「トーマ!」
「よ、ミュヨン」
「どうしたの?」
「局長から頼まれて資料を届けに来た」
トーマは手にした封筒を軽く持ち上げながら研究室内へ入ってきた。
「ミュヨン。今日の朝、監査局に立ち寄ったの早かっただろ」
「え。あ、うん。研究棟が開くのと同時に調査したくて」
「他にも局長がミュヨンに渡したい書類があったんだと」
「そうなんだ……」
「仕事熱心なのはいいけど、局長が始業時間は守れって。早朝勤務してたら、昨日ミュヨンを早く帰した意味がなくなるだろ」
ミュヨンは返す言葉がなくて、俯いた。
早く現場の研究棟で調査をしたくて、うずうずしていたのは事実だった。
トーマに封書を差し出される。
おずおずとトーマを見上げつつ、封筒を受け取ったミュヨンはトーマの呆れを孕んだ双眸と視線が重なった。
「……トーマ、ありがとう」
「いいって。俺もこっち方面に仕事で用事あったから、ついで」
そう言いながらもトーマの視線がミュヨンから横へとずれていく。
「――どうも」
カイが軽い口調でトーマに挨拶した。
トーマは見る見るうちに怪訝さを表情で語る。
それでも大人の対応なのかトーマはカイに形式だけの会釈を返した。
トーマはカイと初対面だろうし、トーマも国家指定魔術師の顔までは知らないはずだった。
「……えっと、こちらの方は……」
「初めまして。監査官さんと親密に調査してる、しがない国家指定魔術師です」
(どういう自己紹介……)
飄々とした気楽な態度のカイにミュヨンは虚脱感に襲われる。
カイにつっこまざるを得なかった。
「変な伝え方しないでください」
「え、俺、国家指定魔術師だけど」
「そっちじゃありません」
カイとミュヨンの決して距離が遠くない攻防にトーマはますます表情を歪めていく。
「国家指定魔術師?」
「カイ・レイヴンクラウドさん。国家指定魔術師7名のうちの1人らしくて」
「そ。俺と会えるって相当レアだよ」
「自分で言わないでください」
どこか楽しげなカイはオッドアイでトーマを見据えている。
「俺、時間あるから、そろそろ行く」
「ごめんね。トーマの手を煩わせて」
「これも仕事だからいい。ちゃんと食事はとれよ、ミュヨン」
また自分の”食”の心配をされたと思いつつ、ミュヨンが頷こうとすと、
「大丈夫。今日こそ俺と監査官さんは一緒にランチとるから」
先にカイがトーマに返事をしてしまう。
「――だから、心配いらない」
カイの唇の端が愉快そうに上がる。
この状況を心底楽しんでいる――それがカイの蒼と金のオッドアイにも現れていた。
(え……カイさんとランチの約束なんてしてたっけ?)
昨日の今日でまた同じ疑問がミュヨンに再燃する。
トーマは無言でカイを見つめるというよりは睨むように見据えた後、カイには無反応でミュヨンにだけ「調査に熱心になるのも程ほどにな」と声をかけて研究室を出て行った。
「ありがとう。トーマ」
ミュヨンはトーマの背中を声で見送る。
「――へえ」
隣のカイが全て見透かしているようにミュヨンへと笑う。
「いい人そうだね、彼」
「トーマですか? はい、監査局の同期入職で頼りになる同僚です」
「わかりやすいし」
「何がですか?」
ミュヨンが首を傾げると、カイは数秒だけ沈黙していた。
「――いや、気にしなくていい」
さらっとカイに受け流されて、ますますミュヨンには疑問が募る。
「書類の検証の続き、しようか?」
「はい、そうですね。レミリアさん、ありがとうございました」
ミュヨンとカイは再び管理区画にある記録保管室へ戻った。
机の上へ資料を広げる。
レミリアから受け取った第一次実証実験報告書。
監査局の監査記録。
そして、トーマが届けてくれた追加資料。
「――ようやく揃った」
「そうですね」
カイとミュヨンは並んで椅子へと腰を落とす。
第一次実証実験報告書の資料複写は分厚い。
カイがページをめくっていくのをミュヨンも顔を乗り出して覗き込んだ。
実験概要、観測結果、事故発生時の状況……。
当時の記録が順に綴じられている。
『第一次実証実験”広域結界安定化実証実験”
目的:新型結界理論の実証
結果:実験失敗 重傷者一名 研究停止』
「これはどんな実験だったんでしょうか?」
「大規模結界の安定運用を目的とした実証実験」
「結界?」
「既存の結界より少ない魔力で、より広い範囲を維持できる理論だったらしい」
「そんなことが……」
「今の研究の原型みたいなものかな。結果は失敗だったらしいけど」
不意にカイの手が止まる。
オッドアイから放たれる視線はある一行に向けられていた。
「何か気になりました?」
ミュヨンがカイの目線の終着点を確認する。
実験責任者の名前が記載されていた。
ミュヨンが読み上げようとした矢先。
「何でもない」
そう言って、カイは次のページをめくってしまった。
(何でもない顔ではなかったように見えたけど……)
質問したところでカイにはぐらかされるのは理解していただけに、ミュヨンは追及しなかった。
一通り目を通したところでカイは報告書をとじた。
「ヤニス氏が照会していた監査局の資料とも内容の整合性はとれていましたね」
「――うん」
カイはトーマが持参した追加資料を手にとった。
ヤニスが監査局に監査記録の閲覧申請を出した時の用紙原本の複写だった。
そして、もう一枚。
「複写依頼申請……?」
