***
結界実験室には重苦しい空気が漂っていた。
奥に置かれた長方形の机を囲むようにヤニスと同じ研究室だった研究員ボルトラ、レミリア、マイロ、そして助手のルーレンが座っている。
誰一人として口を開こうとはしなかった。
監査局のミュヨン・ハートレット監査官によって事故現場に収集された4人の面々には緊張感が漂っている。
まだ呼び出した当人の姿は見えなかった。
「すみません。お待たせいたしました」
ミュヨンが認証を受けて実験室に入室してくる。
彼らの座った机へと真っ直ぐに歩を進め、主賓の位置へと立った。
4人全員の顔が一度に見渡せる位置である。
「お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます」
ミュヨンの声色と表情は柔らかかった。
その優しく落ち着いたミュヨンの声音は4人の緊張感を少しだけ和らげる。
「監査官様、お身体は大丈夫なのですか?」
レミリアが心配そうな表情でミュヨンを見上げていた。
「私は一時、研究棟を不在にしていたのですが、また魔力暴走がこの部屋で発生して、監査官様が閉じ込められていたとお聞きました」
「ええ。私は大丈夫です。ご覧の通り、怪我もありません。ご心配をおかけいたしました」
ミュヨンは彼らへと穏やかに笑う。
「ですが、どうして、あの時、魔力が発動したのか原因がわからないままで……」
眉を下げたミュヨンの表情は困惑を現していた。
「確かに腑に落ちない。実験を開始したわけでもないのに、魔力が発動するとは」
「どういうことなのでしょうか」
ボルトラとレミリアが揃って首を傾げている。
「ヤニス氏が亡くなった魔力暴走事故と関連があるのか、原因は不明なままです」
ミュヨンのセリフに研究員たちは一様に黙した。
各々がミュヨンに、どう言葉をかけたらいいのか見つからないといったところだろう。
その時、カイが入室してきた。
「――悪い。取り込み中?」
表情を引き締めている監査官と重苦しいヤニスの研究室の面々とは対象的に、カイだけは遊戯施設にでも遊びにきたように軽い雰囲気だった。
「はい。今から皆さんにお話したいことがありますので」
「――じゃあ、俺のことは気にしないで続けて」
「そうさせていただきますね」
カイはミュヨンと会話を交わすと、そのまま実験室内をゆっくりと歩き始めた。
まずは制御卓の前で足を止め、何気なく周囲を見回している。
ミュヨンはそれを横目に見た後、4名へと向き直った。
「皆さん、ここまで監査局の調査に快くご協力いただきまして、ありがとうございました」
ミュヨンが話していても、4人はそれぞれ国家指定魔術師であるカイの存在が気になるのか、ちらちらとカイに視線を向けている。
そのカイは制御卓から実験台へと足を進めていた。
事件現場を気まぐれに見直しているだけ。
誰の目にもそう映る自然な足取り。
ミュヨンは気づかない振りをして話を続けた。
「皆さんのおかげでヤニス氏の実験前の行動が、だいぶ明らかになりまして……」
カイはミュヨンたちに構わず、更に歩みを進める。
結界発生器の方へと向かって、ゆったりと。
「まず、ヤニス氏の事故当日、結界実験室に向かうまでに……」
カイが結界発生器へと手を伸ばせば届く距離まで近づこうとしていた、その瞬間。
「止まれええ!!」
椅子のひっくり返るけたたましい音と、ある人物の絶叫が結界実験室にこだまする。
長机を回り込むように駆けだし、カイの腕へと手を伸ばした。
結界実験室が水を打ったように静まり返る。
ある人物はカイの腕を掴んだまま、息を乱して、立ち尽くしていた。
制止されたカイは、その状態のまま、片側の口角を上げて、ミュヨンをオッドアイで一瞥する。
ミュヨンもカイに対して浅く頷き返し、口を開いた。
「……急に、どうされました?」
ミュヨンの柔らかな声音が音を失った部屋に響く。
「マイロさん」
声をかけられたマイロは、はっと我に返る。
カイの腕を解放し、後ろへと一歩下がった。
ボルトラ、レミリア、ルーレンは何が起きたのか理解できない顔でマイロの様子を眺めている。
「いえ、危険だと思いまして、つい。取り乱して失礼いたしました」
「危険……なぜ、ですか?」
「……」
ミュヨンに質問され、マイロは言葉に詰まる。
「カイさんは実験室内を歩きながら、見て回っていただけです」
「……」
「それの何が危険なんでしょうか?」
ミュヨンは柔らかな口調で誰の頭にも浮かぶであろう疑問を投げかける。
「不用意に結界発生器へと触ってしまうかと思ったのです」
「結界発生器に?」
「はい。ヤニス副主任が亡くなった事故原因も判明していない以上、現場の装置に触れるのは避けた方がいいと思いました」
