あんまりにも酷い顔をして、部屋に引きこもっていたからだろう。
べしょべしょになった枕を引ったくった母さんから、お守りを買ってくるよう任命された。
けれどもとてもではないが、そんな気分ではない。
しかしどれだけ断ろうとも、かれこれ大晦日も元旦も部屋から出てこない俺を、心配してのことらしい。
改めてスマホで日付を確認すると、1月2日と表示されていた。
……3日間くらい泣いて暮らしていたらしい。さすがに自分でも引いた。
だからって、涙が引っ込むわけでもない。
ぐずぐず鼻をすする俺をダイニングテーブルに座らせ、母さんはお雑煮をよそってくれた。
久しぶりに食べた、味と食感のあるものに、再度涙腺から壊れた蛇口のように涙が溢れる。
……アサヒナくんに会いたい。
会って、話をして、アサヒナくんがなにを思っているのか聞きたい。
それでもしも本当に関係の修復ができないのなら、……諦め、……諦められるわけがない。
もしもアサヒナくんが別の誰かと恋人になって、もしも結婚なんてしてしまったら、俺はお昼のニュースに取り沙汰されるようなことを仕出かしそうだし、アサヒナくんにひどいことをしてしまう。
でも、謝罪するにしても、謝る事象を俺が認識していないと、根本的な解決にならない。
……アサヒナくんと、話がしたい。
いくつか送ったチャットには既読がつかず、これ以上下りようのない情緒がさらに沈没した。
ぐずる俺を心配しつつも、お使いは遂行してほしいらしい。
母さんに背中を押されて、渋々近くの神社へ足を運んだ。
アサヒナくんのチャットはやっぱり既読がつかず、もしかしたら俺のスマホが圏外なのかもしれないと、いつものメンツのグループチャットへメッセージを送った。
即座に既読がついて、心がくしゃくしゃになる。
[ゆづき:これからおーみ神社これる?]
[鮎川ブラックタイ:30分くらいで行ける]
[ゆづき:電波通じてるじゃん泣きそう泣いてる]
[鮎川ブラックタイ:なにお前異世界にでもいるのか?]
[ゆづき:フラれた]
[ノメ:お前の顔面でそんな事故起きるなら、俺ら一生ムリじゃん]
[よしの:ばあちゃんち]
[よしの:おれの代わりに運試ししてきて]
[鮎川ブラックタイ:佑月が全ての厄を背負ってくれたっぽいから、全力で神頼みするわ]
[ノメ:俺もお前が落とした運をかき集めて全部使うわ]
[ゆづき:やっぱ来んな]
[ノメ:あたしメリー。今おーみ神社にいるの]
[鮎川ブラックタイ:あと15分くらいでつく]
勝手なことをのたまう友人たちに、安堵と苛立ちを同時に抱く。
とぼとぼ神社へ向かうと、華やかな笑い声や活気に満ちた屋台、賑やかな子どもたちの歓声など、底抜けに明るいハレの空気が場違いに感じた。
東雲のメリーさんコールと、鮎川の到着の知らせに、重い足を動かして待ち合わせ場所へ赴く。
俺を見つけたふたりは、ぽかんと口を開けた。
「佑月でもそんな顔になるんだな」
「ごめん、ほんと今なにも返せない」
「重症じゃん」
すべての体液が目と鼻から出たといっても過言ではないほどの状態だったので、まぶたは重いし、体もすごくだるい。
見た目をどうこうできる気力も体力もない俺へ、ふらっと離れた鮎川は、自販機であったかいおしるこの缶を買って、こちらへ差し出した。
たったそれだけのことで、ぐすりと涙腺がゆるむ。
「ま、話くらい聞いてやるよ」
チャットでは軽口だったが、心配そうな鮎川に背中を軽く叩かれる。
他人のやさしさに触れたら、もうダメだった。
あたたかな缶を握りしめて、とつとつと起こったことを話す。
