ミュヨンが小さく読み上げると、室内に電流のような緊張感が走ったような気がした。
「カイさん、知っているのですか?」
隣でモニターを眺めているカイへと問う。
「名前だけ――ね」
何ら変わりのないカイ独特の飄々とした口調なのに、どこかミュヨンに違和感が残る。
よく知っている人間の反応に思えた。
「レミリアさん、これはどういった報告書なのですか?」
「十年ほど前の研究です」
「十年も?」
「魔力増幅理論そのものは古くからあります。初めて実証段階へ進んだ際の記録です」
「そうなんですか……」
「理論上は成立しますが、制御が難しく事故が起きたと聞いております」
その過去の研究報告をヤニスは事件前に何度も閲覧していた。
「監査官さん」
「はい」
「さすがに、この閲覧数は不自然――だと思う」
「私もそう思います」
ヤニスは何を確認していたというのか、ミュヨンは頬に片手を添えて考え込む。
ヤニスは研究を完成させようとしていたのではなく、研究を止めようとしていた。
これは止めるための行動の一つと考える方が自然だった。
「……これって……」
端末を操作していたレミリアの表情が固まった。
「レミリアさんどうし……」
レミリアに問いながら、ミュヨンもモニターを見て凍りつく。
――第一次実証実験報告書。
本来なら手にとられることのない古い資料の閲覧履歴にはヤニス以外の名前も表示されていた。
ヴァレリウス・グレイストン――王立魔術師団のトップの名前。
(ここでも団長の名前が……)
事件前日にその名が一度表示されていた。
記録保管室が静けさに包まれる。
しばらく誰も口を開かなかった。
モニターから隣へとミュヨンはそっと視線を移す。
珍しくカイの美貌から笑みが消えていた。
(どうしたのかしら……?)
ミュヨンは気を取り直してレミリアへと聞く。
「どんな事故だったのでしょうか?」
「私も詳細はわかりません。監査局から研究停止勧告が入って中止になったと……」
「監査局から?」
十年前だったらミュヨンが監査局に入職するずっと前だ。
「はい。関係者が重傷を負ったようで」
つまり理論上の危険ではなく、実際に被害が出ている。
「監査官さん」
「……はい」
「副主任は研究を調べていたわけじゃないと思う」
カイの形の良い唇から零れ落ちた発言。
「どういう意味ですか?」
「たぶん、この研究が止められた理由を探ろうとしていた」
カイに言われて、ミュヨンは大きな目を瞠る。
ヤニスは調べ直さずとも理論自体は熟知しているだろう。
優秀な研究者であり、研究責任者なのだから当然だった。
事件直前になって過去の資料を何度も確認している理由。
それは研究を前に進めるためではなく、止めるため。
そう考えれば全ての行動が繋がった。
「ヤニス氏は記録保管室に何度も入室しているようですが、2階の資料室と保存されている資料はどう違うのでしょうか?」
「記録保管室には認可書や事故報告書などの公式記録が保管されています。資料室は研究者向けの実験データや観測記録の保管庫ですね」
レミリアが答える。
「つまり副主任は、過去の報告書と実験データを照合していた可能性が高そうですね」
「そ」
カイが頷く。
先ほどの消失した笑顔が戻り、どこか面白がっているように口角を上げている。
(やっとカイさんらしく戻った……)
まだ半日程度しかカイと時間を過ごしていないのに、なぜかミュヨンはホッと胸を撫で下ろしていた。
「――しかも相当急いでいた」
「急いでいた?」
「事件一週間前から入退室の記録が跳ね上がってる」
カイの指摘した通りだった。
ヤニスは迫られている期限に追われているかのように、出入りしている。
焦りにも似た執着が見えるように感じられた。
「ヤニス氏は研究を止めたがっていたと同じ研究室の方々が証言していました。恐らく、そのための行動かと思います」
仮説ではあるものの、ここまでの証言や記録を照らし合わせれば、それが一番自然だった。
「”第一次実証実験報告書”って内容は見られるのでしょうか?」
ミュヨンがレミリアに問いかけると、ぴりつくような緊張感が背中に走った。
(これはカイさんから自然と発せられているもの?)
