王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

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 小鳥が目覚めの囀りを繰り返す頃、ミュヨンが監査局に立ち寄ると、まだ誰も登庁していなかった。
 アランが置いてくれていたであろう机上の封書に目をを通してからバッグに入れて、今日も王立魔術師団の研究棟へ向かう。
 ミュヨンは受付で諸手続きを済ませると、さっそく3階の管理区画へと足を向けた。
 昨日の調査の続きである。
 エレベーターを降り、入り口の二重認証の照合が完了しゲート内に立ち入った。
 すると、白衣を纏う男性職員と廊下で話している男の姿が視界に飛び込んでくる。
 背の高い魔術師団の制服を気崩している男。
 ――カイ・レイヴンクラウド。
 国家指定魔術師のこの男はやはり自然と異質なオーラを発している。
 カイのオッドアイがミュヨンへと向けられた。

「監査官さん、おはよう」

 軽く手を挙げて、カイがミュヨンの元へと歩みを進めてくる。
 カイと話していた職員は頭を下げて管理区画の奥へと向かった。

「おはようございます」

 丁寧に腰を折って、ミュヨンは挨拶を返す。

「早くないですか?」
「お互いさまじゃない?」
 
 カイからは自由人で夜型のイメージをミュヨンに与えられていただけに、朝から活動していることに違和感がある。
 昨日、ミュヨンと別れてからも、カイは独自に調査を進めていたのだろう。
 
(適当に見えて、やるべきことはきっちりこなすタイプなのかも……)

「あっ、第一次実証実験の監査記録の複写を監査局から持ってきました。ヤニス氏が二週間前に監査局へ閲覧申請を出していたようで……」

 バッグから封書を取り出してカイの前に差し出すと、カイは軽く吹き出した。
 そのカイの態度にミュヨンは顔を顰める。

「……何ですか?」
「いや、監査官さんて真面目でかわいいなと思って」
「からかわないでください」
「ほめてるんだって」
「どこがですか?」
「本当なのにな」

 楽しげなカイをミュヨンは流すことにした。
 
(真剣に相手にしたら、もてあそばれるだけな気がする……)

「カイさんは昨日あれから、何か進展はありましたか?」
「少し」
「少し……ですか?」
「ん。少し」

 カイに微笑まれる。

(カイさんって笑っているだけなのに、相手を黙らせる妙な圧力があるのよね……)

「ヤニス氏の研究室のデスクを調べていたんですか?」

 ミュヨンがカイに尋ねると、カイの表情が僅かに変化を見せる。

「監査官さん、何でわかった?」
「昨日、カイさんが気にしていらっしゃるように見えたので」
「監査局の監査官って怖いな」

 カイは軽口をたたきながらも、オッドアイの双眸は真剣だった。

「副主任のメモが残ってた」
「メモ?」
「お互い、情報交換しよっか?」

 二人は管理区画の奥へ進む。
 向かった先は記録保管室だった。
 昨日も使用した小さな閲覧室の机を借りることにしたのである。
 お互い認証を受けて室内へ入る。
 室内には誰もいなかった。
 ミュヨンは持参した資料を机へ置く。
 カイも折り畳まれた紙を取り出す。

「これは……?」
「メモ」
「それは見ればわかります」
「だよね」

 カイが何やら苦笑しているけれど、ミュヨンは構わずメモ用紙を観察する。
 たった一枚のメモ用紙。
 日付、実験番号、数値、そして、いくつかの資料名。
 短い単語ばかりが羅列されている。

「何を示しているのでしょうか?」
「俺も最初はわからなかった」

 カイの長い指先はメモの一行を示す。

「気になったのは資料名」
「これは実験観測記録……ですか?」

 ミュヨンがメモから顔を上げると、カイの蒼と金の瞳と視線がぶつかる。
 その表情は謀計(ぼうけい)を巡らしているように妖しく口許にカーブを描いていた。

「第一次実証実験の生データですよね?」
「そう」

 報告書や監査記録だけではなく、事故当時の実験データまでヤニスは追っている。

「調べている範囲が広いですね」
「ね」
「こちらがヤニス氏が二週間前に監査局に閲覧申請を出していた第一次実証実験の監査記録の資料なのですが……」

 ミュヨンがカイへと持参した資料を渡す。
 カイのオッドアイが紙の表面を撫でるように追っていく。

「監査局らしい資料だね」
「どういう意味ですか?」
「無駄なことは削ぎ落とされている感じ」
「必要なことのみ要約されているとおっしゃってください」

 監査記録には事故発生日、研究停止勧告、安全基準の見直し。
 行政的な記録が並んでいた。

「監査官さんって真面目だよね」
「もう何度も聞きました」
「じゃあ、今日はやめておく」
「明日からもやめてください」
「仕方ないな」
「仕方なくありません」
「話を戻そうか?」

(性質の悪い国家指定魔術師だわ……)

 ミュヨンのしかめっ面にも動じず、カイは酷薄に綺麗に笑う。
 まるで、自分が微笑めば全て許されるとでも知っているかのように。