冷え込む季節も過ぎ去り、そろそろ桜が咲き始める3月。
土曜日のユウヒくんは、相変わらずコバタで14時までのシフトに入っていた。
俺の調理技術も危なっかしさが抜けて、母師匠の判定もゆるくなった。
今日は母師匠直伝の肉じゃがを、タッパーに詰めている。
……ユウヒくんがはじめて我が家の味にふれたのが、母さんの肉じゃがだと気づいて、ジェラシーで焦げそうになったからなんていえない。
絶対に母師匠を越えて、ユウヒくん好みの味付けを習得してやる。
コバタへ向かうと、薄手の上着をまとった春風さんと、ユウヒくんが外扉を押し開ける姿が見えた。
こちらに気づいた春風さんは満面の笑顔で、ユウヒくんに何かを耳打ちしている。
真っ赤になったユウヒくんと、にやにや笑う春風さんの姿は、非常に既視感のあるものだった。
「バイトお疲れ! ふたりとも、なに話してたの?」
「んふふー? 旦那さんが迎えに来てますよーって、いっただけですよぉ〜」
「ッ、春風さん!!」
気安く片手を上げて探りを入れると、あっさりと春風さんは教えてくれた。
耳まで赤くなったユウヒくんは、必死に彼女を止めようとしている。
……そうか、旦那さんか。……へへっ
「ありがとう。春風さんにいってもらえて、すごくうれしい。照れる」
「あれ? もしかしてゆづき先輩、教えてもらってない感じです?」
「は、春風さん!!」
「なにを?」
心の充足感を伝えると、こてりと首を傾げた春風さんが口を開く。
ユウヒくんは彼女の腕を必死に揺すって止めようとしているが、当の本人は気にしていない。
「夕方スタッフがゆづき先輩たちに詳しいの、朝日奈くんがずっと気にしてたからなんですよ?」
「え」
さも当然とばかりにリーク情報をもたらした春風さんに、ユウヒくんは頭を抱えている。
「待って、そうなの!?」
「そうですよ〜! だって忙しい夕方に来た高校生グループなんて、フツーに考えたら『よく来るねー』くらいで流すじゃないですか〜!」
「それはそう!!」
けらけら笑う春風さんに対して、ユウヒくんは顔を覆って沈黙している。
でも、確かに俺たち以外にも高校生はコバタを活用しているのだから、みんな等しく詳しく覚えるなんて不可能だ!
盲点だった!!
「朝日奈くんが、いっつもゆづき先輩のこと気にしてるから、最初にあたしがからかってたんです。『18番さん今日も来てるねー』って」
「18番さん?」
「あ、テーブルの番号です。そしたら他のスタッフさんも、朝日奈くんに教えてくれるようになったんですよ。『18番さん、ハンバーグでーす』って」
「春風さん、もう……」
「いひひ」
ほっぺを真っ赤にさせて、震える声で止めるユウヒくんに、春風さんはいたずらっ子のように笑った。
つまり、彼女のリーク情報が真実なら、俺はずっと前からユウヒくんに好かれていたということで。
取り繕うこともできないくらい顔が熱くなる俺を、春風さんは「いひひひ」と笑った。
「じゃ、あたしお腹ぺこぺこなので、お先でーす!」
「気をつけて帰ってね……!」
「はーい! 朝日奈くん、また次のシフトでね!」
軽やかに片目を閉じた彼女は、自転車に飛び乗り、颯爽と走り去った。
こんなに応援されてたのに、あんなにヤキモチ妬いて、ごめんね……!!
「……ユウヒくん、どこまで俺のこと好きにさせるの」
「知りません。それより先輩、春風さんは哀れなスナネズミをいたぶって遊ぶスナネコです。先輩も獲物に認定されましたよ」
独特な喩えを使って、じとりとこちらを見上げたユウヒくんは、ぷいと視線を外して歩き出した。
慌てて彼の隣に並ぶ。にこにこと機嫌が上を向く。
「それって、俺もスナネズミの仲間入りってこと?」
「……先輩は陽キャなので、鳥ですね。キビタキあたりです」
「きびたき……?」
「この子です」
幾度か操作したスマホを、こちらへ見せてくれる。
ユウヒくんの腰を支えて画面を覗き込むと、お腹が黄色い小鳥が映っていた。
可愛らしい姿に、てれてれと頬が緩む。
「えへへ、ユウヒくんには俺がそう見えるんだ」
「……春風さんに、頭からバリバリ食べられちゃえ」
「比喩だよね?????」
物騒なツッコミを呻くユウヒくんに顔を寄せ、小さくささやく。
途端、先ほどと負けず劣らず頬を火照らせたユウヒくんは、恨めしそうにこちらを睨めつけた。
「……外でそういうこと、いうの禁止です」
「ちゅーしたいっていっただけだよ?」
「もう! 先輩は哀れなスナネズミをいたぶるミミズクです!!」
「あはは!」
火照った顔を背け、ずんずん歩調をはやめるも、ユウヒくんの歩幅など俺には問題にもならない。
通い慣れたマンションにたどり着き、玄関の扉を開けたところで、肩で息をする可愛い子の唇をふさいだ。
なぜならリビングの先には、しましまネコちゃんが甘え待ちしているからだ!
