俺のたまんなく可愛い後輩の朝日奈くんは、猫を描く

[ゆづき:おはよ!今日一緒に学食行かないか?]7:58
[くつした:はい]8:25
[ゆづき:学食の入口のトコで待ってるから!]8:51
[くつした:はい]8:59

チャットアプリを見返して、崩れそうな表情を清純に保つ。
今日も学食は盛況で、様々な学年の生徒たちが行き来していた。
食堂の入口できょろきょろと探し人を求めていると、目的のミルクティー色の頭が目に入る。

「アサヒナくん!」
「……どうも」

手を振って声をかけると、こちらに気づいた彼は俺の前で立ち止まった。
その姿に驚く。
アサヒナくんは、ベージュ色のスモックに、すっぽりと覆われていたのだ!
ブカブカのそれはやけに可愛く見えて、口元がにこにこしてしまう。

「可愛いの着てるね」
「……ああ、これですか? さっきまでデッサンの授業だったんです」
「アサヒナくんって、美術科?」
「はい」

俺自身はあまり関わりがないけど、この学校には美術科もあるし、体育科もある。俺は普通科だ。
なにやら大会とかコンクールとかの云々かんぬんで、よく校舎に垂れ幕がかかっている。
こくりと頷くアサヒナくんは、よく見れば手元が黒く汚れているし、ほっぺにも黒いなにかで擦ったあとがある。
親指の腹でアサヒナくんのほっぺをぐりぐり擦ると、白い肌は赤くなってしまった。

「ごめん、赤くなっちゃった。黒いのがついてたから」
「……いつか刺されますよ、先輩」
「なんで??????」

アサヒナくんの評価はよくわからないが、時間は有限だ。
小柄を促して食堂の列に並ぶと、アサヒナくんは俺の横にちょんと立った。
そういえば、彼は小さなカバンを持っている。

「アサヒナくんは、注文しないのか?」
「ぼくはこれがあるので」
「……アサヒナくんって、俺と同じ男子高校生だよな?」
「そうですけど」

アサヒナくんは不思議そうだけど、俺も不思議でたまらない。
勝手な偏見だが、彼の示すカバンは、オフィス勤務のお姉様方が持ってそうなサイズに思える。
アサヒナくん、それで本当にお腹が満たされるの????? 俺、それに追加で大盛りのカレー食べられるけど??????

「先輩、ぼく、まだ課題が終わっていないので、30分になったら戻ります」
「ええ!? 休憩時間なのに、休憩しないのか!?」
「時間がたりないので」

小さく答えるアサヒナくんに、お兄さんはびっくりだ。
確かに時間は有限だけど、俺は遊ぶ時間を確保するために時間を調整している。
けれど、アサヒナくんは課題をこなすために時間を使っているので、有意義さがまるで違う。
俺より年下でこんなにか弱そうなのに、俺より大人な考えに衝撃を受けた。

「……アサヒナくんって、どんな絵描くの?」
「今ですか? 石膏像ですよ。第2美術室に並んでる」
「せっこうぞう????」
「これです」
「夜に動きそう……」

アサヒナくんが見せてくれたスマホに映った、胸から上を象った生白い人物に、ホラーゲームで鍛えた感性が感想を漏らす。
きょとんと瞬いたアサヒナくんは、片手で口元を覆って笑い出した。

「あははっ、動きそうって、……ふふっ」
「そんなに笑う?????」
「いえ、失礼……んふふっ」
「だって動きそうじゃん? 目がビカって光って、首がギコギコって!」
「あはははっ! だったらもっと描きやすいポーズをお願いしますよ!」