結界実験室には重苦しい空気が漂っていた。
奥に置かれた長方形の机を囲むようにヤニスと同じ研究室だった研究員ボルトラ、レミリア、マイロ、そして助手のルーレンが座っている。
誰一人として口を開こうとはしなかった。
監査局のミュヨン・ハートレット監査官によって事故現場に収集された4人の面々には緊張感が漂っている。
まだ呼び出した当人の姿は見えなかった。
「すみません。お待たせいたしました」
ミュヨンが認証を受けて実験室に入室してくる。
彼らの座った机へと真っ直ぐに歩を進め、主賓の位置へと立った。
4人全員の顔が一度に見渡せる位置である。
「お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます」
ミュヨンの声色と表情は柔らかかった。
その優しく落ち着いたミュヨンの声音は4人の緊張感を少しだけ和らげる。
「監査官様、お身体は大丈夫なのですか?」
レミリアが心配そうな表情でミュヨンを見上げていた。
「私は一時、研究棟を不在にしていたのですが、また魔力暴走がこの部屋で発生して、監査官様が閉じ込められていたとお聞きました」
「ええ。私は大丈夫です。ご覧の通り、怪我もありません。ご心配をおかけいたしました」
ミュヨンは彼らへと穏やかに笑う。
「ですが、どうして、あの時、魔力が発動したのか原因がわからないままで……」
眉を下げたミュヨンの表情は困惑を現していた。
「確かに腑に落ちない。実験を開始したわけでもないのに、魔力が発動するとは」
「どういうことなのでしょうか」
ボルトラとレミリアが揃って首を傾げている。
「ヤニス氏が亡くなった魔力暴走事故と関連があるのか、原因は不明なままです」
ミュヨンのセリフに研究員たちは一様に黙した。
各々がミュヨンに、どう言葉をかけたらいいのか見つからないといったところだろう。
その時、カイが入室してきた。
「――悪い。取り込み中?」
表情を引き締めている監査官と重苦しいヤニスの研究室の面々とは対象的に、カイだけは遊戯施設にでも遊びにきたように軽い雰囲気だった。
「はい。今から皆さんにお話したいことがありますので」
「――じゃあ、俺のことは気にしないで続けて」
「そうさせていただきますね」
カイはミュヨンと会話を交わすと、そのまま実験室内をゆっくりと歩き始めた。
まずは制御卓の前で足を止め、何気なく周囲を見回している。
ミュヨンはそれを横目に見た後、4名へと向き直った。
「皆さん、ここまで監査局の調査に快くご協力いただきまして、ありがとうございました」
ミュヨンが話していても、4人はそれぞれ国家指定魔術師であるカイの存在が気になるのか、ちらちらとカイに視線を向けている。
そのカイは制御卓から実験台へと足を進めていた。
事件現場を気まぐれに見直しているだけ。
誰の目にもそう映る自然な足取り。
ミュヨンは気づかない振りをして話を続けた。
「皆さんのおかげでヤニス氏の実験前の行動が、だいぶ明らかになりまして……」
カイはミュヨンたちに構わず、更に歩みを進める。
結界発生器の方へと向かって、ゆったりと。
「まず、ヤニス氏の事故当日、結界実験室に向かうまでに……」
カイが結界発生器へと手を伸ばせば届く距離まで近づこうとしていた、その瞬間。
「止まれええ!!」
椅子のひっくり返るけたたましい音と、ある人物の絶叫が結界実験室にこだまする。
長机を回り込むように駆けだし、カイの腕へと手を伸ばした。
結界実験室が水を打ったように静まり返る。
ある人物はカイの腕を掴んだまま、息を乱して、立ち尽くしていた。
制止されたカイは、その状態のまま、片側の口角を上げて、ミュヨンをオッドアイで一瞥する。
ミュヨンもカイに対して浅く頷き返し、口を開いた。
「……急に、どうされました?」
ミュヨンの柔らかな声音が音を失った部屋に響く。
「マイロさん」
声をかけられたマイロは、はっと我に返る。
カイの腕を解放し、後ろへと一歩下がった。
ボルトラ、レミリア、ルーレンは何が起きたのか理解できない顔でマイロの様子を眺めている。
「いえ、危険だと思いまして、つい。取り乱して失礼いたしました」
「危険……なぜ、ですか?」
「……」
ミュヨンに質問され、マイロは言葉に詰まる。
「カイさんは実験室内を歩きながら、見て回っていただけです」
「……」
「それの何が危険なんでしょうか?」
ミュヨンは柔らかな口調で誰の頭にも浮かぶであろう疑問を投げかける。
「不用意に結界発生器へと触ってしまうかと思ったのです」
「結界発生器に?」
「はい。ヤニス副主任が亡くなった事故原因も判明していない以上、現場の装置に触れるのは避けた方がいいと思いました」



