***
王都の北側には王立魔術師団の施設が集っている広大な区域がある。
行政や教育機関が立ち並ぶ地区とは違い、周辺には独特の空気が漂っていた。
魔力特有の気配が立ち込めている。
決して常人の目に留まることはない繊細な結界が、区域内の建造物のあちらこちらに張り巡らされていた。
エリアの中心にそびえているのが王立魔術師団本部だった。
遠目でもわかる石造りの巨大な塔に似た建物が、上空へと突き刺さるように建っている。
隣には本部に接続されている研究棟があった。
本部とは違って行政区画に馴染みそうな機能重視の無骨な建物。
ミュヨンは研究棟のエントランスに入る。
魔術監査局の顔写真付きの手帳を取り出して、入口の警備魔術師の男に提示すると、相手は軽く頷いた。
「監査局から派遣されているミュヨン・ハートレット監査官ですね。話は聞いております。お待ちしておりました。今、案内役の者がまいります。少々お待ちくださいませ」
「はい。よろしくお願いいたします」
間を置かずに現れた案内役の魔術管理部所属の魔術師の男に先導され研究棟の内部を進む。
建物内は足音が響くほど静かだった。
研究員らしい白衣の人影が行き来しているが、皆が俯き通り過ぎる時に気持ちばかりの会釈をゲストであるミュヨンへと向ける。
皆どこか張り詰めた表情をしていた。
昨日ここで同じ職場の人間が亡くなっているのだ。
それぞれに感じるところがあるのだろう。
エレベーターで三階まで上がった。
エレベーターを降りてすぐ目の前にある魔術装置の前で、案内役の魔術師が立ち止まる。
「ここから先の3階フロアは管理区画です」
扉の横には、小型の認証装置が埋め込まれていた。
銀色の枠の内側で、薄い光の紋様がゆっくり回転している。
その区画が厳重に管理されていることは、資料で確認していた。
高位の魔術研究実験は、すべてこのフロアで行われている。
「認証装置です。ミュヨン様の分を登録いたしますので、こちらに指を置いていただけますか?」
ミュヨンは促されるままに右手の人差し指の先を装置へと置く。
まずは指紋認証。
小さな音が鳴った。
続けて魔力紋認証。
人は誰でも遣える遣えないに関わらず微量の魔力を持っている。
その波形は指紋のように個人ごとに異なっていて魔術師じゃなくても個人識別として有効であった。
認証完了。
魔術師の変装や認証偽装を防ぐため、この研究棟では二つを組み合わせて、より強固なセキュリティを実現している。
「資料を拝見しましたが入室の記録は、こちらのシステムでされているということでお間違いないですか?」
「はい。さようでございます。こちらから落とされるログです。どの部屋に関しても一人一人認証必須で時間まで正確に秒単位で記録されています」
「それは助かります」
監査官にとって記録は全てだ。
記録は嘘をつかない。
少なくとも、人間よりはずっと信頼できる。
再び管理区域内を案内役に続いて廊下を進む。
通常区画よりも更に静かで、やや温度が低い。
事故現場である結界実験室に近づくにつれ、廊下には人影が増えた。
「これはヤニスさんには気の毒だったけど事故だって」
「結界は正常に作動していた」
「それしか考えられない」
数人の白衣を着こんだ研究者たちが話し込んでいる。
「――いや、これ事故じゃないかもよ」
軽い口調なのに、深みのある低い男性の声が混じる。
ミュヨンはその場に立ち止まった。
廊下の奥、結界実験室の手前。
壁に背をもたれるようにして立っている男がいた。
魔術師団の制服を気崩している黒髪の長躯の青年。
気だるげな立ち姿なのに、不思議とだらしなくは感じない。
均整のとれた上品な顔立ちだが、何より人目を奪うのは、その目元。
左目はアクアマリン、右目はゴールド。
稀少なオッドアイの持ち主だった。
監査官は魔術師ではないが、魔術理論の基礎教育は受ける。
魔術犯罪や禁術違反を扱う以上、知識がなければ務まらないからだ。
その知識が、目の前の青年の異質さを告げていた。
魔力過剰体質。
魔力量が肉体にまで影響し、その徴候が虹彩に現れた例。
稀少で、そして危険な資質。
周囲の魔術師たちが微妙に距離を取っているのも、そのためだろう。
(この人は他の魔術師と格が一段も二段も違う。恐らく、特殊魔術が使えるレベルだわ。それに、こんなに綺麗で美しい瞳を初めて見た……)
ミュヨンは男の瞳に吸い込まれるように視線を惹きつけられたのを、勤務中だと半ば強引に正気へ戻した。
オッドアイの男はミュヨンに気づき、目の前まで歩み寄ってきた。
「――監査官さん?」
背の高い男だと思いながらも、ミュヨンは問いかけに一度頷く。
「監査局から事故の調査でまいりましたミュヨン・ハートレットと申します」
