王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

「事故発生後はわかる」
「研究内容まではわからないってことですよね?」
「やっぱり監査官さんって話が早くて助かる」
「報告書や監査記録では足りない実験の生データまでヤニス氏は調べていたってことですよね……」

 事故そのものをヤニスは追っていたわけではない。

「事故が起きた原因を探っていたってことで間違いはなさそうです」
「――俺もそう思う」

 資料を見るために身を乗り出していたせいか、カイと存外に視線が間近にぶつかる。

(なんて神秘的な瞳なんだろう……)

 蒼と金のオッドアイはどこまでも奥深くて、美しくて。
 何を考えているのかわからない妖しさもあって。
 カイに魅入られたら吸い込まれて抜け出せなくなりそうな冴えた熱に満ちている。
 カイもカイでミュヨンから視線を逸らしてはくれなかった。
 
「――失礼いたします」

 認証が解除される電子音が響き、一人の男性研究員が扉へと立っていた。
 我に返ったミュヨンは反射的に後ろへ下がる。
 カイとの距離を確保した。

(別にやましいことをしていたわけではないのに……)

 ミュヨンは、ひどく胸の辺りが騒がしくなっていた。

「ミュヨン・ハートレット監査官様ですか?」
「はい」
「レミリアさんが探していました」
「あ、ありがとうございます。今、行きます」

 ミュヨンは資料を素早くバッグへとしまい込む。
 職員の男は会釈して、扉を閉めた。

「レミリアさんのところに行きましょう」

 カイに動揺を悟られたくなくて、先に歩み出す。

「――ね。監査官さん」
「はい」
「昨日から気になってたこと聞いていい?」

 記録保管室を出る前にカイに隣に並ばれる。

(どうして、そんな含みを持たせる尋ね方をしてくるのだろう?)

「何でしょうか?」

 努めて平常心を装って、自分よりも幾分か高い位置にあるカイの顔を見上げる。
 神々が丹精こめて造り上げたような綺麗な顔立ちは薄く笑みを浮かべていた。

「――あれから、しっかり食事とった?」
「……食べました……」

 ミュヨンは半ば脱力しながらも、レミリアの待つ2階の研究室へとカイと目指す。

「失礼します」

 研究室の扉をミュヨンが開けると、レミリアがさっそく歩み寄ってきた。

「監査官様、お忙しいところ申し訳ありません」
「いえ。引き続き監査局の調査へのご協力、感謝いたします」

 ミュヨンが深々と礼をしてから顔を上げると、レミリアの顔に疲れの色が滲んでいた。
 昨晩は遅くまで研究棟に残っていたのかもしれない。

「二つ、お伝えしたいことがありまして……」

 レミリアが分厚い封筒を差し出してきて、ミュヨンは受け取る。

「第一次実証実験報告書の原本です」
「許可、下りたんだ」
「はい。優先して閲覧申請を承認していただけるよう責任者に働きかけました」
「ありがとうございます」

 予定よりも早く入手できてミュヨンは安堵した。
 レミリアは亡くなったヤニスの研究チーム内でも紅一点で、配慮が働くのも人一倍だったのかもしれない。
 
「いえ。そして、もう一つの用件なのですが……」

 レミリアは別の封筒を渡してきた。
 先ほどの封筒よりはだいぶ薄い。

「ヤニス副主任の保管資料です」

 今度はカイが封筒を受け取り、中身を取り出す。
 数枚の用紙が入っている。
 どうやら研究資料のようだ。
 カイがめくる紙をミュヨンも横から覗き込む。
 ある一枚でカイが手を止めた。

「……研究計画見直し要請書……?」

 ミュヨンが表題を読む。
 専門用語が並んでいて、内容の全てを詳細には理解できない。
 けれど、書類の趣旨だけはわかった。

「現在進めている研究について、再検証を求める内容です」

 レミリアが表情を強張らせながら答えた。

「進めていた研究とは団長案件の魔力増幅理論ですよね?」
「……はい」
「提出はされているんですか?」
「されていないようです。下書きのまま残されていました」

 提出する前に亡くなってしまったということだろう。

「これはヤニス氏が研究を止めたがっていたというラボの皆さんの証言の裏付けになりますね」
「んー」

 カイは書類の一点に目線を縫い付けて、何かを考え込んでいる様子だ。

「どうされました?」

 カイが見ているであろう場所へとミュヨンも目を向ける。

「――ここ」
「空欄ですね……」

 用紙には”共同確認者”と書かれている欄が空白になっている。

「ヤニス氏は誰に確認を取るつもりだったんでしょうか……?」
「さあ」

 そうミュヨンに答えながらも、カイは何かを思案している様子だった。
 その時、研究室の扉がノックされる。

「どうぞ」

 レミリアが応答すると、入室してきたのは先ほどもカイとミュヨンを呼びに来た男性研究員だった。

「――監査局の方がお見えになっています」

 その単語にミュヨンは弾かれたように顔を上げる。

「監査局?」
「はい」

 研究員は一礼して一歩、横へとずれた。
 その後ろからミュヨンの見慣れた人物が顔を出す。