一軍男子が僕を神絵師と崇めてくる

 僕はずっと上の空だった。だけど芳賀くんがそれを許してくれなかった。

 昼休みには「一緒に食べよう」と机をくっつけてくるし、それにくっついてクラスの一軍陽キャ軍団も数人一緒に机をくっつけてきた。
 実際に話してみて分かったのは、彼らは決してこちらを攻撃するつもりはないということだ。

 ただ、ちょっと無関心なだけで。

「海斗、今日のカラオケ来るだろ?」
「うーん……やっぱり、どうしよっかな。あんまり俺がいっぱい行くと、ありがたみが薄れるだろ」
「友達にそんなありがたみなんか、求めてねえって」

 けらけら笑っている男子は斎藤くん。盛り上げ役らしく、笑顔とおしゃべりを振りまいている。

 ときどき僕の方を見て話を振ってくれていたけど、僕の返事がたどたどしいせいか、もう振ってくれなくなった。
 僕は黙々と白米をかきこむ。おばあちゃんが漬けて送ってくれたこの梅干しがあれば、いくらでもいける。

 やいやいと騒ぐ一軍どもをしり目におかずもかきこんで、そそくさと弁当箱をしまった。きゅっと巾着をしぼって手を合わせ、「ごちそうさま」と呟く。
 そのままフェードアウトしようと立ち上がった。図書室に行って時間を潰そう……。

 すると芳賀くんは食べていたサンドイッチを口へ押し込み、立ち上がった。何か用事でもあるんだろうか。僕には関係ないけど……。

「あれ、海斗どっか行くん」
「うん。ちょっと」

 あいまいに濁す芳賀くんをよそに、僕は階段を上っていく。芳賀くんも階段を上ってくる気配がした。
 三階にある図書室までたどり着くと、芳賀くんの気配がひたりとすぐ後ろへとついた。

 これはもう、勘違いとかではない。

「あのぉ」

 おずおずと振り向くと、「どうかした?」と芳賀くんは首を傾げる。
 僕はひとまず扉を閉めて、図書室の中へと入った。

「何か用?」

 思い切って切り出すと、芳賀くんは頷いた。

「ゴールデンエッジの話がしたかったんだ」
「なるほど?」

 つまりオタク話がしたかったんだろうか。あの芳賀くんが、僕と?
 頭が一瞬混乱するけど、それを飲みこんで尋ねる。

「えっと……今やってるイベントのストーリー、読んだ?」

 今開催中の季節限定イベントでは、主人公の新衣装に加えてライバルキャラの新カード実装など、推しカプの供給が盛りだくさんだった。
 芳賀くんは「そうそう」と少し前のめりになる。
 そこから先、僕たちが意気投合するのはあっという間だった。気づけば予鈴が鳴って、僕たちははっと天井を見上げる。

「盛り上がりすぎちゃったね」

 僕が呟くと、芳賀くんはそわそわとした様子で身体を少し屈めた。頭半分くらい高さの違う目線が、ぴたりと合う。

「放課後も話したい。どっか行こうよ」

 イケメンの、上目遣いの、おねだり。
 僕は気づけば「うん」とうなずいていた。

 そこからもやっぱり上の空だった。六限目が終わって、ホームルームも終わる。いざ帰ろうとリュックを背負ったとき、芳賀くんが僕の手首を引いた。

「行こう、吉田」

 その声が何とも言えず甘ったるくて、「ひゃい」と気の抜けた返事をしてしまった。
 クラス中があっけにとられているのが分かる。分かるよ、芳賀くんみたいな圧倒的強者が僕みたいなじめじめした陰キャを引きずっていったら事件性を感じるよな。だけど大丈夫、これはちゃんと合意だから……。
 そんなことをつらつらと考えながら手を引かれた。

「あれーっ! カラオケは?」
「今日はパス!」

 そんなやり取りも聞こえた。
 長い廊下を歩き、階段を下り、下駄箱で手が離れてはっとする。ぼーっとしている場合じゃない。
 芳賀くんはスニーカーに履き替えている。僕もローファーへ履き替えながら、「どこに行くの」と尋ねた。

「ゲーセン。今、ゴールデンエッジのクレーンゲームやってるじゃん。やっぱあのゲーム知ってる奴とじゃないと、やってもいまいちつまんなくてさ」

 そう照れたように言って、芳賀くんは踵をスニーカーへおさめた。僕もローファーの踵で床を叩いて、「なるほど」と分かったような返事をする。
 やたらとグイグイ来るけど、これが陽キャの距離感なのか。

 僕は誘われるままに学校を出て、電車に乗り、ゲーセンへと向かった。
 駅前のゲーセンには、僕たちと同じように学校帰りだろう学生の姿がたくさんあった。アクリル板の押し扉を開けて、中へ一歩足を踏み入れた瞬間、鳴り響く大音量の音楽や効果音。こんな大きな音、滅多に聞かない。慣れない空気に若干怯えつつ、芳賀くんについていく。ビビッドな筐体の色合いと、びかびか光る照明だけで気絶しそうだ。

