室内に満ちた魔力は行き場を失って膨張していく。
流出できない魔力を封じ込む結界が限界を迎えれば、この実験室だけで収まりきらない。
研究棟ごと吹き飛ぶ危険性さえある。
「……どうすれば……」
「監査官さん」
「はい」
「もうちょっと強く俺にしがみついて」
「……嫌です」
「――わがまま言わない。死にたくないだろ」
ミュヨンはカイの足を引っ張るわけにはいかないと、更にカイへと密着するように背中へ両手を回した。
自分の胸板に身を寄せるミュヨンを一瞥して、カイはかざしていた左手を上昇させる。
直後、膨れ上がった魔力が弾けた。
凄まじい閃光が実験室中を埋め尽くす。
ミュヨンはぶつかってくる風圧と熱と轟音に耐え、カイへと縋るように夢中で抱き着いていた。
余りにも必死過ぎて状況を理解していなかったミュヨンは、周りがやけに静かなことに、ようやく気がつく。
「――こういうのって役得っていうんだっけ?」
カイに抱き着いたまま、恐る恐る顔を上げたミュヨンは、蒼と金のオッドアイを宿したカイに誘い込むような笑顔を向けられる。
「もしかして監査官さん、俺の理性、試してる?」
「……そんなわけ……」
慌てて手を離して、カイから一歩後ずさる。
全身がやけに熱を帯びていた。
いつの間にか実験室には静寂が戻っている。
床一面には散らばった紙片や棚から落ちて砕けたガラス器具や倒れた椅子が散乱していた。
壁には魔力が走った跡が黒く残り、床にも細い亀裂がいくつか刻まれている。
それでも、壁や天井そのものに大きな損傷はない。
あれだけの魔力が暴れたにもかかわらず、この程度で済んだのは、実験室の結界が最後まで内側から力を抑え込んでいたからだろう。
もう一つは国家指定魔術師のカイの絶対的な実力。
(まだ片鱗も見せていなさそう……)
先ほどまでミュヨンの命を奪われかねなかった魔力がカイの手によって嘘のように消えていた。
「もう少し長く俺に抱き着いてくれていても良かったんだけど」
「ふざけないでください」
「――怖かったよな」
カイに軽い口調ながらも気遣われ、ミュヨンは今さらながらに感情が高ぶった。
(本当に怖かった……)
濁流のように暴れ狂う魔力の中に閉じ込められて、逃げ場がなくて。
何とか、かろうじて、躱してきたけれど、もうダメだと何度も思って。
だからカイが助けに来てくれたとわかった時、ミュヨンの不安は緩んでいって。
(カイさんの声で”ミュヨン”って呼ばれたような……)
ミュヨンは俯き、落涙しそうになったのをすんでのところで堪える。
「――俺の胸で泣かせてあげよっか?」
「遠慮します」
ミュヨンをからかうようなカイの口調を目線を下げたまま一蹴する。
(今は仕事中。感情的になって、泣いている場合じゃない)
次に顔を上げた時には、ミュヨンは監査官としての表情に切り替わっていた。
「カイさん、助けていただいて、ありがとうございました」
ミュヨンは深々とカイにお辞儀をする。
「事故の調査を続行しましょう」
あくまで監査官として職務を遂行しようとするミュヨンにカイは肩を竦める。
「先ほど対処している間に、カイさんは何かお気づきになりましたよね?」
「さすが監査官さん。慧眼ってやつ?」
「私も、魔力が発動し始めた時の状況をお話します」
「あーあ、監査官さんが監査官モードに戻っちゃった」
「最初から監査官ですが」
「ま、いいか。とりあえず、いったん出よう」
「はい」
カイとミュヨンが結界実験室を出ると、外で待機していたであろう見張りの魔術師や集っていた研究員たちが駆け寄ってくる。
「監査官様、大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
到着していた魔術管理部の魔術師たちが現場を封鎖し、結界実験室の検証が行われていく。
「また魔力暴走が起きたのか?」
「いったい、どうなっているんだ?」
「よく、あれだけの規模の魔力暴走を、この程度で鎮められたよな」
「まあ、あの人ですから」
結界実験室の状態を調べるために入室していく魔術師たちはカイへと視線を送る。
カイは手を振りながら、不敵に微笑み返しただけ。
ミュヨンとカイは記録保管室へと入った。
調査も3日目を迎えた今日となってはカイとミュヨンの拠点ともなっている。
資料を広げられるだけの机があり、機密が守られ、人がいないことが多い最適な場所。
「――本当に監査官さんが何にも触れていないのに、結界実験室内を見て回っていたら、魔力が発動し始めたと」
「はい。ヤニス氏だったら、どんな行動をあの時とったのか考えながら歩いていたら急に……」
カイと机を挟んで対面に座ったミュヨンは結界実験室に閉じ込められた時の状況を説明した。
「――さっきの魔力、」
「はい」
「あれ、別のものが混ざり込んでいた」
「別……?」
「ほんの僅か――ね。あれだけ膨大な量の魔力が暴走していれば普通は気づかない」
「でも、カイさんはわかった」
「そ。俺なら――ね」
カイはミュヨンに対してオッドアイを悪戯に細める。
「あの実験室の結界の干渉ではない」
「では、どこから入り込んだのですか?」
