「監察医からの正式な報告はまだです。しかし、上がったとしても1から2時間は幅があるかと思います」
「そ。だから、まだ何も言えない」
ミュヨンだけに向けられるカイの不敵な笑み。
(また、これだわ……)
今は絶対にカイが明かさないと知っているからこそ、ミュヨンはカイのペースに呑まれないよう気持ちのうえでたたずまいを正した。
「入室ログと今のルーレンさんのお話は一致しています。マイロさんはその時にどうしていたのでしょうか?」
ルーレンは虚空を見つめ、事件時の状況を思い出しているようだ。
「研究室にいらっしゃったのがボルトラさんとレミリアさんの二人でしたので、その時は動転して二人を呼ぶだけで頭がいっぱいで……」
「その時間なら研究室の隣の資料室にいました」
マイロが横から呪文のような小声で入り込んだ。
ミュヨンの目線の先がルーレンから少し離れた位置に座るマイロへと移る。
「過去の実験記録の整理です」
ミュヨンは今のマイロの発言も記録しておく。
「助手くんさ、」
「は、はいいい」
カイに声をかけられたルーレンは椅子から飛び上がった。
(まるで幽霊にでも会ったような驚き方だわ……)
ミュヨンはルーレンを気の毒に思いながらも、カイは無駄な問いはしないだろうと静観した。
「研究ログの整理してたんだよね」
「は、はい。しておりました。助手ですので!!」
ところどころルーレンの声がひっくり返っている。
カイはルーレンのその反応さえ面白がっているかのように笑みを浮かべて続けた。
ミュヨンも注意深く二人のやり取りに耳を澄ませる。
「副主任が最後に見返してたのもログ?」
「……ええ。最近ずっと念入りに見ていたように思います」
「ずっと?」
「はい。ずっと……ここ数日は特に毎日のように確認していました」
「へえ。ずっと――ね」
ミュヨンはシニカルを孕んだカイの笑みを見つめていた。
(……ルーレンさんの発言から何か読み取ったのかしら……?)
研究ログ、黒板の追記、副主任の異変。
点と点が線で繋がり始めた感覚がする。
「監査官さん」
カイのオッドアイがミュヨンへと注がれる。
なぜかミュヨンは胸の辺りが忙しなくなるのを感じていた。
「結界解除ログを確認したい」
「はい。私もそう思います」
入室ログは提出されていてもレミリアが解除したとされるログは手元にない。
念のために直接確認しておく必要があった。
「管理区画に保管されていますので、私が案内いたします」
レミリアが片手を挙げて立ち上がる。
「お願いします」
ミュヨンは立ち上がる前にルーレンに向けてお礼を告げる。
カイに対して怖がっていたルーレンの表情が甘いものでも食べたように柔らかく蕩けた。
レミリアを先頭にミュヨン、カイと後に続き、研究室を後にする。
廊下はひんやりとしていて、腕に鳥肌がたった。
(亡くなったヤニスさんは何を確認するためにログを見返していたのだろう)
歩きながら、調査用ノートの文字と睨めっこをしていた時だった。
「監査官さん」
隣からカイの声が落とされる。
「何ですか?」
「何か食べた?」
「え?」
カイに言われている意味がわからなかった。
「ランチはまだですが」
研究棟に到着してから、ずっと調査にあたっている。
気がつけば、もう昼時はとっくに過ぎていた。
「そんな顔してた」
「どんな顔ですか?」
「仕事しか見えてない顔」
ミュヨンは何となくカイにからかわれているように思えてしまった。
「公務中ですので」
「だから?」
カイの口調はあっさりしている。
「昼食を抜いていい理由にはならない」
ミュヨンは言葉に詰まった。
正論ゆえに反論がしづらい。
「管理区画を確認した後に昼休憩をとります」
「本当に?」
「本当です」
「信用できない」
「なぜでしょうか?」
「監査官さんだから」
なぜかカイがこの話を繰り返してきた。
ミュヨンが没頭すると寝食を忘れる癖は幼少期からだ。
そこまでカイに見透かされているようで居心地が悪かった。
前を歩くレミリアが肩越しに少しだけ振り返る。
けれど、口を開くことはなかった。
「カイさんは食べたんですか?」
「食べてないけど」
「では、同じです」
「全然違う」
カイに即答された。
意図がわからなくて、思わずミュヨンは隣を見る。
カイはミュヨンを見下ろしたまま平然としていた。
「――俺は慣れてる」
蒼と金の虹彩。
カイのオッドアイがミュヨンを映し込む。
「慣れないでください」
ミュヨンはカイとの会話が成り立っているのか自分でもわからなくなっていた。
(言っていることが矛盾している気がするのだけど……)
「ほら」
「ほら……とは?」
「そういうところ」
「余計にわかりません」
「監査官さんって自分には厳しいくせに他人のことは気遣う」
ミュヨンは言われていることがわからず、首を傾げる。
カイはそれ以上説明せず、意味深げに微笑むだけ。
(いったい何なのかしら……)
きっと質問したところでカイは答えない。
だったらペースを狂わされる前に意識を切り替えた。
(今は調査に集中……と)
