8年後の告白

「...じゃあ、また」

そう言って、慶は少しだけ笑って手を振った。川沿いの小道を、背中を丸めず、どこか軽やかな足取りで歩き出す。

奏は、その背中を見つめたまま、動けなかった。桜の花びらが風に乗って、ひらひらと舞い落ちる。

「また、って」

小さくつぶやいた声は誰にも聞こえない。

〔また〕 は、いつ?

もう二度と会わないかもしれない相手に、そんな言葉を残すなんて。彼は、あの日もきっと、そうやって何も言わずに、ただ通り過ぎたんだ。

奏は深く息を吸い込んだ。少しだけ、胸が痛い。

ベンチに座りなおし、バックの中から、ペットボトルを取り出して一口飲む。喉に流れていく冷たさが、妙に遠く感じられた。

家に帰ると、空気は外よりも静かだった。カーテンを閉める気力もなく、薄暗いリビングのソファに体を沈める。

しばらく、何も考えれなかった。目を閉じると、さっきの光景が脳裏に浮かぶ。
慶の顔。あの声。

「・・・奏?」

その一言が、胸の奥を確かに揺らした。でも、すぐにこみあげてきたのは、八年前の記憶だった。
あの日、私は手紙を書いた。

卒業式の前日、夜遅くまで机に向かって、言葉を選びながら。

<好きです。よかったら、卒業してもまた話せたらうれしいです>

文字は震えていた。便箋に涙は落とさなかったけど、手は震えていた。返事も来るか分からないまま、次の日の朝、下駄箱にそっと入れた。

だけど、その日を最後に、学校は休校になった。
コロナが一気に広がって、卒業式は中止。皆とはLINEでかるくやりとりしただけで、別れを言う機会もなかった。
当然、彼からの返事も来なかった。

「・・・返事ほしかったな」

声に出してみたけれど、それはもう誰にも届かない。本当に、手紙は読んでもらえたんだろうか。そもそも、あのときの自分の気持ちって、ちゃんと伝わっていたのかな。

分からない、何も。 

ただ八年たってもこんなにも覚えていて、会った瞬間に心が波立ったことだけは事実だった。

奏はそっと目を閉じた。 

返事のなかった手紙。
あの春が、まだどこかに取り残されたままのような気がしてならなかった。