王都の北側には王立魔術師団の施設が集っている広大な区域がある。
行政や教育機関が立ち並ぶ地区とは違い、周辺には独特の空気が漂っていた。
魔力特有の気配が立ち込めている。
決して常人の目に留まることはない繊細な結界が、区域内の建造物のあちらこちらに張り巡らされていた。
エリアの中心にそびえているのが王立魔術師団本部だった。
遠目でもわかる石造りの巨大な塔に似た建物が、上空へと突き刺さるように建っている。
隣には本部に接続されている研究棟があった。
本部とは違って行政区画に馴染みそうな機能重視の無骨な建物。
ミュヨンは研究棟のエントランスに入る。
魔術監査局の顔写真付きの手帳を取り出して、入口の警備魔術師の男に提示すると、相手は軽く頷いた。
「監査局から派遣されているミュヨン・ハートレット監査官ですね。話は聞いております。お待ちしておりました。今、案内役の者がまいります。少々お待ちくださいませ」
「はい。よろしくお願いいたします」
間を置かずに現れた案内役の魔術管理部所属の魔術師の男に先導され研究棟の内部を進む。
建物内は足音が響くほど静かだった。
研究員らしい白衣の人影が行き来しているが、皆が俯き通り過ぎる時に気持ちばかりの会釈をゲストであるミュヨンへと向ける。
皆どこか張り詰めた表情をしていた。
昨日ここで同じ職場の人間が亡くなっているのだ。
それぞれに感じるところがあるのだろう。
エレベーターで三階まで上がった。
エレベーターを降りてすぐ目の前にある魔術装置の前で、案内役の魔術師が立ち止まる。
「ここから先の3階フロアは管理区画です」
扉の横には、小型の認証装置が埋め込まれていた。
銀色の枠の内側で、薄い光の紋様がゆっくり回転している。
その区画が厳重に管理されていることは、資料で確認していた。
高位の魔術研究実験は、すべてこのフロアで行われている。
「認証装置です。ミュヨン様の分を登録いたしますので、こちらに指を置いていただけますか?」
ミュヨンは促されるままに右手の人差し指の先を装置へと置く。
まずは指紋認証。
小さな音が鳴った。
続けて魔力紋認証。
人は誰でも遣える遣えないに関わらず微量の魔力を持っている。
その波形は指紋のように個人ごとに異なっていて魔術師じゃなくても個人識別として有効であった。
認証完了。
魔術師の変装や認証偽装を防ぐため、この研究棟では二つを組み合わせて、より強固なセキュリティを実現している。
「資料を拝見しましたが入室の記録は、こちらのシステムでされているということでお間違いないですか?」
「はい。さようでございます。こちらから落とされるログです。どの部屋に関しても一人一人認証必須で時間まで正確に秒単位で記録されています」
「それは助かります」
監査官にとって記録は全てだ。
記録は嘘をつかない。
少なくとも、人間よりはずっと信頼できる。
再び管理区域内を案内役に続いて廊下を進む。
通常区画よりも更に静かで、やや温度が低い。
事故現場である結界実験室に近づくにつれ、廊下には人影が増えた。
「これはヤニスさんには気の毒だったけど事故だって」
「結界は正常に作動していた」
「それしか考えられない」
数人の白衣を着こんだ研究者たちが話し込んでいる。
「――いや、これ事故じゃないかもよ」
軽い口調なのに、深みのある低い男性の声が混じる。
ミュヨンはその場に立ち止まった。
廊下の奥、結界実験室の手前。
壁に背をもたれるようにして立っている男がいた。
魔術師団の制服を気崩している黒髪の長躯の青年。
気だるげな立ち姿なのに、不思議とだらしなくは感じない。
均整のとれた上品な顔立ちだが、何より人目を奪うのは、その目元。
左目はアクアマリン、右目はゴールド。
稀少なオッドアイの持ち主だった。
監査官は魔術師ではないが、魔術理論の基礎教育は受ける。
魔術犯罪や禁術違反を扱う以上、知識がなければ務まらないからだ。
その知識が、目の前の青年の異質さを告げていた。
魔力過剰体質。
魔力量が肉体にまで影響し、その徴候が虹彩に現れた例。
稀少で、そして危険な資質。
周囲の魔術師たちが微妙に距離を取っているのも、そのためだろう。
(この人は他の魔術師と格が一段も二段も違う。恐らく、特殊魔術が使えるレベルだわ。それに、こんなに綺麗で美しい瞳を初めて見た……)
ミュヨンは男の瞳に吸い込まれるように視線を惹きつけられたのを、勤務中だと半ば強引に正気へ戻した。
オッドアイの男はミュヨンに気づき、目の前まで歩み寄ってきた。
「――監査官さん?」
背の高い男だと思いながらも、ミュヨンは問いかけに一度頷く。
「監査局から事故の調査でまいりましたミュヨン・ハートレットと申します」