そう気づきながらもミュヨンはモニターから目を逸らさなかった。
「カイさん、知っているのですか?」
隣でモニターを眺めているカイへと問う。
「名前だけ――ね」
何ら変わりのないカイ独特の飄々とした口調なのに、どこかミュヨンに違和感が残る。
よく知っている人間の反応に思えた。
「レミリアさん、これはどういった報告書なのですか?」
「十年ほど前の研究です」
「十年も?」
「魔力増幅理論そのものは古くからあります。初めて実証段階へ進んだ際の記録です」
「そうなんですか……」
「理論上は成立しますが、制御が難しく事故が起きたと聞いております」
その過去の研究報告をヤニスは事件前に何度も閲覧していた。
「監査官さん」
「はい」
「さすがに、この閲覧数は不自然――だと思う」
「私もそう思います」
ヤニスは何を確認していたというのか、ミュヨンは頬に片手を添えて考え込む。
ヤニスは研究を完成させようとしていたのではなく、研究を止めようとしていた。
これは止めるための行動の一つと考える方が自然だった。
「……これって……」
端末を操作していたレミリアの表情が固まった。
「レミリアさんどうし……」
レミリアに問いながら、ミュヨンもモニターを見て凍りつく。
――第一次実証実験報告書。
本来なら手にとられることのない古い資料の閲覧履歴にはヤニス以外の名前も表示されていた。
ヴァレリウス・グレイストン――王立魔術師団のトップの名前。
(ここでも団長の名前が……)
事件前日にその名が一度表示されていた。
記録保管室が静けさに包まれる。
しばらく誰も口を開かなかった。
モニターから隣へとミュヨンはそっと視線を移す。
珍しくカイの美貌から笑みが消えていた。
(どうしたのかしら……?)
ミュヨンは気を取り直してレミリアへと聞く。
「どんな事故だったのでしょうか?」
「私も詳細はわかりません。監査局から研究停止勧告が入って中止になったと……」
「監査局から?」
十年前だったらミュヨンが監査局に入職するずっと前だ。
「はい。関係者が重傷を負ったようで」
つまり理論上の危険ではなく、実際に被害が出ている。
「監査官さん」
「……はい」
「副主任は研究を調べていたわけじゃないと思う」
カイの形の良い唇から零れ落ちた発言。
「どういう意味ですか?」
「たぶん、この研究が止められた理由を探ろうとしていた」
カイに言われて、ミュヨンは大きな目を瞠る。
ヤニスは調べ直さずとも理論自体は熟知しているだろう。
優秀な研究者であり、研究責任者なのだから当然だった。
事件直前になって過去の資料を何度も確認している理由。
それは研究を前に進めるためではなく、止めるため。
そう考えれば全ての行動が繋がった。
「ヤニス氏は記録保管室に何度も入室しているようですが、2階の資料室と保存されている資料はどう違うのでしょうか?」
「記録保管室には認可書や事故報告書などの公式記録が保管されています。資料室は研究者向けの実験データや観測記録の保管庫ですね」
レミリアが答える。
「つまり副主任は、過去の報告書と実験データを照合していた可能性が高そうですね」
「そ」
カイが頷く。
先ほどの消失した笑顔が戻り、どこか面白がっているように口角を上げている。
(やっとカイさんらしく戻った……)
まだ半日程度しかカイと時間を過ごしていないのに、なぜかミュヨンはホッと胸を撫で下ろしていた。
「――しかも相当急いでいた」
「急いでいた?」
「事件一週間前から入退室の記録が跳ね上がってる」
カイの指摘した通りだった。
ヤニスは迫られている期限に追われているかのように、出入りしている。
焦りにも似た執着が見えるように感じられた。
「ヤニス氏は研究を止めたがっていたと同じ研究室の方々が証言していました。恐らく、そのための行動かと思います」
仮説ではあるものの、ここまでの証言や記録を照らし合わせれば、それが一番自然だった。
「”第一次実証実験報告書”って内容は見られるのでしょうか?」
ミュヨンがレミリアに問いかけると、ぴりつくような緊張感が背中に走った。
(これはカイさんから自然と発せられているもの?)
そう気づきながらもミュヨンはモニターから目を逸らさなかった。



