俺のたまんなく可愛い後輩の朝日奈くんは、猫を描く

アサヒナくんは、よくしましま猫のくつしたを描いている。
すぴすぴ眠るだらしない寝姿を見下ろして、ブランケットに包まりながら、鉛筆を動かしている。
アサヒナくんいわく、これはスケッチというらしい。
もっと簡単なものはラフスケッチというらしい。
じゃあデッサンは? と尋ねたら、精密なものがデッサンというそうだ。

「人によっては、ドローイングや素描、写生といったりします。ぼくも詳しいことはあまり知りません。相手に合わせています」
「そんなに種類があるの????」
「やってることは、見て描くだけです。人によって表現にムラがあるだけですよ」

アサヒナくんいわく、スケッチと一口にいっても、画材が鉛筆だったり、ペンだったり、カラーだったり色々するそうだ。
その人の描きたいものをメモすることが主目的らしく、自由に描いていいそうだ。
ただし、消しゴムは極力使わないらしい。
……そういえば、デッサンのときにも消しゴムは使わないっていってたよな?
絵描人(えかきんちゅ)は消しゴムを使わないのか……

「アサヒナくんは、どういうの描きたいの?」
「ぼくは、……一番は猫ですね」

くつしたを見詰めるアサヒナくんの表情は、とてもやわらかい。
へそ天してぐっすりなネコチャンの様子からして、愛されていることがよくわかる。
吉野も鮎川も動物にはデレデレしているから、ネコチャンを描画したいことにも納得だ。

「他には?」
「他ですか? ……風景は苦手ですね。特に人工物は左右対称であることが多いので、もっと練習しないとと思ってます」
「アサヒナくんって、本当にえらいよなぁ……」
「……猫は大体、街中とセットですから」

拗ねたように唇を尖らせたアサヒナくんは、再びくつしたの寝姿へ視線を戻した。
猫のために苦手を克服しようと取り組む姿勢は、本当に真面目だと思う。
くつしたが起きないよう遠回りして、アサヒナくんの背後へ回り込む。
薄手の白紙に描かれたネコチャンは、とても幸せそうな顔をしていた。

「んはは、かわいいじゃん」
「ちょっと、見ないでくださいよ」

肩越しから覗き込むと、ムッとした返事をもらった。
ふくらんだほっぺを指先でつつけば、色の白い顔が真っ赤に染まる。
背中ごと背けられ、アサヒナくんは体育座りで小さく縮こまった。

「あははっ、ごめん。つい可愛くて!」
「……悪趣味ですね」

気難しそうに眉を寄せる表情も、こじんまりと膝を抱える姿も、もちろん別の表情も、もっと見ていたい。
猫を眺めるこの穏やかな空気を、これから先もずっと続けたい。

「俺さ、大学に入ったら、免許取ろうと思うんだ」

ふんわりとしか思い描いていなかった将来のことを、大切な子に話す。
小柄の隣に座って、くつしたの尻尾を指先で撫でると、嫌がるようにぴこぴこ跳ねた。
ちらりとこちらを見上げたアサヒナくんは、いつも通りの表情へ戻っている。

「免許取り立ての大学生が、遠出した際に事故を起こす事例をよく見るので、先輩も気をつけてくださいね」
「こわい……」
「特に定員超過と凍結した道は危ないですから、保険にはしっかり加入してくださいね」
「こわい、保険はいる……待ってこれって心配してくれてるんだよね……?」

アサヒナくんが語る現実的なこわい話に、肩を震わせる。
……ちがう。俺がしたかったのは、こんな酸っぱい話じゃない。
彼は至極真面目な顔をしていて、当然との態度だった。

「心配してますよ。例えば先輩たちがスキーへ行く場合、運転できる人が佑月先輩ひとりでしたら、往復ともに先輩が運転するんですよ?」
「アサヒナくんが、俺の心配をしてくれてる……」
「真面目に心配したぼくが、バカだったみたいですね」
「わああ! ごめん、喜びを噛み締めてた!!」

ぷいっと正面へ戻された顔に、慌ててすがりつく。
アサヒナくんは不服そうに鉛筆を動かして、猫のシマシマを描き込んでいた。
気恥ずかしい思いを飲み込んで、横顔を覗き込む。

「そのっ、だからさ! アサヒナくんといっぱい旅行に行きたいんだ!」
「……ぼくですか?」

不思議そうに瞬いた瞳が、こちらを映す。
何度も頷いて、まろい頬にかかった横髪を指先で撫でた。

「アサヒナくんに隣にいてほしい。それで旅行先でネコチャン探したりとかさ、スケッチしたり、アサヒナくんと楽しいこといっぱいしたい!」

思い描いた空想図を、必死に身振り手振りを交えて伝える。
頬を火照らせたアサヒナくんは、おろおろと視線を彷徨わせ、袖をぎゅっと握りしめた。
最終的に視線を俯け、ぽそぽそと小声を震わせる。

「……どうして」
「アサヒナくんと、ずっと一緒にいたいから」
「……」

アサヒナくんは、俯いたまま沈黙している。
しばらくの沈黙のあと、彼の声はどこか歪んでいた。

「……先輩の将来に、ぼくはいるんですか?」

咄嗟にどういう意味なのか汲み取れず、首を傾げてしまう。
当然じゃん。即答した返事に、彼は曖昧な笑みを浮かべた。

「……先輩は、どこの大学を志望してるんですか?」
「ええっ!? 具体的にはまだ考えてない……!」
「専攻とかは?」
「えええ!? 全然考えてない!!」

そこから大学の話へ話題は移り、結局明瞭な返事をもらえなかったことに気づいたのは、帰宅後、風呂場で頭を洗っている最中だった。