8年後の告白

あの日、あの道を歩いたのは、偶然じゃない。
川沿いの道を舞う桜がやけに懐かしくて、ふと思い出して向かった場所だった。

「ここ、まだ変わってないな・・」

独り言のようにつぶやいていた。そのときだった。
ベンチに座る人影が目に入る。髪が揺れて、横顔が見えた瞬間、時が止まった気がした。

ーー桜井 奏

まさか、とは思った。
でも、近づくにつれて確信に変わっていく。
八年という時間が流れても、記憶の中の彼女はちゃんとそこにいた。

「・・・奏?」

声に出してしまったのは、ほとんど無意識だった。

帰宅後、机の引き出しを開けた。一番奥、何年も触れていなかった封筒が、そこにある。
白い封筒。差出人の名前は書かれていない。けれど、見覚えのある丸い文字の「藤原 慶」の宛名だけが、静かに残っている。

八年前、卒業式の翌朝、靴箱の中に入っていた手紙。

だけど、あの日からコロナで学校閉鎖され、返事どころか、誰にろくに会えないまま、春が終わった。

開けられなかった。

自分宛の 想い だとわかっていたからこそ、怖くなった。
読むことが、向き合うことになってしまいそうで。
そのまま、日常が流れ出して、大学にいって、社会人になって、恋愛も、仕事も、生活もそれなりにこなして。

でも、引き出しの奥のこの手紙だけは、ずっと、置き去りのままだった。

「・・俺、あのとき、逃げたんだよな。」

封筒の上からそっと触れる。

「今なら、読める気がして」

けれど、もう一度ためらって、指を止める。

手紙を読んでしまったら、あの八年間を、きちんと悔やまなきゃいけなくなる気がした。

何も返せなかったこと。

気づいていたのに、しらないふりをしたこと。 

そして、いま目の前に現れた彼女が、あの日のまま、止まっていたように見えたこと。

スマホの通知が光る。

ただの広告。でも、その光に背中を押されたような気がして、連絡先を開いてみる。連絡先の中には「桜井 奏」の名前が、まだ残っていた。 
けれど、親指が宙で止まる。

ー久しぶり、元気? 

たったそれだけの言葉すら、遅れなかった八年が画面越しにのしかかってくる。

「もう一度、ちゃんと話したい」

誰に言うでもなくつぶやいて、スマホをそっと伏せた。
部屋の隅に置かれた封筒は、まだ開けられずに、だけどもう、そこに手を伸ばす準備だけは出来ていた。