「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
ジュージュー脂の跳ね飛ぶハンバーグステーキを置いた店員を、あんぐりと眺める。
……どこかで見たことのある顔だ。
俺こと佑月 静は、この既視感の原因を探るため、記憶の大捜索を開始した。
友人たちがそれぞれ自分の注文した料理をワイワイ配置する様子を尻目に、無表情な店員を見詰める。
テレビ? sns? どこかの配信者?
——違う。記憶の引き出しは、しっちゃかめっちゃかだ。
店員を観察する。
無表情な男の子だ。年齢は俺らと同じくらいの高校生だろう。
小柄な体躯と、日焼けを知らない白い肌。
薄茶の瞳を見るに、元から色素が薄いのだろう。ミルクティーみたいな色をした髪はサラサラだ。
右の目尻の泣きぼくろと、左手薬指に浮かんだほくろを見下ろす。
うん? このほくろ……
その瞬間、ビビッと記憶を掘り当てた。
「思い出した! エアドロで飛んできた写真の子だ!!」
「げっ」
スッキリ爽快な名探偵気分で店員を見上げれば、彼は先ほどまでの無表情を嫌そうに歪め、サッと辺りを見回した。
即座に慌てた様子で伝票を引っ張り出し、走り書きしたそれを乱雑に千切る。
「これッ、ぼくの番号です。22時頃上がるので、連絡ください……!!」
だんッ! 勢いよくテーブルへ伝票を叩きつけ、即座に姿勢を正した彼は、何事もなかったかのようにファミレスのホールへ戻って行く。
勢いに押されて呆然とする俺へ、ポテトを摘んだ吉野が伝票を拾い上げた。
「もしかして佑月、ナンパされた?」
「えっ、俺ナンパされたの?」
「佑月、春じゃん」
「マジで? ついに俺にもモテ期到来?」
吉野と東雲が俺の春を讃え、鮎川へ伝票が手渡される。
明らかに表情をにんまりさせた彼は、スマホを手に取った。
「オレがかけていい?」
「なんで????」
「面白そうだから首突っ込みたい」
「じゃあ俺、佑月の声真似するわ」
「おれバックミュージック、ボイパ担当な」
「ワンパクボーイ大集合か????? 迷惑だからやめろ????」
方々で悪ノリし出す友人たちに、苦笑いが漏れる。
東雲は音声加工された証言者みたいな声で俺を自称するし、鮎川までそれに乗って「いつかやらかすと思ってたんです」と不名誉な証言を垂れるし、吉野は下手くそなボイパで珍妙なリズムを刻んでいる。
バカみたいな彼らをバカみたいに笑って、鮎川から伝票を奪った。
裏面には、ボールペンで書かれた、細い字の電話番号が並んでいた。
*
これは俺が学食で唐揚げ定食を食べていたときのことだ。
その日もいつものメンツで雑談しながら昼飯を取っていたのだが、snsを流し見していた俺のスマホに、ぴこんとひとつのポップアップが浮かんだ。
丸いステータスバーが一周する様子から、どうやら誰かから画像が送られたらしい。
きっと同席してるこいつらの誰かだろう。
何食わぬ顔で盛り上がる友人たちをしめしめと眺め、Wi-Fiが運んだデジタルデータを開く。
画面に表示されたのは、まず白いもふもふだった。
ん?????
画面の中央へ向けていた視点を、上へズラす。
——しましまの猫が、ふてぶてしい顔をしていた。
一旦目を閉じ、眉間をさすって記憶を整理する。
ここにいる友人に、猫と暮らしている人間はいない。
鮎川は犬を飼っていたが、吉野もネコチャン大好きだが、現状猫を飼っている人間はいない。
落ち着くために一呼吸置き、改めて画面を見詰める。
ふてぶてしいしましまキャットは、真っ白なお腹のもふもふをこちらへ見せつけ、飼い主と思しき少年に抱えられていた。
ネコチャンが立派なサイズなのか、少年が小柄なのか。画面はほぼほぼネコチャンで埋まっている。
飼い主と思しき薄茶色の髪を乱した少年は、楽しそうな笑みでネコチャンを見ている。
彼の左手の薬指の根元にあるほくろが珍しく思えて、妙に目についた。
——さて、この男の子は一体誰だろう?
