「まず、謝罪させてください」
「んぇ?」
切り分けたハンバーグを口へ運ぼうとした俺へ、背筋を正したアサヒナくんが頭を下げる。
「ひとつめ。昨日、不躾に番号を渡したこと」
「めちゃくちゃ情熱的で、うれしかったけど……」
「ぐっ。ふたつめ、エアドロ事故で写真を送ってしまったこと」
「かわいい写真だったよな! ネコチャンなんて名前?」
「……くつした、です」
「ネコチャンくつしたっていうの?????」
思いもよらぬ突飛な名前に、びっくりして聞き返す。
恥入るように目元を染めていたアサヒナくんは、鋭い眼光でこちらを睨めつけた。
「うちのくつしたが、なにか?」
「個性的な名前だな……」
「靴下履いてるので」
「……ほんとだ。白ソックスじゃん」
スマホを出して、写真を確認する。
ふてぶてしい顔のネコチャンは、前足も後ろ足も白い毛並みに覆われていた。
しましまの毛並みとの境目が、確かにハイソックスみたいに見える。
かわいらしい発見に、にこにこしていると、顔を真っ赤にさせたアサヒナくんが身を乗り出した。
「あのっ、……その写真、消してください……ッ」
「え? こんなにかわいいのに?」
「そのっ、本当に事故だったんです!」
可哀想なくらい頬を赤くさせたアサヒナくんは、これまでの無表情を崩して、頼りなさげに眉を下げていた。
おろおろと伸ばした手を彷徨わせて、膝の上へ戻してしまう。
——その仕草がたまらなく、本当にたまらなく心をくすぐった。
年下の男の子なのに、口の中にいれたいような、可愛くって構い倒したくて、うずうずしてしまう心地だ。
アサヒナくんは俯いてしまって、旋毛しか見せてくれない。
「……本当はあの日、友人に課題のリストを送ろうとしたんです」
アサヒナくんいわく——
俺たちと同時刻に学食に来ていたアサヒナくんは、友人が次回の課題をメモするのを忘れたとのことで、アサヒナくんが写した課題リストの画像を送ることにしたそうだ。
アサヒナくんはエアドロを繋いで、その友人が隣にいるからと、疑いもなく最初に表示されたアイコンをタップした。
しかし友人へ送信した旨を伝えたが、友人に写メは届いていない。
慌てたアサヒナくんは改めてアイコンを確認するが、そのときには無数のアイコンが表示され、誰へ送ったのかわからなくなったらしい。
けれども、送ったものは課題リストだから大丈夫……と画面を確認すれば、アサヒナくんが選択していたのは課題リストの隣にあった、愛猫くつしたの爪切り写真だった。
アサヒナくんは血の気が引いた。見ず知らずの他人に、自分のネコチャンと、自分が写った写真を送ってしまったのだと。
食堂内を見回しても、耳を澄ませても、ガヤガヤと賑やかなホールでは誰に写真を送ったのかわからない。
——終わった。自分の写真を送りつける変質者になってしまった。
アサヒナくんは絶望したそうだ。
「——ですから、まさか誤送信した相手に顔を覚えられてるなんて思わず、写真ごと記憶を消してほしいんです!」
切々と語ったアサヒナくんは、告解室で懺悔している聖職者のように、細い肩を縮めている。
目元は赤いし、表情は泣きそうだし、声はか細く震えてるし、手付かずのロールパンはツヤツヤと照明を反射したままだ。
ハンバーグを食べていた手を止め、気になっていたことを喉から転がす。
「……アサヒナくんって、意外とおっちょこちょいなんだな」
「普段は……! うぅっ、反論できない……」
力なく項垂れたアサヒナくんを眺めて、少しだけ安心する。
その事故った相手が、俺でよかった。
もしかしたらこの少年は、見ず知らずの相手に強請られたり、粘着されたり、ネットに晒されたりしていたかもしれないんだ。
俺が善良な高校生でよかった!
「それで……その写真を、消してほしくて……」
「こんなに可愛いのに?????」
最初のお願いに戻ったことで、俺も自身の言い分を主張する。
アサヒナくんは信じられないとばかりに俺を凝視し、頭を抱えた。
「……え? 知らない人間の写真なんて邪魔ですし、怖いじゃないですか」
「アサヒナくんは友達なんだから、友達の写真持ってるのなんて普通だろ?」
「陽キャって、こんなにアッサリと他人を受け入れるんです? ウソでしょ?」
「大体、こんなにかわいいネコチャンをゴミ箱フォルダに入れるのか? そっちの方がひどくない?」
「そ、それは……!」
俺は知っている。主に鮎川と吉野の茶番で。
動物好きは、動物の抜け毛だろうと、動物のイラストの書かれた外装だろうと、捨てることに躊躇いが生じることを!
