「――すみません。ルーレンさん」
ミュヨンが声をかけると、ルーレンは彼女を認識するなり、顔を紅潮させた。
「ミュヨンさん! 大丈夫でしたか? 先ほど実験室に、ミュヨンさんが閉じ込められて魔力が暴走したとお聞きしました」
「私はご覧のとおり大丈夫です。エレベーターで降りようとしていましたよね。今、お時間って大丈夫でしょうか?」
「は、はい。もちろん」
「先にルーレンさんの用事を済ませてからでも私は良いのですが……」
「いえ。ミュヨンさんとお話出来るのでしたら、何よりも優先させ……」
表情が緩んでいたルーレンはミュヨンの背後に近づいてきたカイの姿を見つけると、あからさまに赤い顔が青白くなっていく。
ミュヨンにもルーレンの変化がわかりやすかったから、カイが気がつかないはずもない。
(あとで、また何か、からかわれそう)
ルーレンを記録保管室に迎え入れ、ルーレンに圧を与えないようミュヨンはルーレンの隣に座って話を聞く。
カイは机を挟んで正面に座り、今にも冷やかし始めそうな表情で横並びのルーレンとミュヨンを観察している。
「今回はヤニス氏の実験前のルーティンについて、お聞きしたいことがあります」
「……実験前ですか?」
ルーレンはミュヨンの質問が予想外だったのか目を丸く見開いた。
「毎回、ヤニス氏が実験開始前に実験室で確認する順番が決まっていたというようなことはなかったでしょうか?」
ミュヨンが言葉を続けると、ルーレンはプッと噴き出して、顔を俯かせる。
大笑いしたいのを必死に堪えているような想定外の反応にカイとミュヨンは視線を寄せあった。
「あ、失礼しました。ヤニス副主任は毎回、機械のように同じ手順でしたので、それを思い出してしまって」
「機械のようにですか?」
「はい。そう例えられるほど、本当に正確です。”変えてしまうと実験に集中できなくなる”とおっしゃっていまして」
何がルーレンのツボにはまったのかはわからないが、しばらくルーレンは一人で笑った後、我に返って寂しそうな顔に変わる。
ヤニスに好ましい感情は持っていなかったようだが、亡くなって数日も経つと死の重みがルーレンにも現実的に圧し掛かってきたのかもしれない。
「その機械のようだとルーレンさんが例えられた手順をお話いただけますか?」
「はい。実験室に入ったら真っ先に制御卓に向かって、制御卓の数値をチェックします。それから実験台に向かって、その後に結界発生器を確認していました」
ミュヨンはカイとの推理が的中していたことに内心で動揺していたが、表情には出さないよう気を引き締める。
「その順番は研究室の他の研究員の方々も知っていましたか?」
「もちろんです。助手の僕よりも繰り返しヤニス副主任と同じ実験に立ち会っていますから。いやでも、わかりますよ」
特別な秘密でも何でもなく、ヤニスの行動を予測するには充分な情報だった。
お礼を伝え、ルーレンは退室していく。
ミュヨンは胸が騒ぎ始めるのを抑えることが出来なかった。
「カイさん……」
「俺たちの仮説が的中したってわけね。結界実験室の円形の焦げ跡、覚えている?」
「はい。明らかにヤニス氏が倒れていた周辺に力が働いた場所が集約されていました」
「副主任をピンポイントで狙って魔術行使されている。パターンで魔術のロックが解除されるなら、狙い撃ちすることも容易かった」
「実験開始前にヤニス氏は亡くなっていたということですね」
「――だろうね」
誰かが意図的にヤニスを狙って魔術式を仕掛けた。
事故に見せかけて排除する。
それは立派な殺人事件だと言い換えられてしまう。
ここまで来ると否定する材料を見つける方が難しい。
「あとは誰が犯人なのか」
「犯人という呼び方はやめてください。今はまだ容疑の段階です」
「監査官さんって……ま、いいか。副主任の実験前のルーティンを知っているってだけで容疑者を特定できないのは事実。けれど」
「けれど?」
「――今、容疑者は相当、焦っている」
「焦る?」
「奇しくも仕事熱心な監査官さんが命を賭してトリガーを引いたおかげで」
ミュヨンは真相に近づくためにヤニスの事故当日の足取りを想像して歩いただけ。
それが再び魔力暴走を発動させてしまった。
「副主任を不慮の魔力暴走事故に見せかけて殺す。それは、事故で処理されて終わるはずだった。仕掛けも一度役目を果たせば、気づかれない」
「偶然にも私が仕掛けた魔術式のパターンと同じ行動を辿ってしまったから」
「一度で消えきっていなかった魔術式が監査官さんに反応したことで再び発動し、二度目は実験室全体に魔力暴走が広がった。容疑者にとっては誤算だったはずだ」
ミュヨンが監査官として事故の調査を真剣にしていたことが、今回のトリックの綻びを露わにしてしまった。
トリックが再び発動するのは想定外だった。
事故後は当然、現場保存される結界実験室。
証拠を完全に回収することは難儀である。
「副主任の行動は読めても、監査官さんの行動までは読めなかった」
