王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 ミュヨンが手帳を提示すると、男はオッドアイの目を細めて凝視した。

「監査官さんって十代?」
「成人しています」

 監査官に着任できる条件は国家試験をパスすることと、満二十歳を越えてからだ。
 目の前のこの男は絶対にその知識を持ち合わせている。
 ミュヨンは自分の顔が童顔とカテゴライズされることを知っていた。
 そして、それが相手によっては軽く扱われがちになることも。
 今さら動揺してみせるほど、ミュヨンは見た目通りの可愛げのある甘い性格はしていない。

「――ごめん。知ってる。監査官さんは調査で呼ばれたんだろ?」
「はい。おっしゃる通りです」

 初対面から砕けて接してくる男の態度にのまれないよう、ミュヨンは意識して背筋を伸ばす。
 この男は国家指定魔術師だろうと、ミュヨンは推察した。
 レオニス王国に7名だけ存在する、特殊魔術を扱える国家最上位戦力。
 存在だけなら、当然知っている。
 でも、7人のうち誰の顔も名前も知らなかった。
 特命が多い国家指定魔術師は表に出る機会が少ないこともある。
 ミュヨン自身が日常的に相対してきたのは書類と記録が多い。
 それでも、このオッドアイの男が遥かに常人を超越した存在だということは肌で感じた。

(名前は何だろう……)

 男はミュヨンの沈黙を気にも留めず、結界実験室の扉を親指で示した。

「――残念だけど事故の調査で済まないと思うよ」
「それは、どういった意味でしょうか?」
「そのままの意味だけど」

 笑うでもなく、かと言って深刻にも見えない男の美貌が作り出す表情。

「結界による密室で起きた魔力暴走で研究員が亡くなった」
「ええ。報告書でそう理解しております」
「けど、事故にしては何かがおかしい」
「何か、とは?」
「残されている魔力の流れ」

 男は肩を竦める。
 ミュヨンは自然と視線が鋭くなった。

「暴走した魔力の散り方にしては不自然」
「それは何らかのデータを根拠におっしゃっていますか?」
「――ううん。俺の勘ってやつ」

 オッドアイの恐ろしいほどの美貌に微笑みかけられる。
 本心で笑っていないのがばればれだった。
 そして、男がそれを隠そうとしていないことも。

(勘……こんなにも当てにならない言葉はない。けれど、なぜかこの男の言うことには信ぴょう性を感じる……)

「……私も事故ではない可能性を考えています」

 オッドアイの男にだけ聞こえる声で、はっきりと伝える。
 男は口角を上げた。

「だよね。初めて同意してくれる人間に会えた」

 まるでミュヨンを待っていたかのような本心から滲む笑み。

「実験室の入室記録を資料で確認いたしました。実験開始の3分前に副主任が入室していますが、実験前に結界発生器の同期確認や安全確認を済ませるにしては準備時間が短すぎるかと」
「――へえ、ただのかわいらしいお嬢さんかと思ったけど、いいね。監査官さんって」

 男の言葉にミュヨンは視線を尖らせた。
 
「褒められているのかわかりかねます」
「褒めてるよ」
「でしたら、ありがとうございます」

 ミュヨンは形式的に男へ頭を下げる。
 
「一緒に調べようか?」
「今、なんと?」
「恐らく、今のままだとただの事故として処理されて終わるよ」
「……」

 男の言う通りだとミュヨンは思った。
 今のままだと事故を事件だと変える材料が少なすぎる。

(私はただ何が実際に起きたのか真相を解明するだけ……)

 この男とは認識が一致している。
 ミュヨンは小さく頷いた。

「そうこなくちゃ」
「――その前に……」
「ん?」
「名前を教えていただけませんか?」

 ミュヨンからの質問に男は驚いたように目を瞠った後、すぐにまた笑みを象る。

「――カイ・レイヴンクラウド。国家指定魔術師ってやつ」

(やっぱり……普通の域には到底おさまっていない魔術師だと思った……)

 ミュヨンが国家指定魔術師に対面するのは初めての経験である。
 こうして、非公式ながらも監査官ミュヨン・ハートレットは国家指定魔術師カイ・レイヴンクラウドとの共同捜査が幕を開けることとなった。