「よ、ミュヨン」
「どうしたの?」
「局長から頼まれて資料を届けに来た」
トーマは手にした封筒を軽く持ち上げながら研究室内へ入ってきた。
「ミュヨン。今日の朝、監査局に立ち寄ったの早かっただろ」
「え。あ、うん。研究棟が開くのと同時に調査したくて」
「他にも局長がミュヨンに渡したい書類があったんだと」
「そうなんだ……」
「仕事熱心なのはいいけど、局長が始業時間は守れって。早朝勤務してたら、昨日ミュヨンを早く帰した意味がなくなるだろ」
ミュヨンは返す言葉がなくて、俯いた。
早く現場の研究棟で調査をしたくて、うずうずしていたのは事実だった。
トーマに封書を差し出される。
おずおずとトーマを見上げつつ、封筒を受け取ったミュヨンはトーマの呆れを孕んだ双眸と視線が重なった。
「……トーマ、ありがとう」
「いいって。俺もこっち方面に仕事で用事あったから、ついで」
そう言いながらもトーマの視線がミュヨンから横へとずれていく。
「――どうも」
カイが軽い口調でトーマに挨拶した。
トーマは見る見るうちに怪訝さを表情で語る。
それでも大人の対応なのかトーマはカイに形式だけの会釈を返した。
トーマはカイと初対面だろうし、トーマも国家指定魔術師の顔までは知らないはずだった。
「……えっと、こちらの方は……」
「初めまして。監査官さんと親密に調査してる、しがない国家指定魔術師です」
(どういう自己紹介……)
飄々とした気楽な態度のカイにミュヨンは虚脱感に襲われる。
カイにつっこまざるを得なかった。
「変な伝え方しないでください」
「え、俺、国家指定魔術師だけど」
「そっちじゃありません」
カイとミュヨンの決して距離が遠くない攻防にトーマはますます表情を歪めていく。
「国家指定魔術師?」
「カイ・レイヴンクラウドさん。国家指定魔術師7名のうちの1人らしくて」
「そ。俺と会えるって相当レアだよ」
「自分で言わないでください」
どこか楽しげなカイはオッドアイでトーマを見据えている。
「俺、時間あるから、そろそろ行く」
「ごめんね。トーマの手を煩わせて」
「これも仕事だからいい。ちゃんと食事はとれよ、ミュヨン」
また自分の”食”の心配をされたと思いつつ、ミュヨンが頷こうとすと、
「大丈夫。今日こそ俺と監査官さんは一緒にランチとるから」
先にカイがトーマに返事をしてしまう。
「――だから、心配いらない」
カイの唇の端が愉快そうに上がる。
この状況を心底楽しんでいる――それがカイの蒼と金のオッドアイにも現れていた。
(え……カイさんとランチの約束なんてしてたっけ?)
昨日の今日でまた同じ疑問がミュヨンに再燃する。
トーマは無言でカイを見つめるというよりは睨むように見据えた後、カイには無反応でミュヨンにだけ「調査に熱心になるのも程ほどにな」と声をかけて研究室を出て行った。
「ありがとう。トーマ」
ミュヨンはトーマの背中を声で見送る。
「――へえ」
隣のカイが全て見透かしているようにミュヨンへと笑う。
「いい人そうだね、彼」
「トーマですか? はい、監査局の同期入職で頼りになる同僚です」
「わかりやすいし」
「何がですか?」
ミュヨンが首を傾げると、カイは数秒だけ沈黙していた。
「――いや、気にしなくていい」
さらっとカイに受け流されて、ますますミュヨンには疑問が募る。
「書類の検証の続き、しようか?」
「はい、そうですね。レミリアさん、ありがとうございました」
ミュヨンとカイは再び管理区画にある記録保管室へ戻った。
机の上へ資料を広げる。
レミリアから受け取った第一次実証実験報告書。
監査局の監査記録。
そして、トーマが届けてくれた追加資料。
「――ようやく揃った」
「そうですね」
カイとミュヨンは並んで椅子へと腰を落とす。
第一次実証実験報告書の資料複写は分厚い。
カイがページをめくっていくのをミュヨンも顔を乗り出して覗き込んだ。
実験概要、観測結果、事故発生時の状況……。
当時の記録が順に綴じられている。
『第一次実証実験”広域結界安定化実証実験”
目的:新型結界理論の実証
結果:実験失敗 重傷者一名 研究停止』
「これはどんな実験だったんでしょうか?」
「大規模結界の安定運用を目的とした実証実験」
「結界?」
「既存の結界より少ない魔力で、より広い範囲を維持できる理論だったらしい」
「そんなことが……」
「今の研究の原型みたいなものかな。結果は失敗だったらしいけど」
不意にカイの手が止まる。
オッドアイから放たれる視線はある一行に向けられていた。
「何か気になりました?」
ミュヨンがカイの目線の終着点を確認する。
実験責任者の名前が記載されていた。
ミュヨンが読み上げようとした矢先。
「何でもない」
そう言って、カイは次のページをめくってしまった。
(何でもない顔ではなかったように見えたけど……)
質問したところでカイにはぐらかされるのは理解していただけに、ミュヨンは追及しなかった。
一通り目を通したところでカイは報告書をとじた。
「ヤニス氏が照会していた監査局の資料とも内容の整合性はとれていましたね」
「――うん」
カイはトーマが持参した追加資料を手にとった。
ヤニスが監査局に監査記録の閲覧申請を出した時の用紙原本の複写だった。
そして、もう一枚。
「複写依頼申請……?」



