王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

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 カイとミュヨンは魔術管理部の魔術師たちやボルトラたちを残し、先に結界実験室を退室した。
 カイと並び、管理区画の廊下を進む。

「――ここまで、うまくいくとは思わなかった」
「……はい」
「監査官さんは複雑そうな顔してる」
「人が亡くなった事件の真相が気分のいいものであるはずがありません」
「ま、それは同感」
「それに……」

 ミュヨンが言いかけた時、前から複数の人影がこちらへ向かってくるのが見えた。
 その中央、先頭を歩いている人物を認識した瞬間に只者ではないと肌でわかった。
 アッシュブロンドの長髪を低い位置で束ね、魔術師団の黒を基調とした立襟制服に身を包んでいる男。
 装いそのものは、他の魔術師たちと大きく変わらない。
 ただ胸元には、銀の徽章(きしょう)が静かに誇るように主張している。
 近くにいた魔術師団の魔術管理部の人員が姿勢を正して頭を下げた。

(あの人って……)
 
 ミュヨンも足を止めて、息を呑む。

(間違いなく、魔術師団の団長……)

 ――ヴァレリウス・グレイストン。
 ミュヨンが王立魔術師団のトップである団長の姿を実際に見るのは初めてだった。
 王国の魔術師の束ねる男。
 そして今回の事故の調査の中で何度もその名を目にしてきた人物でもある。

(ただ歩いているだけなのに、電流が走っているような……)

 銀の徽章がなかったとしても、その佇まいだけで高い地位にある者だと理解できるような際立った存在感だった。

「――来たんだ。暇なの?」

 先に団長へ声をかけたのはカイだった。
 周囲の緊張感も意に介さない軽口。
 7名の国家指定魔術師は魔術師団の階級には属さない別枠の存在。

(とは言え、友人相手に接するような気軽さで団長に接するなんて)

 ある意味、団長相手でも普段通りのカイらしいと言えなくはなかった。
 団長は特に気分を害した様子もなく、カイとミュヨンの傍で立ち止まる。

「私を何だと思っている。魔術師団の研究棟で起きたことだ。来ないわけにもいかないだろう」
「――ま、”それ”は不自然ではないけど」

 カイは口もとへ緩くカーブを描く。
 団長はカイへ聞き直すこともなく、ミュヨンへと視線を向けた。

「――今回、担当された監査局の……」
「はい。初めまして。監査官のミュヨン・ハートレットと申します」

 ミュヨンは丁寧に腰を折る。

「王立魔術師団長のヴァレリウス・グレイストンと申します」

 自分に対しても敬意を払う、厳格な外見とは違う団長の柔らかな物腰にミュヨンは少なからず驚いていた。

「いつも監査局の方々にはお世話になっております。今回の件でも随分と担当の監査官様にはご尽力いただいたと報告で伺っております」
「いえ。監査官として職務にあたっていただけです」
「監査局は優秀な監査官揃いで、局長の指導が良いのかと、アランに教えを賜りたいと思っていました」
「アラン局長とお知り合いなのですか?」
「旧知の仲です。仕事柄、顔を合わせる機会が多くありましてね。魔術師団と監査局は切っても切り離せない関係性ですから」

 落ち着いた低い声音に冷艶な容貌で団長に微笑みかけられる。
 口許にカーブを描いているのに、団長の目は何の感情も映していない。

(カイさんとは別の意味で底か知れない人)

「ミュヨン監査官」
「はい」
「本件の監査局の調査はまだ続くかと思います。引き続き我々にご協力をよろしくお願いします」
「かしこまりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「――カイも」

 団長がカイへと目線の先を移行する。

「――俺?」
「お前が監査局の事故調査に協力するとは、どういう風の吹き回しだ。しかも連日、朝から晩まで研究棟に顔を出していたと耳に入っている。国王様でさえ、国家指定魔術師は全員揃いも揃って扱いづらいと苦慮していらっしゃるのに」

 今では当然のようにミュヨンの隣に立つカイだが、やはり国家指定魔術師が事故の調査で動くのは不自然なのだろう。
 ましてや監査局の監査官と行動を共にするなど。

(不思議……ではあったのよね)

 ミュヨンは隣のカイの表情を窺うように見上げた。 

「今回の案件にお前の気を引くものでもあったのか?」

 カイは団長をオッドアイで見据えたまま、その美しい顔立ちにシニカルな笑みを刻んで、まずは答えていた。

「――監査官さんがかわいかったからかな」

 カイの軽い回答に団長は怪訝そうに双眸を細める。
 ミュヨンも意表を突かれていた。

「あんたも見ればわかるでしょ。監査局の担当がオッサンだったら絶対に関わっていない」

 団長は軽いノリで答えるカイの回答を聞きつつ、改めるようにミュヨンを一瞥する。
 ミュヨンは顔に熱が溜まっていくのを感じていた。