王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

「目録情報だけなら端末から確認できます。原本閲覧には権限が必要になります」

 レミリアはモニターに資料の目録を出す。
 概要、作成年、分類、閲覧履歴、それ以上の情報はない。
 ”被験者三名” ”重症者一名””研究停止”
 簡易的な情報がないのに、画面から妙な圧力を感じた。

「重傷者は生存したのでしょうか?」
「詳細は原本を開かないと何とも……」

 レミリアが首を横に振る。

「そう……ですよね」

(この資料、私も内容を見ておいたほうがいいかもしれない……)

 ミュヨンが考え込んでいると、記録保管室の生体認証が解除された音が響いた。
 全員が出入口へと振り向く。
 そこには一人の研究員が立っていた。

「ミュヨン・ハートレット監査官様。監査局から連絡が入っています」
「私ですか?」
「本日は監査局にお戻りになるようにとのことです」
「承知いたしました。ご伝言ありがとうございます」

 ミュヨンは研究員に向かって返事をしながら礼を告げる。
 今日、現場で調査が進められるのはここまでだった。

「レミリアさん。私もこの資料を閲覧したいのですが」
「管理区画責任者の承認が必要になります。今から私が閲覧申請しておくようにしますね」
「すみませんが、お願いいたします」

 レミリアに調査協力のお礼も合わせて伝えた。
 ヤニスは死の直前まで、この研究を調べている。
 そして団長も手にとっていた。
 偶然の一致にしては出来すぎている。

「――俺は監査官さん、見送る」
「え……あ、はい」

 カイとミュヨンはレミリアを残して記録保管室を出た。

(長い一日だったわ……)

 現場と記録の確認。
 関係者への聴取。
 点の数は増えている。
 それらがどう繋がって線になるのか。
 頬に片手を添えて考え込むミュヨンの顔を横からカイが覗き込む。

「――疲れてる?」
「いいえ」

 ミュヨンが即答すると、カイは口許に薄い笑みを浮かべた。

「嘘」
「嘘ではないです」
「疲れてるって」
「疲れていません」
「疲れてるって言えば?」
「仕事中ですので」
「監査官さんって真面目だよね」

 カイのからかうような声音。
 ミュヨンは少しだけ胸がチリッと燃え上がる感覚がした。

(確かに盛りだくさんの一日で疲れていないとは言えないけど……)

「カイさんが不真面目すぎるんです」
「俺だって真面目だって」
「どこがですか?」

 カイはミュヨンの返しに全く気にした様子もない。
 その変わらないカイの態度にミュヨンは少しだけ肩の力が抜けた気がした。
 
「監査官さんとランチ一緒に食べられなくて残念」
「え?」

(いつカイさんと昼食を一緒に摂る約束なんてした……?)
 
 身に覚えがなさすぎて、ミュヨンは本気で困惑した。
 真剣に思い悩むミュヨンの姿が更にカイを楽しませてしまっている。
 管理区画を抜け、エレベーターを降り、研究棟の正面玄関までミュヨンにカイは付き添ってくれた。 
 夕陽が紅くエントランスを染め上げている。

「ありがとうございます。ここで大丈夫です」
「気をつけて戻りなよ」
「子どもではないので大丈夫です」
「子どもじゃないから心配してるんだけど」
「?」

 ミュヨンは向かい合ったカイを上目で見ながら首を傾げる。
 くつくつと喉奥で笑いを堪えているカイに対して、ますます眉間が歪む。

「カイさんはどうするんですか?」
「俺はもうちょっと調べる」

 結局、カイの仮説をミュヨンは教えてもらっていない。
 ミュヨンに逸る気持ちはあるものの、聞いてもカイが答えないのはわかっていたし、監査局にも戻らなければならないと気持ちを切り替えた。
 
「無茶しないでください」

 ミュヨンが声をかけると、カイが一瞬だけ息を詰める。

「俺のことが心配?」
「え……。はい、もちろん」
「ほら、監査官さんは他人のことばっか気遣う」

 カイはなぜか満足げな笑みを口許に浮かべていた。
 
「――また明日ね、監査官さん」

 ひらりと手を振り、踵を返して研究棟の内部へと戻っていくカイ。
 気づけば、まるで前から隣にいたかのように接していたが、カイはレオニス王国に7名しか存在しない国家指定魔術師。

(そんな人と一緒に調査してたんだ……)

 ――そして明日も……。
 惚けたようにカイの背中を見送っていたミュヨンだったが、まだ勤務中だと襟を正した。