むむむ、と難事件へ挑む名探偵の助手のような心地で、写真を食い入るように見詰める。
「どしたん、佑月。お前! なんてけしからんネコチャンを見ているんだ! どこの子だ!?」
隣の吉野の威勢の良い声にハッとし、慌てて画面を消す。
「わからん、知らない子」
「snsか。善良な下僕の皆様、いつもお恵みをありがとうございます……」
「吉野って哀れだよな。こんなに動物愛に溢れてるのに、近づけないのって」
「このくしゃみさえなければ! おれだって一生もふもふさせていただくのに!」
「見てみろ、オレの愛するブラックタイガーを」
「お前のワンちゃんブラックタイガーっていうの?????」
「かっこいいだろ。オレ以外呼んでくれないけど」
愛犬自慢を始める鮎川を、妬みに満ちた目で吉野が睨んでいる。
定例の発作を笑っていれば、先ほどの正体不明な写真のことなんて、すっかり頭から抜け落ちてしまうワケで。
俺のスマホに届いた難事件は、即座に迷宮入りのフォルダへ投げ入れられた。
——そう、これが4日前の出来事。
記憶の鮮度が保たれていたからだろう、まさか写真の主と思しき人物と対面するなんて!
ある種の運命的な出会いに、俺のテンションは高かった。
時刻は少年が指定した22時を、10分ほど過ぎた頃。
俺は自室でリラックスしてるけど、少年は店員としてバイトをしていたのだから、着替えだのなんだのあるだろう。
ちょっとした冒険心に胸を弾ませながら、伝票に書かれた数字をスマホに打ち込む。
緑のアイコンをタップすれば、数秒の間の後、コール音が流れた。
「——ッはい、朝日奈です」
少しだけくぐもった、電波越しの音声が聞こえた。
なるほど、あの少年は『アサヒナ』というらしい。心の手帳にメモする。
「俺俺! 夕方の、えーっと、エアドロの写真のあれ!」
「……あっ」
オレオレ詐欺を疑われそうな俺の雑な呼びかけに、電話口は気まずそうに言い淀んだ。
「不躾に申し訳ありません。あのエアドロは事故で、あなたに送る意図は一切ありませんでした。それで」
「ごめん、ちょっと聞き取りにくい」
アサヒナくんは外にいるらしい、音声にノイズが多い。
音量を上げても下げても聞き取りにくい通話に、相手も「あっ」と焦ったようだ。
「す、すみません、今外で……」
「アサヒナくん、明日予定ある? 昼11時に今日会ったコバタ来れる?」
「えっ」
マフラーを巻いても寒い11月。そんな季節に、それもこんな時間に、見るからに年下の男の子を屋外にほっぽり出すのは気が引けた。
俺の提案に面食らった様子のアサヒナくんは、微かな声で「……はい」と答えた。
ちなみに『コバタ』は、ファミレス『コバラヘッタ』の略称だ。
名前を聞いただけでお腹が空く、罪な店名だと思う。
「じゃ、明日11時にコバタ前な! バイトお疲れ!」
「えっ、あの!」
赤いアイコンをタップしたのと同時に、アサヒナくんの声が途切れる。
……正直にいえば、俺のスマホの契約プランに、電話かけ放題が含まれていない点が通話を終了させた理由の一因でもある。
いつもアプリ通話だったから、久々に電話機能を使った。
——ごめん、アサヒナくん! 心と懐の狭い男で!! 明日ドリンクバー奢るから!
心の中で一言謝り、わくわくと弾んだ心地でベッドに転がる。
アサヒナくんは、何を話したかったのだろう?
