8年後の告白

春の風が、川の水面をやわらかになでている。
ゆっくりと舞い落ちる桜の花びらが、風に乗って奏の肩に触れる。

土手沿いのこの道は、地元の人が少なく、ひっそりしている。
高校のとき、何度もこの道を歩いた。友達と笑いながら帰った日もあれば、ひとりで涙をこらえながら歩いた日もあった。

今日も、診察の帰りに、ふと思い立ってここに来た。歩くときは、何も考えないようにしている。でも、風が吹くたび、どこかにおいてきたはずの記憶が呼び起こされる。

奏は川沿いのベンチに腰を下ろした。遠くで子供たちの笑い声がする。犬の散歩をしている人。
そんな日常の風景の中に、彼がいた。

最初は、ただ背の高い男の人が歩いてくるだけだと思った。でも、その顔が近づくにつれて、時間がゆっくりと逆再生していく。
黒いジャケットにスニーカー、歩き方の癖、手の位置。
変わったところもあるのに、変わっていない何かが、確かにそこにあった。

藤原慶

八年前、最後に思いを伝えた相手。返事がくることはなかった。でも、待っていた、ずっと。
目が合った瞬間、彼の足が止まった。驚いたように、目を見開く、そして、一歩、近づく。

「...奏?」

その声に、風が止まったような気がした。耳に届いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。 

奏は、うまく笑えなかった。それでも、なんとか頷く。

「...久しぶり」

目の前に立つ彼は、思っていたよりも大人になっていた。でも、声はあの頃と同じで、優しく、まっすぐだった。

「本当に、久しぶりだな...こんなところで会うなんて」

彼がそう言って、少しだけ照れくさそうに笑ったとき、八年という時間が、少しだけ現実味を帯びた。

でも、あのときの言葉は、まだ口に出来なかった。

「--どうして、返事くれなかったの?」 

その問いは、、まだ喉の奥で揺れている。