鮎川が「見ろ! オレのブラックタイガーのヒゲを!」と立派な抜け毛を掲げて、大事にケースに仕舞った姿は、動物と縁のない生活を送る俺には斬新だった。
案の定、こちらの指摘にオロオロと視線を彷徨わせるアサヒナくんは、非常に狼狽えた様子を見せている。
悔しそうに瞼を下ろした彼は、諦めたようにため息をついた。
「……わかりました。くつしたに酷いことできませんので、……削除は、諦めます」
「おっし」
「代わりにトリミングを」
「え? こんなに可愛いのに?????」
スマホを開いて、写真とアサヒナくんを並べて眺める。
くつした氏の爪切りに勤しむアサヒナくんは満面の笑顔で、俺と対面しているアサヒナくんは、ボンっと首まで赤くなったかと思えば、両手で顔を隠してしまった。
「バッ……!! これだから陽キャは! 刺されても知りませんからね!」
「物騒すぎないか???? アサヒナくん、パンかたくなっちゃうよ」
「もう! 二度とエアドロ使わない……!!」
「俺のハンバーグも食べる? もうちょっと食べた方がいいと思うけど……」
「大丈夫です!!」
しばらくぐずついたアサヒナ少年は、ほっぺを赤くしたまま、ロールパンを小さく千切って口へ詰め込んだ。
断られたハンバーグを引っ込め、自分の口へ運ぶ。
こうしてアサヒナくんと連絡先を交換したのだが、彼のアイコンはネコチャンのドアップだった。
チャットをかわす度に、ふてぶてしいネコチャンが吹き出しで話しているように見えて面白い。
ちらりと覗ったアサヒナくんは、ほんのりと目元を染めて、唇をきゅっと引き結んでスマホを見詰めている。
その表情が妙に印象に残って、俺の中の『たまらなく可愛い後輩第一号』の席を贈与した。
「んぇ?」
切り分けたハンバーグを口へ運ぼうとした俺へ、背筋を正したアサヒナくんが頭を下げる。
「ひとつめ。昨日、不躾に番号を渡したこと」
「めちゃくちゃ情熱的で、うれしかったけど……」
「ぐっ。ふたつめ、エアドロ事故で写真を送ってしまったこと」
「かわいい写真だったよな! ネコチャンなんて名前?」
「……くつした、です」
「ネコチャンくつしたっていうの?????」
思いもよらぬ突飛な名前に、びっくりして聞き返す。
恥入るように目元を染めていたアサヒナくんは、鋭い眼光でこちらを睨めつけた。
「うちのくつしたが、なにか?」
「個性的な名前だな……」
「靴下履いてるので」
「……ほんとだ。白ソックスじゃん」
スマホを出して、写真を確認する。
ふてぶてしい顔のネコチャンは、前足も後ろ足も白い毛並みに覆われていた。
しましまの毛並みとの境目が、確かにハイソックスみたいに見える。
かわいらしい発見に、にこにこしていると、顔を真っ赤にさせたアサヒナくんが身を乗り出した。
「あのっ、……その写真、消してください……ッ」
「え? こんなにかわいいのに?」
「そのっ、本当に事故だったんです!」
可哀想なくらい頬を赤くさせたアサヒナくんは、これまでの無表情を崩して、頼りなさげに眉を下げていた。
おろおろと伸ばした手を彷徨わせて、膝の上へ戻してしまう。
——その仕草がたまらなく、本当にたまらなく心をくすぐった。
年下の男の子なのに、口の中にいれたいような、可愛くって構い倒したくて、うずうずしてしまう心地だ。
アサヒナくんは俯いてしまって、旋毛しか見せてくれない。
「……本当はあの日、友人に課題のリストを送ろうとしたんです」
アサヒナくんいわく——
俺たちと同時刻に学食に来ていたアサヒナくんは、友人が次回の課題をメモするのを忘れたとのことで、アサヒナくんが写した課題リストの画像を送ることにしたそうだ。
アサヒナくんはエアドロを繋いで、その友人が隣にいるからと、疑いもなく最初に表示されたアイコンをタップした。
しかし友人へ送信した旨を伝えたが、友人に写メは届いていない。
慌てたアサヒナくんは改めてアイコンを確認するが、そのときには無数のアイコンが表示され、誰へ送ったのかわからなくなったらしい。