ミュヨンが声をかけると、ルーレンは彼女を認識するなり、顔を紅潮させた。
「ミュヨンさん! 大丈夫でしたか? 先ほど実験室に、ミュヨンさんが閉じ込められて魔力が暴走したとお聞きしました」
「私はご覧のとおり大丈夫です。エレベーターで降りようとしていましたよね。今、お時間って大丈夫でしょうか?」
「は、はい。もちろん」
「先にルーレンさんの用事を済ませてからでも私は良いのですが……」
「いえ。ミュヨンさんとお話出来るのでしたら、何よりも優先させ……」
表情が緩んでいたルーレンはミュヨンの背後に近づいてきたカイの姿を見つけると、あからさまに赤い顔が青白くなっていく。
ミュヨンにもルーレンの変化がわかりやすかったから、カイが気がつかないはずもない。
(あとで、また何か、からかわれそう)
ルーレンを記録保管室に迎え入れ、ルーレンに圧を与えないようミュヨンはルーレンの隣に座って話を聞く。
カイは机を挟んで正面に座り、今にも冷やかし始めそうな表情で横並びのルーレンとミュヨンを観察している。
「今回はヤニス氏の実験前のルーティンについて、お聞きしたいことがあります」
「……実験前ですか?」
ルーレンはミュヨンの質問が予想外だったのか目を丸く見開いた。
「毎回、ヤニス氏が実験開始前に実験室で確認する順番が決まっていたというようなことはなかったでしょうか?」
ミュヨンが言葉を続けると、ルーレンはプッと噴き出して、顔を俯かせる。
大笑いしたいのを必死に堪えているような想定外の反応にカイとミュヨンは視線を寄せあった。
「あ、失礼しました。ヤニス副主任は毎回、機械のように同じ手順でしたので、それを思い出してしまって」
「機械のようにですか?」
「はい。そう例えられるほど、本当に正確です。”変えてしまうと実験に集中できなくなる”とおっしゃっていまして」
何がルーレンのツボにはまったのかはわからないが、しばらくルーレンは一人で笑った後、我に返って寂しそうな顔に変わる。
ヤニスに好ましい感情は持っていなかったようだが、亡くなって数日も経つと死の重みがルーレンにも現実的に圧し掛かってきたのかもしれない。
「その機械のようだとルーレンさんが例えられた手順をお話いただけますか?」
「はい。実験室に入ったら真っ先に制御卓に向かって、制御卓の数値をチェックします。それから実験台に向かって、その後に結界発生器を確認していました」
ミュヨンはカイとの推理が的中していたことに内心で動揺していたが、表情には出さないよう気を引き締める。
「その順番は研究室の他の研究員の方々も知っていましたか?」
「もちろんです。助手の僕よりも繰り返しヤニス副主任と同じ実験に立ち会っていますから。いやでも、わかりますよ」
特別な秘密でも何でもなく、ヤニスの行動を予測するには充分な情報だった。
お礼を伝え、ルーレンは退室していく。
ミュヨンは胸が騒ぎ始めるのを抑えることが出来なかった。
「カイさん……」
「俺たちの仮説が的中したってわけね。結界実験室の円形の焦げ跡、覚えている?」
「はい。明らかにヤニス氏が倒れていた周辺に力が働いた場所が集約されていました」
「副主任をピンポイントで狙って魔術行使されている。パターンで魔術のロックが解除されるなら、狙い撃ちすることも容易かった」
「実験開始前にヤニス氏は亡くなっていたということですね」
「――だろうね」
誰かが意図的にヤニスを狙って魔術式を仕掛けた。
事故に見せかけて排除する。
それは立派な殺人事件だと言い換えられてしまう。
ここまで来ると否定する材料を見つける方が難しい。
「あとは誰が犯人なのか」
「犯人という呼び方はやめてください。今はまだ容疑の段階です」
「監査官さんって……ま、いいか。副主任の実験前のルーティンを知っているってだけで容疑者を特定できないのは事実。けれど」
「けれど?」
「――今、容疑者は相当、焦っている」
「焦る?」
「奇しくも仕事熱心な監査官さんが命を賭してトリガーを引いたおかげで」
ミュヨンは真相に近づくためにヤニスの事故当日の足取りを想像して歩いただけ。
それが再び魔力暴走を発動させてしまった。
「副主任を不慮の魔力暴走事故に見せかけて殺す。それは、事故で処理されて終わるはずだった。仕掛けも一度役目を果たせば、気づかれない」
「偶然にも私が仕掛けた魔術式のパターンと同じ行動を辿ってしまったから」
「一度で消えきっていなかった魔術式が監査官さんに反応したことで再び発動し、二度目は実験室全体に魔力暴走が広がった。容疑者にとっては誤算だったはずだ」
ミュヨンが監査官として事故の調査を真剣にしていたことが、今回のトリックの綻びを露わにしてしまった。
トリックが再び発動するのは想定外だった。
事故後は当然、現場保存される結界実験室。
証拠を完全に回収することは難儀である。
「副主任の行動は読めても、監査官さんの行動までは読めなかった」