土曜日のユウヒくんは、相変わらずコバタで14時までのシフトに入っていた。
俺の調理技術も危なっかしさが抜けて、母師匠の判定もゆるくなった。
今日は母師匠直伝の肉じゃがを、タッパーに詰めている。
……ユウヒくんがはじめて我が家の味にふれたのが、母さんの肉じゃがだと気づいて、ジェラシーで焦げそうになったからなんていえない。
絶対に母師匠を越えて、ユウヒくん好みの味付けを習得してやる。
コバタへ向かうと、薄手の上着をまとった春風さんと、ユウヒくんが外扉を押し開ける姿が見えた。
こちらに気づいた春風さんは満面の笑顔で、ユウヒくんに何かを耳打ちしている。
真っ赤になったユウヒくんと、にやにや笑う春風さんの姿は、非常に既視感のあるものだった。
「バイトお疲れ! ふたりとも、なに話してたの?」
「んふふー? 旦那さんが迎えに来てますよーって、いっただけですよぉ〜」
「ッ、春風さん!!」
気安く片手を上げて探りを入れると、あっさりと春風さんは教えてくれた。
耳まで赤くなったユウヒくんは、必死に彼女を止めようとしている。
……そうか、旦那さんか。……へへっ
「ありがとう。春風さんにいってもらえて、すごくうれしい。照れる」
「あれ? もしかしてゆづき先輩、教えてもらってない感じです?」
「は、春風さん!!」
「なにを?」
心の充足感を伝えると、こてりと首を傾げた春風さんが口を開く。
ユウヒくんは彼女の腕を必死に揺すって止めようとしているが、当の本人は気にしていない。
「夕方スタッフがゆづき先輩たちに詳しいの、朝日奈くんがずっと気にしてたからなんですよ?」
「え」
さも当然とばかりにリーク情報をもたらした春風さんに、ユウヒくんは頭を抱えている。
「待って、そうなの!?」
「そうですよ〜! だって忙しい夕方に来た高校生グループなんて、フツーに考えたら『よく来るねー』くらいで流すじゃないですか〜!」
「それはそう!!」
けらけら笑う春風さんに対して、ユウヒくんは顔を覆って沈黙している。
でも、確かに俺たち以外にも高校生はコバタを活用しているのだから、みんな等しく詳しく覚えるなんて不可能だ!
盲点だった!!
「朝日奈くんが、いっつもゆづき先輩のこと気にしてるから、最初にあたしがからかってたんです。『18番さん今日も来てるねー』って」
「18番さん?」
「あ、テーブルの番号です。そしたら他のスタッフさんも、朝日奈くんに教えてくれるようになったんですよ。『18番さん、ハンバーグでーす』って」
「春風さん、もう……」
「いひひ」
ほっぺを真っ赤にさせて、震える声で止めるユウヒくんに、春風さんはいたずらっ子のように笑った。
つまり、彼女のリーク情報が真実なら、俺はずっと前からユウヒくんに好かれていたということで。
取り繕うこともできないくらい顔が熱くなる俺を、春風さんは「いひひひ」と笑った。
「じゃ、あたしお腹ぺこぺこなので、お先でーす!」
「気をつけて帰ってね……!」
「はーい! 朝日奈くん、また次のシフトでね!」
軽やかに片目を閉じた彼女は、自転車に飛び乗り、颯爽と走り去った。
こんなに応援されてたのに、あんなにヤキモチ妬いて、ごめんね……!!
「……ユウヒくん、どこまで俺のこと好きにさせるの」
「知りません。それより先輩、春風さんは哀れなスナネズミをいたぶって遊ぶスナネコです。先輩も獲物に認定されましたよ」
独特な喩えを使って、じとりとこちらを見上げたユウヒくんは、ぷいと視線を外して歩き出した。
慌てて彼の隣に並ぶ。にこにこと機嫌が上を向く。
「それって、俺もスナネズミの仲間入りってこと?」
「……先輩は陽キャなので、鳥ですね。キビタキあたりです」
「きびたき……?」
「この子です」
幾度か操作したスマホを、こちらへ見せてくれる。
ユウヒくんの腰を支えて画面を覗き込むと、お腹が黄色い小鳥が映っていた。
可愛らしい姿に、てれてれと頬が緩む。
「えへへ、ユウヒくんには俺がそう見えるんだ」
「……春風さんに、頭からバリバリ食べられちゃえ」
「比喩だよね?????」
物騒なツッコミを呻くユウヒくんに顔を寄せ、小さくささやく。
途端、先ほどと負けず劣らず頬を火照らせたユウヒくんは、恨めしそうにこちらを睨めつけた。
「……外でそういうこと、いうの禁止です」
「ちゅーしたいっていっただけだよ?」
「もう! 先輩は哀れなスナネズミをいたぶるミミズクです!!」
「あはは!」
火照った顔を背け、ずんずん歩調をはやめるも、ユウヒくんの歩幅など俺には問題にもならない。
通い慣れたマンションにたどり着き、玄関の扉を開けたところで、肩で息をする可愛い子の唇をふさいだ。
なぜならリビングの先には、しましまネコちゃんが甘え待ちしているからだ!