「――そ。それを考えてた」
流出できない魔力を封じ込む結界が限界を迎えれば、この実験室だけで収まりきらない。
研究棟ごと吹き飛ぶ危険性さえある。
「……どうすれば……」
「監査官さん」
「はい」
「もうちょっと強く俺にしがみついて」
「……嫌です」
「――わがまま言わない。死にたくないだろ」
ミュヨンはカイの足を引っ張るわけにはいかないと、更にカイへと密着するように背中へ両手を回した。
自分の胸板に身を寄せるミュヨンを一瞥して、カイはかざしていた左手を上昇させる。
直後、膨れ上がった魔力が弾けた。
凄まじい閃光が実験室中を埋め尽くす。
ミュヨンはぶつかってくる風圧と熱と轟音に耐え、カイへと縋るように夢中で抱き着いていた。
余りにも必死過ぎて状況を理解していなかったミュヨンは、周りがやけに静かなことに、ようやく気がつく。
「――こういうのって役得っていうんだっけ?」
カイに抱き着いたまま、恐る恐る顔を上げたミュヨンは、蒼と金のオッドアイを宿したカイに誘い込むような笑顔を向けられる。
「もしかして監査官さん、俺の理性、試してる?」
「……そんなわけ……」
慌てて手を離して、カイから一歩後ずさる。
全身がやけに熱を帯びていた。
いつの間にか実験室には静寂が戻っている。
床一面には散らばった紙片や棚から落ちて砕けたガラス器具や倒れた椅子が散乱していた。
壁には魔力が走った跡が黒く残り、床にも細い亀裂がいくつか刻まれている。
それでも、壁や天井そのものに大きな損傷はない。
あれだけの魔力が暴れたにもかかわらず、この程度で済んだのは、実験室の結界が最後まで内側から力を抑え込んでいたからだろう。
もう一つは国家指定魔術師のカイの絶対的な実力。
(まだ片鱗も見せていなさそう……)
先ほどまでミュヨンの命を奪われかねなかった魔力がカイの手によって嘘のように消えていた。
「もう少し長く俺に抱き着いてくれていても良かったんだけど」
「ふざけないでください」
「――怖かったよな」
カイに軽い口調ながらも気遣われ、ミュヨンは今さらながらに感情が高ぶった。
(本当に怖かった……)
濁流のように暴れ狂う魔力の中に閉じ込められて、逃げ場がなくて。
何とか、かろうじて、躱してきたけれど、もうダメだと何度も思って。
だからカイが助けに来てくれたとわかった時、ミュヨンの不安は緩んでいって。
(カイさんの声で”ミュヨン”って呼ばれたような……)
ミュヨンは俯き、落涙しそうになったのをすんでのところで堪える。
「――俺の胸で泣かせてあげよっか?」
「遠慮します」
ミュヨンをからかうようなカイの口調を目線を下げたまま一蹴する。
(今は仕事中。感情的になって、泣いている場合じゃない)
次に顔を上げた時には、ミュヨンは監査官としての表情に切り替わっていた。
「カイさん、助けていただいて、ありがとうございました」
ミュヨンは深々とカイにお辞儀をする。
「事故の調査を続行しましょう」
あくまで監査官として職務を遂行しようとするミュヨンにカイは肩を竦める。
「先ほど対処している間に、カイさんは何かお気づきになりましたよね?」
「さすが監査官さん。慧眼ってやつ?」
「私も、魔力が発動し始めた時の状況をお話します」
「あーあ、監査官さんが監査官モードに戻っちゃった」
「最初から監査官ですが」
「ま、いいか。とりあえず、いったん出よう」
「はい」
カイとミュヨンが結界実験室を出ると、外で待機していたであろう見張りの魔術師や集っていた研究員たちが駆け寄ってくる。
「監査官様、大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
到着していた魔術管理部の魔術師たちが現場を封鎖し、結界実験室の検証が行われていく。
「また魔力暴走が起きたのか?」
「いったい、どうなっているんだ?」
「よく、あれだけの規模の魔力暴走を、この程度で鎮められたよな」
「まあ、あの人ですから」
結界実験室の状態を調べるために入室していく魔術師たちはカイへと視線を送る。
カイは手を振りながら、不敵に微笑み返しただけ。
ミュヨンとカイは記録保管室へと入った。
調査も3日目を迎えた今日となってはカイとミュヨンの拠点ともなっている。
資料を広げられるだけの机があり、機密が守られ、人がいないことが多い最適な場所。
「――本当に監査官さんが何にも触れていないのに、結界実験室内を見て回っていたら、魔力が発動し始めたと」
「はい。ヤニス氏だったら、どんな行動をあの時とったのか考えながら歩いていたら急に……」
カイと机を挟んで対面に座ったミュヨンは結界実験室に閉じ込められた時の状況を説明した。
「――さっきの魔力、」
「はい」
「あれ、別のものが混ざり込んでいた」
「別……?」
「ほんの僅か――ね。あれだけ膨大な量の魔力が暴走していれば普通は気づかない」
「でも、カイさんはわかった」
「そ。俺なら――ね」
カイはミュヨンに対してオッドアイを悪戯に細める。
「あの実験室の結界の干渉ではない」
「では、どこから入り込んだのですか?」
「――そ。それを考えてた」



