王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

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「――休んでろって言ったのに」

 公言通り、10分で記録保管室に戻ってきたカイは、ミュヨンが資料を読み込んでいた姿を見て開口一番そう告げた。

「休んでいました」

 ミュヨンが確認していたのは結界実験室の見取り図。
 時間を置いて発動する魔術式――仮にそれが仕込まれていたとした場合、ミュヨンの行動の何が引き出してしまったのか、繰り返し考えていた。
 カイは軽く息を吐く。
 ミュヨンに何か言うのを諦めたという選択をもっての無言だった。

「――実験室の入退室記録、もらってきた」
「ありがとうございます」

 ミュヨンはカイから受けとって、目を通す。
 当日はヤニスしか入室していない。
 しかし前日以前ともなると、研究員のボルトラ、レミリア、マイロや助手のルーレン、それに他の研究員も何人も出入りしている。
 そして元々判明していた王立魔術師団の団長・ヴァレリウス・グレイストンの名前も。
 
「時間を置いて発動する魔術式を何者かが仕掛けたと、いったん仮定した場合を前提としてお話ししていきます」
「相変わらず、まじ……誠実だね。監査官さん」
「入室記録を見る限り、誰にでも機会はあったと考えられます」
「そ。誰も除外できないってこと」

 カイは今度はミュヨンの隣に座り、入室記録を眺めるミュヨンの横顔を頬杖をついて眺めていた。

「私の今日の入室記録を確認しますと、入室してから魔力が暴走し、異常を感知して防御結界で閉ざされるまで5分もかかっていません」
「――と、いうことは」
「発動する条件を満たすのに長い時間は必要なさそうです」

 ヤニスが死亡した事故が起きてから、すでに三日が経っている。
 魔術師団の魔術管理部が現場検証で立ち入りもしているし、カイとミュヨンも何度か足を運んでいた。
 にも関わらず、魔力が発動したのはミュヨンが一人で入室したあの時だけ。

「何も特別なことをしていなかったにも関わらず、魔力が発動し、暴走し始めました。だから自分が実際にしたことだけを見取り図を見ながら思い返していました」
「休めって言っておいたにも関わらず――ね」

 カイのオッドアイと視線が合う。
 ミュヨンは一瞬だけカイを睨むよう目許に力を加えた後、言葉を続けた。

「あの時、私が結界実験室でしたことは歩いただけです」
「歩いた?」
「はい」

 ミュヨンは見取り図に指の先を置いた。

「この入り口から制御卓に向かって、実験台の前に行き……」
 
 自分の動いたルートを辿るように見取り図上で指を移動させていく。
 
「結界発生器の前に立って、周りを見回していた時に、床に刻まれた魔術が光を帯び始めました」
「……」

 カイの双眸に鋭さが増す。
 何か思い当たった時の目つきだと思いながら、ミュヨンは言葉を続けた。

「その中で私のどの行動が引き金になったのか……」
「――たぶん違う」
「違う?」
「特定の行動がトリガーになったわけじゃない」
「どういうことでしょうか?」
「魔術は鍵穴だけじゃ開かない」
「……」
「決められた順番で鍵を回して初めて開くものもある」

 ミュヨンはカイと目線を交差したまま息を呑む。
 カイは挑発的な笑みを口許に浮かべて言葉を繋ぐ。

「監査官さんは奇しくも副主任と同じ鍵を回した」
「同じ鍵ですか?」
「決められた順番で実験室を辿ることが発動条件だったってこと」
「確かに」

 断定はできないものの、カイの説明は納得できるものだった。
 証拠はまだ足りない。
 あの時、ミュヨンは何にも触れず、ただ現場を歩いて確認だけで魔力が発動し始めたのは事実だ。
 
「監査の時に、抜け漏れを防ぐためにも私は確認する順番を決めています。ヤニス氏は慎重な方だったと皆さんがお話していました。恐らく、副主任は安全確認の手順を毎回変えたりはしないでしょう。手順を固定して見落としを防いでいたと考えられます」
「その順序を利用した人物がいたとしても」
「はい。不思議ではないと思います。入り口から制御卓へ向かい、実験台を経て、最後に結界発生器を確認する」
「同じ研究室の人間なら間違いなく知っているだろうね」
「あるいは過去にヤニス氏と同じ研究室で働いていた人たちも……」
「副主任の行動パターンを魔術起動のトリガーにした。少なくとも偶然を期待した仕掛けじゃない」

 ミュヨンとカイは見つめあったまま、どちらも黙った。

「確認してみましょう」

 先に口を開いたのはミュヨンだった。
 
「推測だけでは何も始まりません」
「そ。だから副主任も理論だけじゃなくて、実際に証明しようとした。ま、それで殺されたわけだけど」
「まだ殺されたとは断定できません。同じ研究室の方にお話を伺ってみましょう」
「聞くなら助手くんがいいと思う」
「私も同じことを思いました」

 同じ研究員の3名よりも助手のルーレンは明らかにヤニスとは距離が遠い。
 ヤニスも助手としてしか彼を見ていなかっただろう。
 研究の雑務はしてもらっても、彼を共同確認者や議論の相手に据えるとは考えにくかった。

(もちろん、先入観は禁物だけれど)

 ミュヨンとカイが廊下に出ると、管理区画のエレベーター前にルーレンの姿を見つけた。