王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 重く沈んでいる研究室の空気など意に介さないようにカイから面白がるような目線と笑みをミュヨンに向けられる。
 ただ黙ったまま、ミュヨンは真顔でカイを見返していた。
 カイは一瞬だけオッドアイの双眸を見開いて、今までとは違う苦笑を浮かべる。
 
「――困るな、それ……」

 ミュヨンはその言葉の意味を図りかねながらも、調査へと気持ちを切り替える。

「ヤニス氏は昨日、生涯最期になってしまった実験で何をしようとしていたのでしょうか?」
「どうだろうね」
「団長の命令でしょうか? あるいはヤニス氏本人が何かを確かめようとしたかったのか……」
「そっち、だろうね」
「また勘ですか?」
「ま、そんなとこ」

 カイとミュヨンが話していたら、レミリアがルーレンを連れて研究室に戻ってきた。
 他の研究員3名と比較すると、助手なだけあってルーレンは若くて一人前には少し距離がある。
 先ほどカイに容疑者呼ばわりされたからか、ルーレンの表情は固いまま、ミュヨンの前までやってきた。

「ルーレンさん。何度も申し訳ないです。発見時の状況を再確認させてください」

 ミュヨンがルーレンの緊張を解くように少し顔つきを柔らかくすると、ルーレンは耳まで顔を紅潮させた。

(あとで、また絶対にカイさんに何か言われそう……)

「ミュヨンさん……いえ、監査局には全面的に協力いたします」

 ルーレンはミュヨンに頭を下げた。

(目が合わなくなってしまったけど、聴取を開始しよう……)

「もう一度、昨日の発見時の状況を教えてください」
「はい」
「昨日のヤニス氏の実験の開始時刻は何時でしょうか?」
「18時から1時間の予定でした」
「ヤニス氏が終了時刻を守らなかったことは過去にありますか?」
「いえ。几帳面な方ですので常に時間は正確です。早く終わることはあっても、ヤニス副主任が終了時刻を守らなかった記憶は僕にはありません」

 ミュヨンはルーレンの供述を記録にとりながら続ける。

「あなたはヤニス氏の実験中は何をしていたのでしょうか?」
「……書類の整理です。実験の補佐として呼ばれることもありますが、今回は何も言われていません」

 結界実験室で結界が行使されると、外部からの魔術干渉は完全に遮断される。
 安全規定上、内部に入るのは許可を受けた研究者本人のみ。
 ルーレンの話に矛盾はない。

「終了予定時刻の19時を過ぎて、ヤニス氏が出てこないことは不思議に思いませんでしたか?」
「僕もずっと時計を見ていたわけではないので……。確かに19時を過ぎているとは思いましたが、ログをまとめたりする時間もあるし、そのうち出てくるだろうと気に留めませんでした」
「何分後くらいにおかしいと思いましたか?」
「15分くらいでしょうか……。さすがに音沙汰がなさすぎると思い、外部観測装置を確認しました」
「実験室内部の監視装置ですよね?」
「はい。先ほどもお話した通り、結界実験室には安全確認用の観測装置があります」
「――で、何が見えた?」

 カイがルーレンに聞く。
 ルーレンは大袈裟なほどに肩を震わせた。

「……ヤニス副主任が床に倒れていました」
「その時点で結界はどうでしたか?」
「まだ張られたままです。助手の僕では解除できません」

 ルーレンは首を横に振る。

「実験中は内部から行使されます」

 ミュヨンはルーレンの供述を書き留めていく。
 
「それから?」
「同じラボの研究員を呼びました」
「どなたですか?」
「レミリアさんとボルトラさんです」

 この供述も記録とは矛盾がない。

「お二方のうち、どちらの権限で解除したのでしょうか?」
「レミリアさんです」
「管理権限で結界を解除し、三人で入室したということでお間違いないですよね?」
「……ええ」

 ルーレンは浅く頷いたまま目線を上げなかった。

「――監査官さん」
「はい」
「俺、気になったことがあるんだけど」

 カイは机の端に腰を預けたまま、座ってルーレンの話を聞いていたミュヨンを見下ろした。

「何でしょうか?」
「副主任っていつ死んだ?」

 カイの軽い口調で研究室の空気が重く沈む。
 ルーレンが一層、カイに対して怯えを強めたのか身体を縮めていた。

「いつ死んだ、とは……?」
「言葉通りの意味」

 ミュヨンに対して、カイは口角を上げて笑いながらも蒼と金の虹彩を携えた目つきが鋭く変わる。

「助手くんが外部観測装置を確認したのは19:15頃」
「そうですね」
「――で、倒れていた副主任を見つけた」
「はい」
「ってことは死んだ時間まで絞れないってこと」
「死亡推定時刻ということですね」
「そう」

 確かに入室してすぐの18時付近に亡くなったのか、19:15前に亡くなったのか、倒れた瞬間を見ていたわけではないルーレンにはわからない。