スマホに表示させた、アサヒナくんとふてぶてネコチャンの写真を眺め、ズームにしたり、戻したりして鑑賞する。
写真のアサヒナくんはにこにこで、憮然としたネコチャンとの表情のアンバランスさが微笑ましかった。
ジュージュー脂の跳ね飛ぶハンバーグステーキを置いた店員を、あんぐりと眺める。
……どこかで見たことのある顔だ。
俺こと佑月 静は、この既視感の原因を探るため、記憶の大捜索を開始した。
友人たちがそれぞれ自分の注文した料理をワイワイ配置する様子を尻目に、無表情な店員を見詰める。
テレビ? sns? どこかの配信者?
——違う。記憶の引き出しは、しっちゃかめっちゃかだ。
店員を観察する。
無表情な男の子だ。年齢は俺らと同じくらいの高校生だろう。
小柄な体躯と、日焼けを知らない白い肌。
薄茶の瞳を見るに、元から色素が薄いのだろう。ミルクティーみたいな色をした髪はサラサラだ。
右の目尻の泣きぼくろと、左手薬指に浮かんだほくろを見下ろす。
うん? このほくろ……
その瞬間、ビビッと記憶を掘り当てた。
「思い出した! エアドロで飛んできた写真の子だ!!」
「げっ」
スッキリ爽快な名探偵気分で店員を見上げれば、彼は先ほどまでの無表情を嫌そうに歪め、サッと辺りを見回した。
即座に慌てた様子で伝票を引っ張り出し、走り書きしたそれを乱雑に千切る。
「これッ、ぼくの番号です。22時頃上がるので、連絡ください……!!」
だんッ! 勢いよくテーブルへ伝票を叩きつけ、即座に姿勢を正した彼は、何事もなかったかのようにファミレスのホールへ戻って行く。
勢いに押されて呆然とする俺へ、ポテトを摘んだ吉野が伝票を拾い上げた。
「もしかして佑月、ナンパされた?」
「えっ、俺ナンパされたの?」
「佑月、春じゃん」
「マジで? ついに俺にもモテ期到来?」
吉野と東雲が俺の春を讃え、鮎川へ伝票が手渡される。
明らかに表情をにんまりさせた彼は、スマホを手に取った。
「オレがかけていい?」
「なんで????」
「面白そうだから首突っ込みたい」
「じゃあ俺、佑月の声真似するわ」
「おれバックミュージック、ボイパ担当な」
「ワンパクボーイ大集合か????? 迷惑だからやめろ????」
方々で悪ノリし出す友人たちに、苦笑いが漏れる。
東雲は音声加工された証言者みたいな声で俺を自称するし、鮎川までそれに乗って「いつかやらかすと思ってたんです」と不名誉な証言を垂れるし、吉野は下手くそなボイパで珍妙なリズムを刻んでいる。
バカみたいな彼らをバカみたいに笑って、鮎川から伝票を奪った。
裏面には、ボールペンで書かれた、細い字の電話番号が並んでいた。
*
これは俺が学食で唐揚げ定食を食べていたときのことだ。
その日もいつものメンツで雑談しながら昼飯を取っていたのだが、snsを流し見していた俺のスマホに、ぴこんとひとつのポップアップが浮かんだ。
丸いステータスバーが一周する様子から、どうやら誰かから画像が送られたらしい。
きっと同席してるこいつらの誰かだろう。
何食わぬ顔で盛り上がる友人たちをしめしめと眺め、Wi-Fiが運んだデジタルデータを開く。
画面に表示されたのは、まず白いもふもふだった。
ん?????
画面の中央へ向けていた視点を、上へズラす。
——しましまの猫が、ふてぶてしい顔をしていた。
一旦目を閉じ、眉間をさすって記憶を整理する。
ここにいる友人に、猫と暮らしている人間はいない。
鮎川は犬を飼っていたが、吉野もネコチャン大好きだが、現状猫を飼っている人間はいない。
落ち着くために一呼吸置き、改めて画面を見詰める。
ふてぶてしいしましまキャットは、真っ白なお腹のもふもふをこちらへ見せつけ、飼い主と思しき少年に抱えられていた。
ネコチャンが立派なサイズなのか、少年が小柄なのか。画面はほぼほぼネコチャンで埋まっている。
飼い主と思しき薄茶色の髪を乱した少年は、楽しそうな笑みでネコチャンを見ている。
彼の左手の薬指の根元にあるほくろが珍しく思えて、妙に目についた。
——さて、この男の子は一体誰だろう?
