「意図的に間違えた……ということでしょうか?」
「――だろうね。メッセージとか」
「誰に対して……ですか?」
「俺と監査官さん」
隣のカイはミュヨンを高い位置から見下ろし、口角を上げた。
しばらく黙って、カイのオッドアイの双眸を見上げていたミュヨン。
カイの口調は軽いのに不思議と説得力が宿っている。
(私とカイさんかは置いておいても、誰かに真相に気づいてほしかったメッセージだとしたら……)
「研究に見せかけて……ということですか?」
「そ。気づかれないように日常に紛れ込ませてね。研究者ならではの方法」
「そんな方法が……」
ミュヨンが納得しかけた時、研究室の扉が開かれた。
レミリアに続いて入ってきたのはやや年配の研究員だった。
見た目は四十代半ばほど、亡くなったヤニス・アレクスと年齢が近そうだ。
丸めがねをかけ、くたびれた白衣を羽織っている。
髪はやや乱れ、身なりに構っている様子は見受けられなかった。
「こちらが同じ研究室のマイロさんです」
「研究員のマイロです」
レミリアに紹介されたマイロの声はぼそぼそとしていて、耳を澄まさなければ聴き取れなさそうだ。
「監査官のミュヨン・ハートレットです。貴重なお時間ありがとうございます」
ミュヨンは儀式的に監査官の証明である手帳を見せ、マイロに一礼した。
「結界実験室はそのままなのでしょうか……?」
ミュヨンから質問しようとした矢先、マイロのほうから先に問いかけられた。
「はい。現場保存が基本ですので。ヤニス氏の遺体のみ運ばれています」
「……そうですよね……」
マイロの表情が曇る。
他の研究員ボルトラやレミリア、助手のルーレンには見られなかった反応だった。
「最近のヤニス氏はどんなご様子でしたでしょうか?」
「……落ち着いていました」
「落ち着いて?」
これも他の研究員の発言とは相違があった。
苛々していた。
焦っていた。
厳しかった。
そんな発言が繰り返されてきていたからだ。
「研究は難航していましたが、ヤニスは……ヤニス副主任は冷静だったと思います」
「焦っていたようには見受けられませんでしたか?」
「研究ではなく、別のことでは確かに焦りといいますか、浮足立っていたように感じました」
「別のこととは?」
「――ヴァル団長です」
メモをとっていたミュヨンのペン先が止まった。
再び耳にすることになった王立魔術師団のトップであるヴァレリウス・グレイストン――その名前。
「団長が最近、この研究室に頻繁に来ていたとお聞きしました」
「ええ。何度も」
「へえ。それはどのくらい?」
机に手をのせて、カイが身を乗り出してマイロへと疑問を投げる。
「平均して二、三日に一度は来ていたように思います」
「それは……多いですね」
ミュヨンは思わず顔を顰める。
王立魔術師団の団長ともあろう人物が頻繁に小さな研究チームの元を訪れていた。
こんなに不自然なことはない。
「視察という形でしょうか?」
「視察ではなく進捗確認のようです」
「わざわざ団長が出向いてまでですか?」
「――圧、かけにきてたんでしょ?」
ミュヨンとマイロのやり取りにカイが加わる。
(また、この表情……)
美しいオッドアイをたたえた切れ長の双眸を意味深げに細めて、口角をつり上げる。
(悪巧みを考えていそうな、全てを見透かしていそうな、どこまでも深みにはまりそうな……)
「はい。頻度的にもプレッシャーと感じられても仕方ないと思います」
マイロは否定しなかった。
「ヤニス副主任は団長が帰宅した後は必ず魔力測定記録ノートを念入りに確認していました」
「念入りに……ですか?」
「はい。何度もです。周りから見たら少し怖いほどに同じ数値を何度も……」
カイはヤニス・アレクスが使っていたデスクへとゆったり足を運び、ノートを手にとる。
黙したまま眺めているカイの傍へとミュヨンも近づいた。
「監査官さん」
「はい」
「やっぱり、これ普通じゃない」
「どういう意味でしょうか?」
聞き返したミュヨンに答えないまま、カイはホワイトボードとノートを交互に確認していた。
「ここで研究してたの魔力増幅だけじゃないんじゃない?」
カイの一言に研究室全体が震えたのをミュヨンは感じた。
「魔力増幅だけじゃないって……?」
「んー」
もったいぶるようにカイは言葉を溜める。
ミュヨンの背筋にもゾクゾクッと嫌な感覚が走っていた。
「――軍事研究ってやつ」
研究室全体が完全に凍りついた。
圧倒的な沈黙。
誰も口を開かない。
開けないと表現したほうが正しいのか、ミュヨンも肺の辺りに息苦しさを感じてきていた。
(この研究室に、まだ何が隠されているのだろう……)
そこに迫るのがミュヨンの職務であると気を引き締め直す。
「この研究室の研究の目的について、お聞かせください」