けれども、送ったものは課題リストだから大丈夫……と画面を確認すれば、アサヒナくんが選択していたのは課題リストの隣にあった、愛猫くつしたの爪切り写真だった。
アサヒナくんは血の気が引いた。見ず知らずの他人に、自分のネコチャンと、自分が写った写真を送ってしまったのだと。
食堂内を見回しても、耳を澄ませても、ガヤガヤと賑やかなホールでは誰に写真を送ったのかわからない。
——終わった。自分の写真を送りつける変質者になってしまった。
アサヒナくんは絶望したそうだ。
「——ですから、まさか誤送信した相手に顔を覚えられてるなんて思わず、写真ごと記憶を消してほしいんです!」
切々と語ったアサヒナくんは、告解室で懺悔している聖職者のように、細い肩を縮めている。
目元は赤いし、表情は泣きそうだし、声はか細く震えてるし、手付かずのロールパンはツヤツヤと照明を反射したままだ。
ハンバーグを食べていた手を止め、気になっていたことを喉から転がす。
「……アサヒナくんって、意外とおっちょこちょいなんだな」
「普段は……! うぅっ、反論できない……」
力なく項垂れたアサヒナくんを眺めて、少しだけ安心する。
その事故った相手が、俺でよかった。
もしかしたらこの少年は、見ず知らずの相手に強請られたり、粘着されたり、ネットに晒されたりしていたかもしれないんだ。
俺が善良な高校生でよかった!
「それで……その写真を、消してほしくて……」
「こんなに可愛いのに?????」
最初のお願いに戻ったことで、俺も自身の言い分を主張する。
アサヒナくんは信じられないとばかりに俺を凝視し、頭を抱えた。
「……え? 知らない人間の写真なんて邪魔ですし、怖いじゃないですか」
「アサヒナくんは友達なんだから、友達の写真持ってるのなんて普通だろ?」
「陽キャって、こんなにアッサリと他人を受け入れるんです? ウソでしょ?」
「大体、こんなにかわいいネコチャンをゴミ箱フォルダに入れるのか? そっちの方がひどくない?」
「そ、それは……!」
俺は知っている。主に鮎川と吉野の茶番で。
動物好きは、動物の抜け毛だろうと、動物のイラストの書かれた外装だろうと、捨てることに躊躇いが生じることを!
鮎川が「見ろ! オレのブラックタイガーのヒゲを!」と立派な抜け毛を掲げて、大事にケースに仕舞った姿は、動物と縁のない生活を送る俺には斬新だった。
案の定、こちらの指摘にオロオロと視線を彷徨わせるアサヒナくんは、非常に狼狽えた様子を見せている。
悔しそうに瞼を下ろした彼は、諦めたようにため息をついた。
「……わかりました。くつしたに酷いことできませんので、……削除は、諦めます」
「おっし」
「代わりにトリミングを」
「え? こんなに可愛いのに?????」
スマホを開いて、写真とアサヒナくんを並べて眺める。
くつした氏の爪切りに勤しむアサヒナくんは満面の笑顔で、俺と対面しているアサヒナくんは、ボンっと首まで赤くなったかと思えば、両手で顔を隠してしまった。
「バッ……!! これだから陽キャは! 刺されても知りませんからね!」
「物騒すぎないか???? アサヒナくん、パンかたくなっちゃうよ」
「もう! 二度とエアドロ使わない……!!」
「俺のハンバーグも食べる? もうちょっと食べた方がいいと思うけど……」
「大丈夫です!!」
しばらくぐずついたアサヒナ少年は、ほっぺを赤くしたまま、ロールパンを小さく千切って口へ詰め込んだ。
断られたハンバーグを引っ込め、自分の口へ運ぶ。
こうしてアサヒナくんと連絡先を交換したのだが、彼のアイコンはネコチャンのドアップだった。
チャットをかわす度に、ふてぶてしいネコチャンが吹き出しで話しているように見えて面白い。
ちらりと覗ったアサヒナくんは、ほんのりと目元を染めて、唇をきゅっと引き結んでスマホを見詰めている。
その表情が妙に印象に残って、俺の中の『たまらなく可愛い後輩第一号』の席を贈与した。