むむむ、と難事件へ挑む名探偵の助手のような心地で、写真を食い入るように見詰める。
「どしたん、佑月。お前! なんてけしからんネコチャンを見ているんだ! どこの子だ!?」
隣の吉野の威勢の良い声にハッとし、慌てて画面を消す。
「わからん、知らない子」
「snsか。善良な下僕の皆様、いつもお恵みをありがとうございます……」
「吉野って哀れだよな。こんなに動物愛に溢れてるのに、近づけないのって」
「このくしゃみさえなければ! おれだって一生もふもふさせていただくのに!」
「見てみろ、オレの愛するブラックタイガーを」
「お前のワンちゃんブラックタイガーっていうの?????」
「かっこいいだろ。オレ以外呼んでくれないけど」
愛犬自慢を始める鮎川を、妬みに満ちた目で吉野が睨んでいる。
定例の発作を笑っていれば、先ほどの正体不明な写真のことなんて、すっかり頭から抜け落ちてしまうワケで。
俺のスマホに届いた難事件は、即座に迷宮入りのフォルダへ投げ入れられた。
——そう、これが4日前の出来事。
記憶の鮮度が保たれていたからだろう、まさか写真の主と思しき人物と対面するなんて!
ある種の運命的な出会いに、俺のテンションは高かった。
時刻は少年が指定した22時を、10分ほど過ぎた頃。
俺は自室でリラックスしてるけど、少年は店員としてバイトをしていたのだから、着替えだのなんだのあるだろう。
ちょっとした冒険心に胸を弾ませながら、伝票に書かれた数字をスマホに打ち込む。
緑のアイコンをタップすれば、数秒の間の後、コール音が流れた。
「——ッはい、朝日奈です」
少しだけくぐもった、電波越しの音声が聞こえた。
なるほど、あの少年は『アサヒナ』というらしい。心の手帳にメモする。
「俺俺! 夕方の、えーっと、エアドロの写真のあれ!」
「……あっ」
オレオレ詐欺を疑われそうな俺の雑な呼びかけに、電話口は気まずそうに言い淀んだ。
「不躾に申し訳ありません。あのエアドロは事故で、あなたに送る意図は一切ありませんでした。それで」
「ごめん、ちょっと聞き取りにくい」
アサヒナくんは外にいるらしい、音声にノイズが多い。
音量を上げても下げても聞き取りにくい通話に、相手も「あっ」と焦ったようだ。
「す、すみません、今外で……」
「アサヒナくん、明日予定ある? 昼11時に今日会ったコバタ来れる?」
「えっ」
マフラーを巻いても寒い11月。そんな季節に、それもこんな時間に、見るからに年下の男の子を屋外にほっぽり出すのは気が引けた。
俺の提案に面食らった様子のアサヒナくんは、微かな声で「……はい」と答えた。
ちなみに『コバタ』は、ファミレス『コバラヘッタ』の略称だ。
名前を聞いただけでお腹が空く、罪な店名だと思う。
「じゃ、明日11時にコバタ前な! バイトお疲れ!」
「えっ、あの!」
赤いアイコンをタップしたのと同時に、アサヒナくんの声が途切れる。
……正直にいえば、俺のスマホの契約プランに、電話かけ放題が含まれていない点が通話を終了させた理由の一因でもある。
いつもアプリ通話だったから、久々に電話機能を使った。
——ごめん、アサヒナくん! 心と懐の狭い男で!! 明日ドリンクバー奢るから!
心の中で一言謝り、わくわくと弾んだ心地でベッドに転がる。
アサヒナくんは、何を話したかったのだろう?
スマホに表示させた、アサヒナくんとふてぶてネコチャンの写真を眺め、ズームにしたり、戻したりして鑑賞する。
写真のアサヒナくんはにこにこで、憮然としたネコチャンとの表情のアンバランスさが微笑ましかった。