アサヒナくんと話して、可能な限り関係を修復したいことを含めて吐露した。
「佑月が忘れてることかぁ」
神社の隅っこにあるベンチに座って、滲んでくる視界を乱雑に拭う。
思い返すとまだ胸が痛んで、呼吸さえ苦しかった。
……こんなに明確に誰かに拒絶されたのは、はじめてだ。
いつもはなんとなくにこにこしたり、問題を話し合ったりすれば、和解することができた。
俺もそこまで感情が波打つことがなくて、譲ったり譲られたりで、いつも許されてきた。
アサヒナくんは、これまで接してきたどのタイプとも異なっていて、接し方がわからない。
けれど、俺は確実にあの子を傷つけていて、あの子はそんな俺から離れた。
その事実が、胸をかきむしって楽になれるならそうしたいほど、苦しい。
腕を組んで考え込む東雲の前で、ベンチからあぶれた鮎川が顎をさする。
「朝日奈くんがいうに、佑月に悪いところはなかったんだろ?」
「でもさ、見た感じ繊細そうな子だったじゃん。佑月のノンデリに耐えられなかったんじゃね?」
「そっか、ノンデリは不治だもんな」
「お前らなんかだいきらい」
「お前のノンデリは事実だろ」
慰めが欲しかったわけではないけれど、事実を刺されれば誰だって痛い。
しかし実際に俺はアサヒナくんを理想論と正論でぶん殴ってきたので、否定することもできない。
過去にあったいざこざを伝えると、鮎川は顔を引きつらせ、東雲は呆れ顔になった。
「家庭状況複雑って先手ワード受けて、なおも綺麗事で殴りかかるお前を許してくれた朝日奈くん、お前より遥かに大人だな」
「やめて……俺のデリカシーのなさに、俺が一番驚いてるから……」
「じゃあやっぱ佑月の忘れてることが、直接の原因か? 入学式で会ったとか?」
「在校生は入学式に参列しないだろ」
「確かに」
東雲に季節ごとのイベントを列挙されるが、どれもピンとこない。
おしるこを飲み干して、缶の底をぽんぽん叩いていた鮎川は、不満そうに顔をしかめた。
「でもさ、忘れるくらい前のことをぐちぐち言われるのって、うんざりしないか? オレの親も減点方式で、いつまでたっても昔の失敗をネチネチ言うの、マジでやめてほしい」
「わかってないなー、鮎川! 俺、未だに姉ちゃんにハーゲン盗られたこと根に持ってるからな!」
まさにうんざりと顔に書いた鮎川へ、呆れましたとポーズを取った東雲が反論する。
ムッとした鮎川も応戦した。
「どうせ名前書かずに冷凍庫に入れたんだろ」
「ちゃんと書いたわ!」
「冤罪だったな」
「ゴミ袋で無惨に転がったハーゲンの残骸を見た俺の気持ち! 家族中に聞いて回ったら、最初姉ちゃん『知らない』って言ってたのに、両親が食ってないなら、必然的に姉ちゃんしかいないじゃん? アイツなんて言ったと思う!?」
当時の怒りを思い出したように、地団駄を踏んだ東雲は、非常に憤った顔をしていた。
「『男のクセに過ぎたことネチネチ言って女々しい』って言ったんだぞ! マジありえねぇ!!」
「ごめんの一言は?」
「ねーよ!! 『は? そんな些細なこといちいち覚えてるわけないじゃん。マジ繊細、ムリ』って俺の方が責められた! 俺のハーゲン食ったのお前じゃん!!」
「東雲、お前は無罪だ。釈放」
「よっし!」
デスゲームの主催者のような拍手をした鮎川の号令に、東雲の拳が天を突き上げる。
ひとりっ子の俺では経験することのないきょうだいの戦さを垣間見て、ぶるりと身を震わせた。
どこかスッキリした顔で、東雲がこちらを向く。
「だからな佑月。やった方は覚えてなくても、やられた方は一生覚えてることって、あるんだぞ」
「はい先生……」
