***
夜を越えて、ミュヨンは直行で研究棟に向かった。
日の出とともに活動したいくらいの気持ちだったが、現場の王立魔術師団の研究棟でミュヨンはゲストである。
業務開始時刻は厳守し、セキュリティをくぐって研究棟内部へと訪れた。
向かうは3階の管理区画。
ヤニス氏が亡くなった結界実験室であった。
「――おはよう。監査官さん」
「おはようございます」
結界実験室の前にはカイが蹲踞の姿勢でミュヨンを待っていた。
あくびをしたのか、オッドアイを宿した眦には涙の粒が浮かんでいる。
「遅くなってしまいましたか?」
「いいよ。監査官さんを待っている時間もデートだし」
「昨日も言いましたがデートではありません。調査です」
「わかってる」
立ち上がったカイは眠そうだ。
昨日の別れ際、ミュヨンは結界実験室の前での待ち合わせをカイに提案していた。
「今日は事故現場としての視点で再度、この部屋を調べ直します」
「朝から気合い入ってるね」
「監査局の調査活動を不必要に長引かせるわけにもいきません」
「ま、それもそうか」
「書類、証言、現場……情報は揃いつつあります。これらを今回起きた魔力暴走事故の原因究明を目的に照合していく必要があります」
「監査官さんって、まじ……」
大きな瞳を細めてミュヨンは眼光を光らせる。
カイはミュヨンの無言の抗議が伝わったのか口を噤んだ。
しかし、その美貌にはいたずらな笑いが描かれている。
(また真面目って言いそうになってたわ……)
「――いいね」
カイは先に結界実験室の二重認証へと指をかざした。
「一度、俺も先入観は捨てる」
魔術紋認証をクリアすると、電子音をたてて扉が開いた。
「監査官さんの目で見つけた違和感を教えて」
「はい」
ミュヨンは頷き、自分も認証を通って室内へと進む。
昨日と変わらない光景が広がっていた。
いや事故直後のまま保存されている実験室。
中央の実験台。
壁際の観測装置。
制御卓に結界発生器。
頭の中で事故当日の記録を重ね合わさる。
17:57にヤニス氏が入室。
実験開始が18:00。
研究助手のルーレンが予定終了時刻を過ぎても退室してこないヤニスに疑問を持ち、外部観測装置でうつ伏せのヤニスを画面越しに発見したのが19:15頃。
レミリアとボルトラを研究室に呼びに行き、外部から結界を解除したのが19:23。
そうして3人が入室できたのが19:26。
実際に倒れているヤニスを発見した。
(これが事故発見時の状況だわ)
思い起こしながら、ミュヨンは入り口付近で足を止めていた。
「――監査官さん。突っ立って、どうした?」
「ひとつ気になったことがありまして……」
カイは実験台に腰を預けて、ミュヨンを黙って見ていた。
「――事故当時、この部屋は密室状態でした。記録と現場も矛盾は一切していません」
カイが調査一日目に言っていた。
結界発動中は出入り出来ない。
外部魔術干渉不可。
入室は二重の生体認証のみ。
実験開始時刻の18時からレミリアが結界を外部解除した19:23まで誰も入室できなかった。
「そ。完全密室ってやつ」
「ええ。私もヤニス氏が結界実験室に入室してから彼の身に何が起きたのかしか考えられませんでした」
ミュヨンは一拍、間を置いた。
「実験開始前の結界が発動する前に、この部屋がどのような状態だったのかに目を向ける必要があるのかもしれません」
カイはミュヨンの話を聞いて、言葉よりも先に僅かに笑みを浮かべた。
「――いいところ突くね」
「ただ当日の入室ログはヤニス氏しか残っていないのですが……」
事故当日の記録は、すでに何度も確認している。
事故前の入室者はヤニスただ一人。
結界は予定どおり18時から展開され、その後は外部からの侵入も記録されていない。
カイが制御卓の前へと歩みを進め、指先で操作しだした。
「ちょっと待ってください。現場保存が……」
「大丈夫。確認するだけ」
カイによって、制御卓の表示が切り替わる。
画面には実験開始時のシステム記録が並んだ。
カイが一つの項目で手を止める。
「――あった」
ミュヨンも歩み寄り画面を覗き込む。
――開始前自己診断 正常と表示されている。
二人の間に短い沈黙が流れた。
「開始時点では異常がなかったということですよね」
「少なくとも、この部屋は実験開始前、正常だとシステムが判定してる」
「……そうだとすれば……」
結界実験室は開始時点で異常はなかった。
「システムの検知できない部分で何かがあった……」
「可能性としては捨てきれない」
「ヤニス氏は、結界実験室へ来る前までは研究室で作業を続けていました。レミリアさんの話では何かを見つけたように見えたともおっしゃっていました」
ミュヨンが画面からカイへと視線を流すと、同じタイミングだったのかカイと見つめ合った。
「その視点でもう一度、ヤニス氏の研究室を調査したいと思います」
「オッケー。監査官さんとの次のデートの行き先ってことね」
「はい。行きましょう」
ミュヨンが軽やかな微笑で素直に肯定すれば、珍しくカイがオッドアイを眇めて言葉に詰まっていた。
