王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

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 現場である結界実験室の前には魔術師団の魔術管理部の担当が立っていた。
 今も立入制限は続いている。
 カイは気軽な様子で警備にあたっている魔術師の男に挨拶をしていたものの、された側は緊張を隠せていなかった。
 
(同じ王立魔術師団の中でも、やっぱり国家指定魔術師は別格の存在なのね……)

 ミュヨンは二重認証でセキュリティを解除し、結界実験室へと足を踏み入れた。
 鼓膜が痛いほどに静まり返っている。
 カイとミュヨン以外に室内に人はいない。
 誰もいないはずなのに、空気はどこか張り詰めて冷たかった。
 観測装置。
 制御卓。
 結界発生器。
 ヤニスが倒れていた場所に張られた黒テープ。
 魔術師団の中で事件・事故を担当している魔術管理部によって保全されたままの状態だった。
 カイとミュヨンそれぞれに室内を見て回る。
 最初にミュヨンが疑問に思った入室ログ。
 実験開始予定時刻は18時。
 ヤニスが入室したのは17:57。

「やっぱり短いですよね」

 ミュヨンは思わず口に出していた。

「それって監査官さんが最初から気にしていた入室ログのこと?」

 カイが振り返って質問を投げてくる。
 ミュヨンの頭に”以心伝心”という単語が過ぎった。

「はい。実験開始時刻3分前の入室って研究者にしては遅いように思えます」
「確かに。副主任は準備に余念がなさそうなタイプだしね」
「ですよね……。結界実験室を押さえて、当日やろうとしていたことは何だったのか……」
「副主任の死亡推定時刻も判明していない」

 事故だとしても、事故ではなかったとしても、いつ亡くなったのかは重要な点である。
 実験を始めてすぐなのか、発見直前なのか……。
 カイは制御卓の端末に表示された実験記録へ目を向けた。

「ん?」
「どうしましたか?」
「――いや……」

 カイは画面を見つめたまま、答える。

「少し気になるだけ」
 
 そう軽く返しながらもオッドアイの双眸が鋭さを増したのをミュヨンは見逃さなかった。
 ミュヨンも同じものを目で辿る。
 数字が並んでいる。
 ミュヨンには何の数字なのかがわからないものの、カイには引っかかるらしい。

「何が気になるんですか?」
「んー。監査官さんの恋愛遍歴とか?」
「ふざけないでください」

 怒気を含ませたミュヨンをカイは薄く笑って流す。
 ミュヨンは疲労感を自覚しながらも、カイが自分の気づかない点を察してくれることに安心していた。

「副主任って」
「はい」
「ここで研究用の実験をしたかったわけではない気がする」
「勘ですか?」
「今回は違う」
「え?」
「――これ見て」

 ミュヨンは言われた通りにカイへ近づき、自分も制御卓の画面をしっかり覗き込む。

「これ、副主任が事前に設定した内容が事故当時のまま残っている」
「はい」
「新しい成果を出そうとしているようには見えない」
 
 ミュヨンには数字の並びから意味を窺い知ることは出来なかったが、カイが言うのなら正しいのだろう。

「ということは、何かを検証するため……?」
「さすが監査官さん」
「その何かというのは恐らくヤニス氏が気づいたものですよね……」

 十年前の第一次実証実験の事故を調べ、監査局に照会し、同じラボの研究員にも話を聞いていた。

「ヤニス氏の行動の流れとしては不自然ではないです」
「そう。ただ、不自然なのは……」
「3分前に入室していることでしょうか」
「そこだよね。この人、相当慎重なタイプらしいし」
「……確認を急ぎたい何かがあった……」
「――かもしれない」

 カイは断言を避けた。
 死亡当日に結界実験室でヤニスがやろうとしていたことが今までの行動の延長線上にあることはほぼ間違いないだろう。

「レミリアさんに話を聞きに行きましょう」

 ミュヨンの提案にカイは素直に頷いた。
 2階の研究室を再び訪問すると、窓は西日を遮るためにカーテンが引かれていた。
 ちょうど室内にはレミリアしかいなかったようだ。
 自席に座っていたレミリアはミュヨンとカイの姿を認識すると、すぐに立ち上がった。

「何かおわかりになりましたか?」

 レミリアの瞳には期待と不安が混ざっているように見えた。
 
「――残念ながら特段、進展は……」
「さようでございますか……」

 落胆というよりは自分に言い聞かせるような声音だった。

「事故が起きた当日の話をレミリアさんにお聞きしたくて」
「当日ですか……?」
「はい。何かヤニス氏が普段と違って見えたとか、些細なことでも構いません」

 レミリアは記憶を辿るように唇を閉じ合わせ、机上を視線が彷徨った。