王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 ミュヨンの表情は強張った。
 マイロはミュヨンの反応を見ながら言葉を継いでいく。

「私は聞き返しました。どういう意味なのかと、そうしたらヤニス副主任は『忘れてくれ』と返すのみでした」
「……そうですか……」

 ミュヨンは返答しながら、無意識のうちにカイの表情を確認していた。
 カイはホワイトボードにヤニスが遺した数式を見つめている。

(やっぱり、カイさんはあの数式を気にしてる……)

 ミュヨンはマイロにお礼を告げて、カイと研究室を出て廊下へと足を踏み出す。

「――研究の前提……」

 ミュヨンは意識せずとも唇から言葉を零れ落していた。

「普通は口にしないよね」

 並んで歩くカイが答える。
 実験結果や計算が間違っているのならわかるが、研究の出発点から疑う言葉だ。

「いったいヤニス氏は何をしようとしていたのでしょうか?」
「それがわかれば楽なんだけど」

 カイは端整な顔立ちに苦笑いを浮かべる。

(調査に近道はない……)

 ひとつひとつの事実を拾い集めていく。
 その先に真相が現れると信じて。

「共同確認者」
「はい」
「あの人は違う気がする」
「どうしてですか?」
「勘」

(また、それですか……)

 内心そうカイにつっこみながらもミュヨンは考える。
 先ほどのマイロの態度や反応に不自然なところはないし、嘘をついていた様子もない。
 けれど、人間は嘘もつける。

(あくまで偏らないでフラットに物事を見ないと……)

「レミリアさんとボルトラさん、どちらから話を聞きましょうか?」
「――もう1人の眼鏡男かな」
「ボルトラさんですね。理由はありますか?」
「何となく」

 余りにも適当なカイの返答。
 適当に聞こえるものの、実際に適当なのか、何かをカモフラージュしているのかカイは読み取らせない。

「本当にそれだけですか?」
「――半分くらいはね」

 この軽薄に振る舞う男に対してミュヨンは信頼が強くなっていくことは自覚していた。
 気を許してきているのも疑いようがない。

「さっそくボルトラさんに話を聞きに行きましょう」
「その前に昼飯」
「……え?」

 ミュヨンは虚を突かれて廊下に立ち尽くす。
 二、三歩進んだところでカイが振り返った。

「昼時、過ぎかけてるけど」
「後でも構いません」
「構う」
「でも」
「でも、じゃない。おいで」

 カイがミュヨンからの抗弁は聞かないとばかりに前を向き直し先を歩いていく。

(そういえば一緒にランチがどうだとか言っていたような……)

 ミュヨンは渋々ながらカイの背中を追う。
 研究棟一階の共用食堂は昼のピーク時の混雑をを越えたからか、ちらほら席が空いていた。
 二人はカウンターで注文した料理をトレイで運び、窓際の席へと横並びで座る。
 ミュヨンは日替わり定食、カイは麺類。
 カイは麺の啜り方さえ上品だと、こっそり横目で見たミュヨンは感じていた。 

「――いつも、そんな感じ?」
「何がですか?」
「仕事最優先にするところ」

 ミュヨンは少し回答まで時間を要した。

「……普通じゃないでしょうか」
「どこが」

 即答したカイに視線を自分へと流される。
 
「今日、会いに来た同僚くんにも心配されていた」
「トーマは面倒見が良いタイプみたいなんです。年の離れた妹がいるって聞いています」
「妹?」
「はい。私の方がトーマより少し年下なので」

 カイのアクアマリンとゴールドの瞳に、じっと見つめられた。
 ミュヨンは胸の辺りが不規則に跳ね上がる。
 
「……何ですか?」
「――別に」

 愉悦を滲ませて細められた双眸にミュヨンは疑問が募る。
 聞いたところで曖昧にされるだろうし、カイが何を考えているのかわからないことなんて今さらのように思えた。
 
「監査官さんは一人っ子って感じ」
「また勘ですか?」
「そんなところ」
「当たっています」
「やっぱり」
「カイさんも……ですか?」
「どうして?」

 ”何となく……”とミュヨンは答えそうになって、カイに影響を受けすぎていると思って止めた。

「カイさんが二人いたら大変だろうと思って」
「何それ」

 カイは頬を緩ませる。
 その笑みは今までの何か企んでいそうなものとは違い、屈託がなかった。

「けど、確かに言えてる」
「……」
「あの家を背負う人間は俺だけで構わない」
 
 そう呟いたカイが少しだけ憂慮を滲ませたのはミュヨンの気のせいだったのか。

「やっぱり監査官さんって感じ」
「え?」
「当たってる」
「本当に?」
「うん。自分のこと以外は鋭い」
「自分のこと以外って……?」
「そういうとこ」

 ミュヨンはカイの真意を測りかねながらも、食事後に整容してから、再びカイと合流し、研究室を目指した。
 ミュヨンが挨拶をして扉を開くと、ちょうどボルトラだけが在室していた。
 机へ向かい、何かを筆記している。

「――お仕事中にすみません」
「いえ。構いませんよ」