「それはそれとして、オレはウザいと思うけどな」
べしょべしょになった枕を引ったくった母さんから、お守りを買ってくるよう任命された。
けれどもとてもではないが、そんな気分ではない。
しかしどれだけ断ろうとも、かれこれ大晦日も元旦も部屋から出てこない俺を、心配してのことらしい。
改めてスマホで日付を確認すると、1月2日と表示されていた。
……3日間くらい泣いて暮らしていたらしい。さすがに自分でも引いた。
だからって、涙が引っ込むわけでもない。
ぐずぐず鼻をすする俺をダイニングテーブルに座らせ、母さんはお雑煮をよそってくれた。
久しぶりに食べた、味と食感のあるものに、再度涙腺から壊れた蛇口のように涙が溢れる。
……アサヒナくんに会いたい。
会って、話をして、アサヒナくんがなにを思っているのか聞きたい。
それでもしも本当に関係の修復ができないのなら、……諦め、……諦められるわけがない。
もしもアサヒナくんが別の誰かと恋人になって、もしも結婚なんてしてしまったら、俺はお昼のニュースに取り沙汰されるようなことを仕出かしそうだし、アサヒナくんにひどいことをしてしまう。
でも、謝罪するにしても、謝る事象を俺が認識していないと、根本的な解決にならない。
……アサヒナくんと、話がしたい。
いくつか送ったチャットには既読がつかず、これ以上下りようのない情緒がさらに沈没した。
ぐずる俺を心配しつつも、お使いは遂行してほしいらしい。
母さんに背中を押されて、渋々近くの神社へ足を運んだ。
アサヒナくんのチャットはやっぱり既読がつかず、もしかしたら俺のスマホが圏外なのかもしれないと、いつものメンツのグループチャットへメッセージを送った。
即座に既読がついて、心がくしゃくしゃになる。
[ゆづき:これからおーみ神社これる?]
[鮎川ブラックタイ:30分くらいで行ける]
[ゆづき:電波通じてるじゃん泣きそう泣いてる]
[鮎川ブラックタイ:なにお前異世界にでもいるのか?]
[ゆづき:フラれた]
[ノメ:お前の顔面でそんな事故起きるなら、俺ら一生ムリじゃん]
[よしの:ばあちゃんち]
[よしの:おれの代わりに運試ししてきて]
[鮎川ブラックタイ:佑月が全ての厄を背負ってくれたっぽいから、全力で神頼みするわ]
[ノメ:俺もお前が落とした運をかき集めて全部使うわ]
[ゆづき:やっぱ来んな]
[ノメ:あたしメリー。今おーみ神社にいるの]
[鮎川ブラックタイ:あと15分くらいでつく]
勝手なことをのたまう友人たちに、安堵と苛立ちを同時に抱く。
とぼとぼ神社へ向かうと、華やかな笑い声や活気に満ちた屋台、賑やかな子どもたちの歓声など、底抜けに明るいハレの空気が場違いに感じた。
東雲のメリーさんコールと、鮎川の到着の知らせに、重い足を動かして待ち合わせ場所へ赴く。
俺を見つけたふたりは、ぽかんと口を開けた。
「佑月でもそんな顔になるんだな」
「ごめん、ほんと今なにも返せない」
「重症じゃん」
すべての体液が目と鼻から出たといっても過言ではないほどの状態だったので、まぶたは重いし、体もすごくだるい。
見た目をどうこうできる気力も体力もない俺へ、ふらっと離れた鮎川は、自販機であったかいおしるこの缶を買って、こちらへ差し出した。
たったそれだけのことで、ぐすりと涙腺がゆるむ。
「ま、話くらい聞いてやるよ」
チャットでは軽口だったが、心配そうな鮎川に背中を軽く叩かれる。
他人のやさしさに触れたら、もうダメだった。
あたたかな缶を握りしめて、とつとつと起こったことを話す。
アサヒナくんと話して、可能な限り関係を修復したいことを含めて吐露した。
