王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

「当日……限定というわけではないのですが、ここ数日は古い資料を読んでいました」
「それは昨日、記録保管室で確認した資料ですか?」
「ええ。私にとっても閲覧履歴は答え合わせになりました。資料室のものも、どうして古い資料を引っ張り出してきているのか疑問に思っていましたので」
「ヤニス氏は、どんなご様子でしたか?」
「とても話しかけられる雰囲気ではありませんでした。話しかけるどころか、近づいたり物音をたてるのもはばかられるような……」
「じゃあ、この研究室の空気、悪かったでしょ?」

 カイの指摘にレミリアは戸惑いを覗かせた。
 ボルトラだったら素直に肯定しそうだが、レミリアは言葉を慎重に選んでいた。

「少なくとも私たち研究員はヤニス副主任に配慮していました」

 それほどまでにヤニスは鬼気迫る様子だったということだろう。

「それ以外は?」

 カイが問うと、レミリアはしばらく緘黙した。

「あくまで所感にはなってしまいますが……」
「もちろん構いません」
「……何かを見つけたように思えました」

 レミリアは目線を落としたまま告げた。

「事故当日の昼過ぎ……だったと思います。同じ研究者なのでわかるのですが、答えに行き当たった時の顔というんでしょうか……」

 レミリアはヤニスの机に視線を投げた。
 利用していた人間がもう二度と座ることのない席。
 
「ヤニス副主任にしては珍しく浮ついているように見えました」
「結界実験室へ向かう前は、どなたかと会話している様子はありましたか?」

 ミュヨンが聞くと、レミリアは頭を横に振った。

「少なくとも私は見ていません」

 研究室は静けさと暗がりが支配した。
 太陽が完全に姿を消し、各フロアに照明が点灯したところで今日の調査のまとめに入るために、ミュヨンとカイは3階の管理区画にある記録保管室へと戻る。
 二人は作業台に並んで着席し、ミュヨンは調査ノートを開いた。

「事故が起きる前のヤニス氏の行動がわかってきました」
「ん」

 椅子に背を預け、長い足を持て余すように机へと乗せるカイをミュヨンは横目でにらむ。
 真面目に今日の調査の整理に入ろうと思ったのに、肩透かしを食らった。

「お行儀が悪いです」
「お行儀って、監査官さんかわいいよね」
「散々歩き回っている靴を机に乗せるなんて衛生的にもよくありません」
「わかった。改める」

 カイは笑いながら、姿勢を正す。
 
(カイさんは真剣モードを10分と維持できないのかしら……?)

「叱られるのって新鮮」
「そうですか……」
「俺を叱れるのなんて監査官さんくらいじゃない」
「日も暮れていますので、今日の調査のまとめに入りますね」

 スルーを決め込むミュヨンに、カイは喉奥で笑いを噛み殺していた。
 ミュヨンはノートを見ながら、調査をまとめていく。

「ヤニス氏は、十年前の事故を調べていました。監査局へ照会もし、過去の研究記録を確認して、研究計画見直し要請書を作成していました。そして、事故が起きた当日、何らかの検証のために結界実験室へ向かいました」
「そ。そこで……」

 カイは手のひらを上に向けて閉じ合わせていた指を開く仕草をする。
 要するにヤニスが亡くなった魔力暴走事故が起きたということを表現したのだろう。

「ただ一つ不可解なのが入室時間です」

 ヤニスが3分前に結界実験室へ入室していることに納得のいく説明ができない。

「後は副主任が何を実験室で確かめようとしていたのか、いつ死んだのか……」

 オッドアイからカイの視線を流されて、ミュヨンは小さく頷いた。
 
「一日目に同じ研究室の方たちから話を伺って疑惑に上がっている名前があります……」

 ミュヨンは今日一日、あえて、その名を口に出さなかった。
 ――恐らくカイも。
 何の証拠や裏付けもないのに闇雲に実名を出すわけにはいかない。
 けれど、それとは別で名前だけでも気を呑まれるほどの圧力がある。

「表向きは魔力増幅理論の研究。しかし、密かに軍事研究としての側面もありました。それを強く推進していた方がいらっしゃいます」
「そ。けど、まだ線引きしておこっか?」
「ええ。今あるのは繋がりってだけです」

(やっぱりカイさんも私と同じ考えだわ……)

 王立魔術師団のトップ――団長ヴァレリウス・グレイストン。
 どうしても、この魔術暴走事故にこの大物の存在がちらついていることは否定できない。
 ただ、現段階で表立って団長の疑惑を公にするわけにはいかなかった。
 王立魔術師団の頂点に立つ男なら、調査を捻りつぶすことなど造作もないだろう。
 ミュヨンの背中に緊張が走る。

「あの日、結界準備室で何が起こったのか真相を突き止めれば……」
「自ずと浮かび上がってくる――ってことだろ?」
「はい」

 ミュヨンは確かな声色で頷く。
 カイがいればミュヨンの緊張や不安が和らぐのも事実としてあった。
 
(飄々としていて、ふざけていて、只者ではない――オッドアイを持つ国家指定魔術師)

 極上の突出した端整な美貌でカイはミュヨンに微笑みかけた。

「――監査官さん。明日もここでデートしよっか?」
「デートではありません。業務上の調査です」
「つれないよね、本当」