も助けていただきましたし、お礼はまた改めて……」
「別に俺は監査局に協力してたわけじゃない」
「それでは身内の魔術師団のためですか?」
「身内なんて思ったこともないね」
カイは腰を曲げて、ミュヨンにぐっと顔を寄せてきた。
非の打ちどころのない美しい顔立ちに、全てを見透かしそうな美しいオッドアイ。
それがお互いの息がかかるほどに接近している。
「――本当にわからない?」
ミュヨンはカイに問われたことも聞き流してしまうほどに魅入ってしまっていた。
「……帰ります!」
我に返ったミュヨンは一歩、後ずさって顔を逸らした。
「監査官さんを送ってく」
「大丈夫です。ここまでで」
「俺も監査局の方向に用事があるから」
「嘘だと思います」
「嘘でも構わないだろ」
「大丈夫です。必要ありません」
「じゃあ、勝手に監査官さんの隣を歩いとく」
「それを送るというんです」
「調査が終わったからって俺は用済み? ひどくない?」
「そんなことを言いたいわけではなくて」
「次の事件、作っとく?」
「事件は作るものではありません。不謹慎です」
「困ったな。これから監査官さんと会う口実がなくなる」
「私と会うのに口実が必要なんですか?」
ミュヨンが首を傾げると、一瞬カイは言葉に詰まって、オッドアイの双眸を微かに眇めた。
「――なくても俺と会ってくれる?」
どこか楽しそうにカイが笑う。
二人分の足音が夕暮れの研究棟に重なっていた。
【王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー】end