「佑月が忘れてることかぁ」
神社の隅っこにあるベンチに座って、滲んでくる視界を乱雑に拭う。
思い返すとまだ胸が痛んで、呼吸さえ苦しかった。
……こんなに明確に誰かに拒絶されたのは、はじめてだ。
いつもはなんとなくにこにこしたり、問題を話し合ったりすれば、和解することができた。
俺もそこまで感情が波打つことがなくて、譲ったり譲られたりで、いつも許されてきた。
アサヒナくんは、これまで接してきたどのタイプとも異なっていて、接し方がわからない。
けれど、俺は確実にあの子を傷つけていて、あの子はそんな俺から離れた。
その事実が、胸をかきむしって楽になれるならそうしたいほど、苦しい。
腕を組んで考え込む東雲の前で、ベンチからあぶれた鮎川が顎をさする。
「朝日奈くんがいうに、佑月に悪いところはなかったんだろ?」
「でもさ、見た感じ繊細そうな子だったじゃん。佑月のノンデリに耐えられなかったんじゃね?」
「そっか、ノンデリは不治だもんな」
「お前らなんかだいきらい」
「お前のノンデリは事実だろ」
慰めが欲しかったわけではないけれど、事実を刺されれば誰だって痛い。
しかし実際に俺はアサヒナくんを理想論と正論でぶん殴ってきたので、否定することもできない。
過去にあったいざこざを伝えると、鮎川は顔を引きつらせ、東雲は呆れ顔になった。
「家庭状況複雑って先手ワード受けて、なおも綺麗事で殴りかかるお前を許してくれた朝日奈くん、お前より遥かに大人だな」
「やめて……俺のデリカシーのなさに、俺が一番驚いてるから……」
「じゃあやっぱ佑月の忘れてることが、直接の原因か? 入学式で会ったとか?」
「在校生は入学式に参列しないだろ」
「確かに」
東雲に季節ごとのイベントを列挙されるが、どれもピンとこない。
おしるこを飲み干して、缶の底をぽんぽん叩いていた鮎川は、不満そうに顔をしかめた。
「でもさ、忘れるくらい前のことをぐちぐち言われるのって、うんざりしないか? オレの親も減点方式で、いつまでたっても昔の失敗をネチネチ言うの、マジでやめてほしい」
「わかってないなー、鮎川! 俺、未だに姉ちゃんにハーゲン盗られたこと根に持ってるからな!」
まさにうんざりと顔に書いた鮎川へ、呆れましたとポーズを取った東雲が反論する。
ムッとした鮎川も応戦した。
「どうせ名前書かずに冷凍庫に入れたんだろ」
「ちゃんと書いたわ!」
「冤罪だったな」
「ゴミ袋で無惨に転がったハーゲンの残骸を見た俺の気持ち! 家族中に聞いて回ったら、最初姉ちゃん『知らない』って言ってたのに、両親が食ってないなら、必然的に姉ちゃんしかいないじゃん? アイツなんて言ったと思う!?」
当時の怒りを思い出したように、地団駄を踏んだ東雲は、非常に憤った顔をしていた。
「『男のクセに過ぎたことネチネチ言って女々しい』って言ったんだぞ! マジありえねぇ!!」
「ごめんの一言は?」
「ねーよ!! 『は? そんな些細なこといちいち覚えてるわけないじゃん。マジ繊細、ムリ』って俺の方が責められた! 俺のハーゲン食ったのお前じゃん!!」
「東雲、お前は無罪だ。釈放」
「よっし!」
デスゲームの主催者のような拍手をした鮎川の号令に、東雲の拳が天を突き上げる。
ひとりっ子の俺では経験することのないきょうだいの戦さを垣間見て、ぶるりと身を震わせた。
どこかスッキリした顔で、東雲がこちらを向く。
「だからな佑月。やった方は覚えてなくても、やられた方は一生覚えてることって、あるんだぞ」
「はい先生……」
「それはそれとして、オレはウザいと思うけどな」

