王国最強魔術師はお堅い監査官を放っておかないー研究棟で発生した結界密室ミステリーを暴けー

 ミュヨンが落ち着いた口調で語りかける。

「何度も聞いているかと思いますが、魔力増幅理論です」

 研究員の中では一番年長者であるマイロが答えた。

「では、その理論が完成すると何が起きますか?」
「……魔力の出力効率が上がります」

 今度はレミリアが返答する。

「それは、つまりどういうことなのでしょうか?」
「……少ない魔力で強い魔術が使えるようになります」

 ずっと黙っていたボルトラが回答した。

「――ふーん……。そういう建前にしていたんだ?」

 相変わらずカイの口調は軽いのに、どこか深く重く核心をつく。
 また研究室の空気が底冷えした。
 ミュヨンは気づいていないようにカイへと聞き返す。

「建前とはどういうことですか?」
「――だって、これ効率じゃなくて増幅でしょ?」
「危険な理論であることは間違いないです」

 マイロが静かに肯定した。

「だから軍事利用として団長が興味をもった――だよね?」

 カイの投げかけに、研究員の3名ともがしばらく口を開かなかった。

「――ヤニス副主任は反対していました」

 眉間を歪ませながら、レミリアが呟いた。

「反対していた?」
「はい。最初は本当に魔力増幅理論の立証だとラボ全員が思っていました。でも途中から……」
「ヤニス氏が気づいたのですね?」
「ええ。ヤニス副主任は研究を止めたがっていました」

 この研究室の一番上である亡くなった副主任ヤニス・アレクス。
 責任者の立場である人間が止めたがる研究だったということだ。

「――これじゃ魔力を制御できない。必ず暴走する。つまりは……」
「つまりは……?」

 カイが核心に迫ると、研究員の3人全員が身体を硬直させた。

「――兵器利用。それもかなり危険な……」

 ミュヨンでさえ、カイに呑まれるように凍りついた。

(監査局の目さえすり抜けて、ここまでリスクの高い研究が進められていたなんて……)

 王国魔術監査局は魔術を使い、一国を揺るがすような強大な力を持ち合わせることができうる王立魔術師団の抑止力にならなければいけない機関。
 責任感の高い監査局員のミュヨンは歯噛みした。

「……ヤニス副主任はヴァル団長に何度も掛け合っていました。時に声を荒げる時もあって、ヤニス副主任にしては珍しいと……」

 レミリアは顔を上げないまま、言葉を紡ぐ。
 亡くなったヤニス・アレクスが何度も確認していた魔力測定記録ノート。
 誰よりもいち早く、この研究の真の目的に気がついたヤニス・アレクス。
 そして、亡くなってしまったあの日、結界実験室で行われていた実験……。

「監査官さん」
「はい」
「第一発見者の助手」
「ルーレンさんのことですか?」
「そう。監査官さんに惚れたあの男」
「……」

(こんなに深刻な時にも、何でこの男だけは涼しげなの?)

 ミュヨンはカイのふざけた部分だけはスルーして、耳を傾けていた。

「実験終了時刻を覚えてた?」
「研究助手ですから当然でしょう」
「そう。けど、外部観測装置を確認するまで、どのくらい時間が空いてた?」

 ミュヨンはハッと息を呑む。
 結界実験室の入室ログを確認する。

 17:57 ヤニス
 19:26 ボルトラ
 19:26 レミリア
 19:26 ルーレン

 第一発見者のルーレンは実験終了時刻の19時を迎えてもヤニスが結界実験室から出てこないために、外部観測装置で中の様子を確認し、異変に気がついた。
 そして研究員2名を呼び管理権限で結界を外部解除して入室した。
 その発言と入室ログに相違はない。

「その前に誰も気づかなかった?」

 研究室の空気はますます重くなる。

「どなたかルーレンさんを呼んできていただけないでしょうか?」

 ミュヨンが呼びかけると、

「……私が行ってきます」

 レミリアが片手を上げて、退室して行った。
 実験終了予定時刻から実際に解除されるまでの約20分のタイムラグ。

(不自然とまではいかないけれど、念のためにもう一回、確認しておいたほうがいいかもしれない) 

 ルーレンの到着を待っている間、ミュヨンはホワイトボードの式を視線でなぞっているカイを見つめていた。

(私が1人で調査していたら、研究の内容にまで踏み込めていたかしら……)

 軽い態度だけど、全てを見透かしてしまうような蒼と金のオッドアイを持つ国家指定魔術師。
 認識の一致により、非公式で行動を共にすることになったカイ。
 一見、軽薄に見えるカイに心強さを感じているのをミュヨンは自覚していた。

「監査官さん。そんなに熱い目で見つめられると照れるんだけど」