「――だろうね。メッセージとか」
「誰に対して……ですか?」
「俺と監査官さん」
隣のカイはミュヨンを高い位置から見下ろし、口角を上げた。
しばらく黙って、カイのオッドアイの双眸を見上げていたミュヨン。
カイの口調は軽いのに不思議と説得力が宿っている。
(私とカイさんかは置いておいても、誰かに真相に気づいてほしかったメッセージだとしたら……)
「研究に見せかけて……ということですか?」
「そ。気づかれないように日常に紛れ込ませてね。研究者ならではの方法」
「そんな方法が……」
ミュヨンが納得しかけた時、研究室の扉が開かれた。
レミリアに続いて入ってきたのはやや年配の研究員だった。
見た目は四十代半ばほど、亡くなったヤニス・アレクスと年齢が近そうだ。
丸めがねをかけ、くたびれた白衣を羽織っている。
髪はやや乱れ、身なりに構っている様子は見受けられなかった。
「こちらが同じ研究室のマイロさんです」
「研究員のマイロです」
レミリアに紹介されたマイロの声はぼそぼそとしていて、耳を澄まさなければ聴き取れなさそうだ。
「監査官のミュヨン・ハートレットです。貴重なお時間ありがとうございます」
ミュヨンは儀式的に監査官の証明である手帳を見せ、マイロに一礼した。
「結界実験室はそのままなのでしょうか……?」
ミュヨンから質問しようとした矢先、マイロのほうから先に問いかけられた。
「はい。現場保存が基本ですので。ヤニス氏の遺体のみ運ばれています」
「……そうですよね……」
マイロの表情が曇る。
他の研究員ボルトラやレミリア、助手のルーレンには見られなかった反応だった。
「最近のヤニス氏はどんなご様子でしたでしょうか?」
「……落ち着いていました」
「落ち着いて?」
これも他の研究員の発言とは相違があった。
苛々していた。
焦っていた。
厳しかった。
そんな発言が繰り返されてきていたからだ。
「研究は難航していましたが、ヤニスは……ヤニス副主任は冷静だったと思います」
「焦っていたようには見受けられませんでしたか?」
「研究ではなく、別のことでは確かに焦りといいますか、浮足立っていたように感じました」
「別のこととは?」
「――ヴァル団長です」
メモをとっていたミュヨンのペン先が止まった。
再び耳にすることになった王立魔術師団のトップであるヴァレリウス・グレイストン――その名前。
「団長が最近、この研究室に頻繁に来ていたとお聞きしました」
「ええ。何度も」
「へえ。それはどのくらい?」
机に手をのせて、カイが身を乗り出してマイロへと疑問を投げる。
「平均して二、三日に一度は来ていたように思います」
「それは……多いですね」
ミュヨンは思わず顔を顰める。
王立魔術師団の団長ともあろう人物が頻繁に小さな研究チームの元を訪れていた。
こんなに不自然なことはない。
「視察という形でしょうか?」
「視察ではなく進捗確認のようです」
「わざわざ団長が出向いてまでですか?」
「――圧、かけにきてたんでしょ?」
ミュヨンとマイロのやり取りにカイが加わる。
(また、この表情……)
美しいオッドアイをたたえた切れ長の双眸を意味深げに細めて、口角をつり上げる。
(悪巧みを考えていそうな、全てを見透かしていそうな、どこまでも深みにはまりそうな……)
「はい。頻度的にもプレッシャーと感じられても仕方ないと思います」
マイロは否定しなかった。
「ヤニス副主任は団長が帰宅した後は必ず魔力測定記録ノートを念入りに確認していました」
「念入りに……ですか?」
「はい。何度もです。周りから見たら少し怖いほどに同じ数値を何度も……」
カイはヤニス・アレクスが使っていたデスクへとゆったり足を運び、ノートを手にとる。
黙したまま眺めているカイの傍へとミュヨンも近づいた。
「監査官さん」
「はい」
「やっぱり、これ普通じゃない」
「どういう意味でしょうか?」
聞き返したミュヨンに答えないまま、カイはホワイトボードとノートを交互に確認していた。
「ここで研究してたの魔力増幅だけじゃないんじゃない?」
カイの一言に研究室全体が震えたのをミュヨンは感じた。
「魔力増幅だけじゃないって……?」
「んー」
もったいぶるようにカイは言葉を溜める。
ミュヨンの背筋にもゾクゾクッと嫌な感覚が走っていた。
「――軍事研究ってやつ」
研究室全体が完全に凍りついた。
圧倒的な沈黙。
誰も口を開かない。
開けないと表現したほうが正しいのか、ミュヨンも肺の辺りに息苦しさを感じてきていた。
(この研究室に、まだ何が隠されているのだろう……)
そこに迫るのがミュヨンの職務であると気を引き締め直す。
「この研究室の研究の目的について、お聞かせください」



