ミュヨンは研究室を出て、3階の管理区画へと向かった。
廊下の人通りはまばらである。
警備で立っている魔術管理部の担当者に挨拶をし、結界実験室の二重認証を受けて入室した。
――昨日と変わらない音ひとつない冷たい実験室内。
現場保存がされているから当然ではある。
ヤニスが実験室に入るまでの足取り、目的はほぼ判明している。
(あとは実際に事故当日、ここで何が起きたのか……)
最後にこの実験室で何を確かめようとしたのかだけは、まだ見えていない。
ミュヨンは資料の中から現場の見取り図を取り出す。
副主任の事故当日の足取りを想像し、なぞるように歩いた。
入口から制御卓へ。
開始前診断は正常だった。
それは今日カイと確認できている。
「あの日、ここで何が起きたのだろう……」
ミュヨンは自分が知らないうちに焦っていることに気づく。
証拠のない推測で動いてはいけない。
(現場は嘘をつかないわ……)
人間とは違う。
資料や数式と同じようにヤニスの思考が残っているはずだ。
(そして、第三者が介在しているとしたら、その思考も……)
実験台の前まで歩みを進める。
そして最後に、結界発生器の正面へ立つ。
魔力の流れ。
設備同士の位置関係。
どれも記録どおりだった。
ミュヨンは小さく息を呑む。
「……ここって……」
実験全体を見渡せる好位置だった。
制御卓、実験台、結界発生器。
慎重であったらしいヤニスなら準備時間が短くても実験を開始する前に、ここで全体を見渡したかもしれない。
ミュヨンは現場を乱さぬよう、その場で静かに周囲へ視線を巡らせる。
――その時。
短く小さな高音が鳴った気がした。
「……え?」
実験室内に異常はない。
特に何も変化している箇所はない。
それでも、空気だけが変わる。
眠っていた実験室内が息を吹き返したかのように。
次の瞬間には魔力の一部が床の上へと蒼白く光って脈打ち始める。
「どうして……?」
光は一本、また一本と広がり、床を這うように実験室全体へ走っていく。
ミュヨンは何も触れていないし、操作もしていないにも関わらずだ。
(魔力が発動していく……)
ミュヨンの顔面は一瞬にして青ざめた。
結界実験室全体を震わせるような魔力が、一気に膨れ上がる。
ミュヨンは危険を感じ、実験室の入口へと駆けだす。
いつもは触れるだけで開く認証装置が無反応だ。
重厚な扉は開かなかった。
「嘘でしょ……!?」
獣の唸り声のような音が室内へ響き渡る。
淡い光が幾重にも重なり合い、部屋を囲むように膜を描いていた。
(結界が張られている……)
ミュヨンの肌を刺すような魔力が、部屋中を満たし始めた。
「すみません! あの! 閉じ込められて!」
部屋のすぐ外に立っているであろう警備の魔術師へと扉を力いっぱい叩きながら、声をかける。
――何の反応もなかった。
実験中と同じ状態になっているとするのなら、室内に外部干渉はできない。
分厚い扉に阻まれ、結界実験室の異変に気が付いていない可能性が高かった。
「うっ……」
息苦しくなってきて、思わず俯く。
結界が大きく脈動する。
「きゃっ……!」
室内を揺らす魔力の奔流が吹き荒れ、ミュヨンは咄嗟に身を屈めた。
廊下の人通りはまばらである。
警備で立っている魔術管理部の担当者に挨拶をし、結界実験室の二重認証を受けて入室した。
――昨日と変わらない音ひとつない冷たい実験室内。
現場保存がされているから当然ではある。
ヤニスが実験室に入るまでの足取り、目的はほぼ判明している。
(あとは実際に事故当日、ここで何が起きたのか……)
最後にこの実験室で何を確かめようとしたのかだけは、まだ見えていない。
ミュヨンは資料の中から現場の見取り図を取り出す。
副主任の事故当日の足取りを想像し、なぞるように歩いた。
入口から制御卓へ。
開始前診断は正常だった。
それは今日カイと確認できている。
「あの日、ここで何が起きたのだろう……」
ミュヨンは自分が知らないうちに焦っていることに気づく。
証拠のない推測で動いてはいけない。
(現場は嘘をつかないわ……)
人間とは違う。
資料や数式と同じようにヤニスの思考が残っているはずだ。
(そして、第三者が介在しているとしたら、その思考も……)
実験台の前まで歩みを進める。
そして最後に、結界発生器の正面へ立つ。
魔力の流れ。
設備同士の位置関係。
どれも記録どおりだった。
ミュヨンは小さく息を呑む。
「……ここって……」
実験全体を見渡せる好位置だった。
制御卓、実験台、結界発生器。
慎重であったらしいヤニスなら準備時間が短くても実験を開始する前に、ここで全体を見渡したかもしれない。
ミュヨンは現場を乱さぬよう、その場で静かに周囲へ視線を巡らせる。
――その時。
短く小さな高音が鳴った気がした。
「……え?」
実験室内に異常はない。
特に何も変化している箇所はない。
それでも、空気だけが変わる。
眠っていた実験室内が息を吹き返したかのように。
次の瞬間には魔力の一部が床の上へと蒼白く光って脈打ち始める。
「どうして……?」
光は一本、また一本と広がり、床を這うように実験室全体へ走っていく。
ミュヨンは何も触れていないし、操作もしていないにも関わらずだ。
(魔力が発動していく……)
ミュヨンの顔面は一瞬にして青ざめた。
結界実験室全体を震わせるような魔力が、一気に膨れ上がる。
ミュヨンは危険を感じ、実験室の入口へと駆けだす。
いつもは触れるだけで開く認証装置が無反応だ。
重厚な扉は開かなかった。
「嘘でしょ……!?」
獣の唸り声のような音が室内へ響き渡る。
淡い光が幾重にも重なり合い、部屋を囲むように膜を描いていた。
(結界が張られている……)
ミュヨンの肌を刺すような魔力が、部屋中を満たし始めた。
「すみません! あの! 閉じ込められて!」
部屋のすぐ外に立っているであろう警備の魔術師へと扉を力いっぱい叩きながら、声をかける。
――何の反応もなかった。
実験中と同じ状態になっているとするのなら、室内に外部干渉はできない。
分厚い扉に阻まれ、結界実験室の異変に気が付いていない可能性が高かった。
「うっ……」
息苦しくなってきて、思わず俯く。
結界が大きく脈動する。
「きゃっ……!」
室内を揺らす魔力の奔流が吹き荒れ、ミュヨンは咄嗟に身を屈めた。



