王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 ボルトラはフレームレスの眼鏡を指で押し上げ、もう片手の筆記具を机上に置いた。
 ミュヨンは静かに近づくと、研究計画見直し要請書を机に置く。
 ボルトラはそこに影を落とすと、机を指でリズムよく弾き出す。

(昨日も、この仕草やっていた……)

 ミュヨンは近くの椅子に着席し、太ももの上でノートを広げてからボルトラを見つめる。

「こちらの書類は?」
「ヤニス氏が持っていた資料から発見されました。提出はされていません」
「そうですか……」  
「昨日、最近のヤニス氏は研究を焦っている様子でイライラしがちだったとおっしゃっていましたが、その辺りを詳しくお聞かせいただきたくて」
「はい」
「ヤニス氏はボルトラさんに何か相談をしたりしていましたか?」
「相談という形ではなかったです」

 ボルトラははっきりと言い切った。

「研究においては議論という形をとってはいましたが、基本的には自分の意見を押し通したい方です」
「そういうやつって相手にするの疲れるよね?」
「それは、まあ、はい。そうですね」

 カイの軽口を素直にボルトラは肯定する。
 昨日の聴取でもボルトラはヤニスに対して好感触は持っていなかったと正直に話してくれていた。

「ただ、最近は少し妙でした」
「妙……?」
「私への質問が増えました」
「どんな質問でしたか?」
「覚えている範囲ですが……」

 昔の実験記録について、観測結果について、十年前の事故について、この数値をどう思うか、この記録に違和感はないか……。

「そんなことを聞かれました」
「ふーん」

 ボルトラの話に耳を傾けていたカイが相づちを打つ。

「答えを知りたがっている感じではなかったでしょ?」

 カイに問われて、ボルトラは驚愕を目元で表現する。
 どうして立ち会ってもいないのにわかるのか、そんな驚きだった。
 
「仰る通り、自分が出している結論を私の返答で確認しているように見えました。私は割とはっきり意見を伝えるタイプなので」

 ミュヨンは改めて要請書の共同確認者欄の空白を見つめる。

「副主任、自分の考えを疑ってたのかもね」
「疑ってたとは……?」
「うん。確証が持てるのなら、とっくに紙を出してる」

 ミュヨンが調査を進めていくうえで見えてきたヤニスの人物像は行動力を伴っている。
 
「だからヤニス氏は質問していたと考えると自然ですね……」
「そういえば……」

 ボルトラが不意に言葉を発する。

「一度だけ、ヤニス副主任から突飛な質問を受けました」
「突飛……ですか?」
「ええ。もし研究の前提そのものが間違っていたら、どうするのかと……」

 ミュヨンは無意識にカイを確認した。
 カイも同じだったようでお互いに視線が交差する。
 マイロと同じ質問をボルトラもヤニスにされていた。

「どう思われましたか?」
「ヤニス副主任に聞かれた時、私も疲れていて、適当に流してしまったように思います」

 ボルトラの声色には少しだけ後悔が滲んでいるようにミュヨンには感じられた。
 研究員がボルトラを呼びに来て、ミュヨンに断って研究室を出ていく。
 カイと二人きりになり耳に痛いほどの静けさが場を包む。
 ミュヨンはノートを見つめ、聴取内容を脳内で整理していた。

「ヤニス氏は研究の前提そのものを疑っていた……」
「――らしいね」
「では、どうしてそう思ったか……が、まだ見えてきません」
「ま、わかりやすい人ではあるけど」
「わかりやすい?」
「行動を追いやすい」

 ミュヨンはカイに同意する。
 ヤニスは十年前の第一次実証実験の記録を調べ、監査局へ照会し、見直し要請を書き、同じ研究室の研究員に質問を繰り返す。

「けど、ヤニス氏はもう何も語れません……。だからこそ」
「俺と監査官さんで読み解こうか?」

 ミュヨンはカイへと頷いた。

「レミリアさんに再聴取する前に事故現場の結界実験室をもう一度、調べたいと思います」
「監査官さん、気が合うね。俺もそう思っていた」

 カイに不敵に微笑まれる。
 レオニス王国の最高かつ最強戦力――国家指定魔術師の一人。
 そして、今は魔術暴走事故調査のミュヨンのパートナーともなっている。

「行きましょうか」
「ん」

 カイと横並びで歩くことが、いつの間にかミュヨンは自然になっていた。