コロコロ笑うアサヒナくんを従え、厨房のマダムにとんかつ定食を注文する。
目尻に涙を溜める彼は、相当ツボにハマったらしい。俺が言い募る度に、どこか上品に笑った。
その笑い方ひとつ取っても、今まで接したことのないタイプなのだから、俺も気分が上を向く。
有り体に言えば、たまらなく可愛い後輩に懐いてもらえて、ご機嫌というわけだ。
定食の乗ったトレイを抱える俺の後ろにアサヒナくんがいることを確認して、いつメンを探す。
テーブル席を陣取る彼らを見つけて手を振ると、東雲が手を振り返した。

「佑月、遅かったな! そっちは?」
「ふふん。俺の可愛い後輩、アサヒナくんだ!」

三人のテーブルへトレイを置いて、アサヒナくんを手で指し示す。
僅かに身を竦ませたアサヒナくんは、ぺこりと頭を下げた。

「……朝日奈です」
「あ、コバタの子じゃん」
「マジか! きみ美術科? 一緒の学校だったんか! 佑月と電話したん!?」
「飢える狼たちよ、アサヒナくんはキミたちと違って初々しいんだ。身の程をわきまえよ」
「誰よりもわきまえるの、お前じゃね?」

失礼な一言に噛みつきながら、椅子に座る。
動く様子のないアサヒナくんを見上げると、戸惑った顔をしていた。

「……ご一緒してもいいんですか?」
「え? うん、ほら座って!」
「……失礼します」

どこかぎこちなく答えたアサヒナくんが、椅子を引く。
小さなカバンから取り出されたのは、ラップに包まれたおにぎりで、彼の少食具合が心配になった。

「……アサヒナくん、そんだけ?」
「これなら作業中でも食べられるので」
「とんかつ一個いる?」
「結構です」

ちびちびおにぎりを食べ始めたアサヒナくんに、飢えた狼もとい、友人たちは興味津々だ。

「朝日奈くん、おれ吉野!」
「存じてます」
「存じてるの!?」
「聞いて驚け。……俺たちは、コバタの夕方スタッフたちにマークされてる」
「マジで!?」

俺の発したリーク情報に、テーブルを衝撃が走る。

「ま、まさか、オレの考案した必殺ドリンクも……!?」
「コーヒースカッシュのことですか?」
「名前まで割れてる!!」
「じゃあ俺の……」
「バニラアイスをご注文の、クリームコーラですね」
「知られてた!!!!」

震え上がって羞恥に悶える面々を眺めながら、しめしめとひとりほくそ笑む。
俺も土曜日にその衝撃を受けたからな! 全員味わってこそフェアってもんよ!!

しばらく談笑しながら食事をしていると、ちらりと腕時計を一瞥したアサヒナくんが、いそいそとラップを戻す。
慌てたように立ち上がった彼は、ぺこりと頭を下げた。

「すみません。課題が終わっていないので、失礼します」
「えっ、もう!?」

壁の時計を振りあおぐ。文字盤は、アサヒナくんの指定していた30分よりも手前だった。
そんな! まだ10分くらいあるじゃん!!
今にも立ち去りそうな少年を、慌てて呼び止める。

「アサヒナくん、放課後教室行っていい!?」
「それは……」

こちらを見下ろした彼は、とても微妙そうな顔をしていて、難しそうに悩んでしまった。

「……きっと巣箱をひっくり返したスナネズミみたいになってしまうので、ぼくがそちらへ伺います」
「スナネズミ??????」
「それでは、失礼します」

もう一度ぺこりと頭を下げ、小走りでアサヒナくんは食堂を立ち去ってしまう。
人混みに消えた後ろ姿に物足りない心地へ陥って、どことなくつまらない心情で定食へ向き直った。

「確かにオレらにはない初々しさだったな」
「言葉遣い丁寧すぎん? 俺、伺いますなんて言ったことないわぁ」
「おれ、今度から品行方正に行く……」
「そうだぞ。悔い改めるんだぞ」
「お前もだからな?」

いつもの友人たちの軽口も楽しいはずなのに、やっぱりどこか物足りない。
急に味気なく感じるとんかつを、大口を開けて一齧りした。