夜を越えて、ミュヨンは直行で研究棟に向かった。
日の出とともに活動したいくらいの気持ちだったが、現場の王立魔術師団の研究棟でミュヨンはゲストである。
業務開始時刻は厳守し、セキュリティをくぐって研究棟内部へと訪れた。
向かうは3階の管理区画。
ヤニス氏が亡くなった結界実験室であった。
「――おはよう。監査官さん」
「おはようございます」
結界実験室の前にはカイが蹲踞の姿勢でミュヨンを待っていた。
あくびをしたのか、オッドアイを宿した眦には涙の粒が浮かんでいる。
「遅くなってしまいましたか?」
「いいよ。監査官さんを待っている時間もデートだし」
「昨日も言いましたがデートではありません。調査です」
「わかってる」
立ち上がったカイは眠そうだ。
昨日の別れ際、ミュヨンは結界実験室の前での待ち合わせをカイに提案していた。
「今日は事故現場としての視点で再度、この部屋を調べ直します」
「朝から気合い入ってるね」
「監査局の調査活動を不必要に長引かせるわけにもいきません」
「ま、それもそうか」
「書類、証言、現場……情報は揃いつつあります。これらを今回起きた魔力暴走事故の原因究明を目的に照合していく必要があります」
「監査官さんって、まじ……」
大きな瞳を細めてミュヨンは眼光を光らせる。
カイはミュヨンの無言の抗議が伝わったのか口を噤んだ。
しかし、その美貌にはいたずらな笑いが描かれている。
(また真面目って言いそうになってたわ……)
「――いいね」
カイは先に結界実験室の二重認証へと指をかざした。
「一度、俺も先入観は捨てる」
魔術紋認証をクリアすると、電子音をたてて扉が開いた。
「監査官さんの目で見つけた違和感を教えて」
「はい」
ミュヨンは頷き、自分も認証を通って室内へと進む。
昨日と変わらない光景が広がっていた。
いや事故直後のまま保存されている実験室。
中央の実験台。
壁際の観測装置。
制御卓に結界発生器。
頭の中で事故当日の記録を重ね合わさる。
17:57にヤニス氏が入室。
実験開始が18:00。
研究助手のルーレンが予定終了時刻を過ぎても退室してこないヤニスに疑問を持ち、外部観測装置でうつ伏せのヤニスを画面越しに発見したのが19:15頃。
レミリアとボルトラを研究室に呼びに行き、外部から結界を解除したのが19:23。
そうして3人が入室できたのが19:26。
実際に倒れているヤニスを発見した。
(これが事故発見時の状況だわ)
思い起こしながら、ミュヨンは入り口付近で足を止めていた。
「――監査官さん。突っ立って、どうした?」
「ひとつ気になったことがありまして……」
カイは実験台に腰を預けて、ミュヨンを黙って見ていた。
「――事故当時、この部屋は密室状態でした。記録と現場も矛盾は一切していません」
カイが調査一日目に言っていた。
結界発動中は出入り出来ない。
外部魔術干渉不可。
入室は二重の生体認証のみ。
実験開始時刻の18時からレミリアが結界を外部解除した19:23まで誰も入室できなかった。
「そ。完全密室ってやつ」
「ええ。私もヤニス氏が結界実験室に入室してから彼の身に何が起きたのかしか考えられませんでした」
ミュヨンは一拍、間を置いた。
「実験開始前の結界が発動する前に、この部屋がどのような状態だったのかに目を向ける必要があるのかもしれません」
カイはミュヨンの話を聞いて、言葉よりも先に僅かに笑みを浮かべた。
「――いいところ突くね」
「ただ当日の入室ログはヤニス氏しか残っていないのですが……」
事故当日の記録は、すでに何度も確認している。
事故前の入室者はヤニスただ一人。
結界は予定どおり18時から展開され、その後は外部からの侵入も記録されていない。
カイが制御卓の前へと歩みを進め、指先で操作しだした。
「ちょっと待ってください。現場保存が……」
「大丈夫。確認するだけ」
カイによって、制御卓の表示が切り替わる。
画面には実験開始時のシステム記録が並んだ。
カイが一つの項目で手を止める。
「――あった」
ミュヨンも歩み寄り画面を覗き込む。
――開始前自己診断 正常と表示されている。
二人の間に短い沈黙が流れた。
「開始時点では異常がなかったということですよね」
「少なくとも、この部屋は実験開始前、正常だとシステムが判定してる」
「……そうだとすれば……」
結界実験室は開始時点で異常はなかった。
「システムの検知できない部分で何かがあった……」
「可能性としては捨てきれない」
「ヤニス氏は、結界実験室へ来る前までは研究室で作業を続けていました。レミリアさんの話では何かを見つけたように見えたともおっしゃっていました」
ミュヨンが画面からカイへと視線を流すと、同じタイミングだったのかカイと見つめ合った。
「その視点でもう一度、ヤニス氏の研究室を調査したいと思います」
「オッケー。監査官さんとの次のデートの行き先ってことね」
「はい。行きましょう」
ミュヨンが軽やかな微笑で素直に肯定すれば、珍しくカイがオッドアイを眇めて言葉に詰まっていた。