事実をひとつひとつ確認していった先に真実がきっとある。
「そ。だから、まだ何も言えない」
ミュヨンだけに向けられるカイの不敵な笑み。
(また、これだわ……)
今は絶対にカイが明かさないと知っているからこそ、ミュヨンはカイのペースに呑まれないよう気持ちのうえでたたずまいを正した。
「入室ログと今のルーレンさんのお話は一致しています。マイロさんはその時にどうしていたのでしょうか?」
ルーレンは虚空を見つめ、事件時の状況を思い出しているようだ。
「研究室にいらっしゃったのがボルトラさんとレミリアさんの二人でしたので、その時は動転して二人を呼ぶだけで頭がいっぱいで……」
「その時間なら研究室の隣の資料室にいました」
マイロが横から呪文のような小声で入り込んだ。
ミュヨンの目線の先がルーレンから少し離れた位置に座るマイロへと移る。
「過去の実験記録の整理です」
ミュヨンは今のマイロの発言も記録しておく。
「助手くんさ、」
「は、はいいい」
カイに声をかけられたルーレンは椅子から飛び上がった。
(まるで幽霊にでも会ったような驚き方だわ……)
ミュヨンはルーレンを気の毒に思いながらも、カイは無駄な問いはしないだろうと静観した。
「研究ログの整理してたんだよね」
「は、はい。しておりました。助手ですので!!」
ところどころルーレンの声がひっくり返っている。
カイはルーレンのその反応さえ面白がっているかのように笑みを浮かべて続けた。
ミュヨンも注意深く二人のやり取りに耳を澄ませる。
「副主任が最後に見返してたのもログ?」
「……ええ。最近ずっと念入りに見ていたように思います」
「ずっと?」
「はい。ずっと……ここ数日は特に毎日のように確認していました」
「へえ。ずっと――ね」
ミュヨンはシニカルを孕んだカイの笑みを見つめていた。
(……ルーレンさんの発言から何か読み取ったのかしら……?)
研究ログ、黒板の追記、副主任の異変。
点と点が線で繋がり始めた感覚がする。
「監査官さん」
カイのオッドアイがミュヨンへと注がれる。
なぜかミュヨンは胸の辺りが忙しなくなるのを感じていた。
「結界解除ログを確認したい」
「はい。私もそう思います」
入室ログは提出されていてもレミリアが解除したとされるログは手元にない。
念のために直接確認しておく必要があった。
「管理区画に保管されていますので、私が案内いたします」
レミリアが片手を挙げて立ち上がる。
「お願いします」
ミュヨンは立ち上がる前にルーレンに向けてお礼を告げる。
カイに対して怖がっていたルーレンの表情が甘いものでも食べたように柔らかく蕩けた。
レミリアを先頭にミュヨン、カイと後に続き、研究室を後にする。
廊下はひんやりとしていて、腕に鳥肌がたった。
(亡くなったヤニスさんは何を確認するためにログを見返していたのだろう)
歩きながら、調査用ノートの文字と睨めっこをしていた時だった。
「監査官さん」
隣からカイの声が落とされる。
「何ですか?」
「何か食べた?」
「え?」
カイに言われている意味がわからなかった。
「ランチはまだですが」
研究棟に到着してから、ずっと調査にあたっている。
気がつけば、もう昼時はとっくに過ぎていた。
「そんな顔してた」
「どんな顔ですか?」
「仕事しか見えてない顔」
ミュヨンは何となくカイにからかわれているように思えてしまった。
「公務中ですので」
「だから?」
カイの口調はあっさりしている。
「昼食を抜いていい理由にはならない」
ミュヨンは言葉に詰まった。
正論ゆえに反論がしづらい。
「管理区画を確認した後に昼休憩をとります」
「本当に?」
「本当です」
「信用できない」
「なぜでしょうか?」
「監査官さんだから」
なぜかカイがこの話を繰り返してきた。
ミュヨンが没頭すると寝食を忘れる癖は幼少期からだ。
そこまでカイに見透かされているようで居心地が悪かった。
前を歩くレミリアが肩越しに少しだけ振り返る。
けれど、口を開くことはなかった。
「カイさんは食べたんですか?」
「食べてないけど」
「では、同じです」
「全然違う」
カイに即答された。
意図がわからなくて、思わずミュヨンは隣を見る。
カイはミュヨンを見下ろしたまま平然としていた。
「――俺は慣れてる」
蒼と金の虹彩。
カイのオッドアイがミュヨンを映し込む。
「慣れないでください」
ミュヨンはカイとの会話が成り立っているのか自分でもわからなくなっていた。
(言っていることが矛盾している気がするのだけど……)
「ほら」
「ほら……とは?」
「そういうところ」
「余計にわかりません」
「監査官さんって自分には厳しいくせに他人のことは気遣う」
ミュヨンは言われていることがわからず、首を傾げる。
カイはそれ以上説明せず、意味深げに微笑むだけ。
(いったい何なのかしら……)
きっと質問したところでカイは答えない。
だったらペースを狂わされる前に意識を切り替えた。
(今は調査に集中……と)
事実をひとつひとつ確認していった先に真実がきっとある。