 ゴールデンエッジのクレーンゲームは、三台設置されていた。主人公とライバルのぬいぐるみが一緒の台に入っていて、思わず「はわ」と間抜けな声が漏れる。

「す、すごい。推しカプだ」
「うん。やろっか」

 芳賀くんは周りの音にかき消されないくらいの大きな声で言って、腕まくりをした。ためらいなく筐体へ百円玉を台へ入れる。その動きに、僕は釘付けになってしまった。こういう自分のやったことないことをさらりと慣れた様子でやるのって、かっこいいよな……。今度イラストのネタにしよう。

 そして芳賀くんはといえば、慣れた手つきでレバーを操作して、クレーンを横に、縦に動かす。その動作の巧みさと、なかなか取れないもどかしさに、僕は気づけば夢中になって応援していた。

「引っかかった! がんばれ、がんばれ……ああっ!」

 もう何度目かの挑戦で、主人公のぬいぐるみが穴の淵に引っかかる。次で取れそうだ。
 どきどきしながら見守っていると、ふと芳賀がこちらを見た。

「吉田。やってみる?」
「えっ、僕が? はじめてなんだけど、大丈夫かな」

 思わず理由もなく辺りを見渡す。芳賀は「何も心配することなんかないのに」と笑った。

「取れなかったら俺が代わりにやったげる。ほら、やってみろよ」

 誘われるままに、僕も百円玉を台へ入れる。レバーを握ると、すぐ横に芳賀くんが立った。
 距離が近い。ぬくもりどころか吐息すら感じる。

「レバーはこうやって……うん、この辺り」

 とはいえ、指示してくれるのはありがたい。僕はぎこちないながらもレバーを操作して、ぬいぐるみの頭についたフープを引っ掛けることに成功した。

「あ、あ、いける……いける」

 これは嬉しい。僕は思わず上ずった声を上げて、拳をぎゅっと握った。
 じっと見守っていると、どすんと音を立てて、ぬいぐるみが取り出し口へ落ちる。僕は歓声をあげて、推しのぬいぐるみを取り上げた。

「やったぁ! すごいね、芳賀くん!」

 年甲斐もなくぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだ。はしゃぐ僕とは裏腹に、芳賀くんはじっと僕を見下ろしている。
 僕はだんだん、はしゃいでいるのが恥ずかしくなった。ぬいぐるみで顔の下半分を隠して、「ごめん」と謝る。

「なんで?」

 少し驚いた様子の芳賀くんに、「僕だけはしゃいじゃった」と返事をした。ぬいぐるみを小脇に抱きかかえながら、また百円玉を取り出す。

「つ、次は、僕がとるから」

 そしてライバルキャラのぬいぐるみを指さす。芳賀くんはきゅうと目を細めて、「いいのに」と笑った。

「吉田、初心者じゃん。俺がとってあげるよ」
「いい。それはなんか、芳賀くんが僕にしてくれたことに対して、フェアじゃない気がする」

 さっき、芳賀くんはクレーンゲームをやったことがない僕を気遣ってくれた。
 だったら同じことができなくても、僕も僕なりのお返しがしたい。

「やるぞ!」

 拳を天へ突きあげる僕をよそに、芳賀くんはじっと僕を見つめていた。
 そして案の定、僕はクレーンゲームへ惨敗した。

「ぐ、ぐうう」

 ぬいぐるみを引っ掛けるところまではいけるけど、途中でフープが外れて落ちる。ぬいぐるみは左右、奥と手前をぐるぐる移動するだけで、全然取り出し口へ落ちてこない。
 とうとう、僕のお小遣いも尽きてしまった。

「ごめん。取れなかった」

 ぐう、と頭をさげる。芳賀くんは黙って台へお金を入れて、クレーンを操作する。
 そしてあっさり、ライバルキャラのぬいぐるみを取ってしまった。

「すごい」

 思わず感動の声を上げると、芳賀くんは照れたように目を伏せる。

「別に、これくらい。……あげようか?」

 そう言って、芳賀くんはライバルキャラのぬいぐるみを差し出してくる。僕は慌てて首を横に振った。

「それを取ったのは芳賀くんだよ。芳賀くんのものだ」
「でも、俺が取れたのは、吉田があそこまで移動させてくれたおかげだよ」

 そっか、と頷く。口元がゆるんでいるのが、自分でも分かる。

「……じゃあ、そのぬいは芳賀くんにあげる。それでこの子は、僕にちょうだい」

 そう言って、抱えたままだった主人公のぬいぐるみを抱きかかえる。懐へすっぽり収まる手頃さがちょうどいい。

「いいの?」

 芳賀くんは目を丸くしているけれど、僕はそれがいいと思った。
 頷くと、芳賀くんは「そういうことなら」と、大きな手でぎこちなくぬいぐるみを抱きしめた。お尻を掌で支えてあげていて、優しい抱きしめ方だ。

「……大切にする」
「うん」

 僕としても、このぬいぐるみは大切にしたいと思った。
 だって……友達が、僕のために取ってくれたものだから。
 僕と芳賀くんって、きっと友達だ。