不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

「……謙虚すぎだし、そもそもなんでキスを経験せずに人生終わるとか思ってんの」
 そんな俺に、慈悲深い大神は眉を下げて微笑んでいた。
「あー……ほら、俺って男として見られることないから」
 女の子から話しかけられることはある。だけど恋愛対象ではないことは言葉の端々から感じ取っていた。
 昔から可愛いと言われることが圧倒的に多かった。それは子どものときから高校生になった今も。
 人生でかっこいいと言われたことなんて一度もない。
 そのことに慣れているし、べつに言われたいわけでもないんだけど。
「正直、今まで誰かを好きになったことがなかったから。このまま終わるのかなとか」
「で、俺にファーストキスを奪われたわけだ」
「その節はありがとうございました。まあ、ほっぺですけども」
「だからなんでお礼言われてんの、俺」
 おかしそうにする横顔は、ずっと見ていたくなるような特別なものだった。
「……大神って笑うんだ」
「笑うだろ、人間だし」
 言われてみればそうだ。大神は学校でもよく笑ってる。
 ただ、いつもとちょっとちがったような気がするのは、気のせいだろうか。
「なんか、大神がモテる理由がまたひとつ分かったわ」
「なにそれ」
 呆れたように、でも嫌味のない反応に俺も笑みが浮かぶ。
「素でかっこいいんだろうな。どこを切り取っても欠点がないっていうか」
「そんなことないけど」
「でも、あれだけ告白されると慣れたりする?」
 ぽろっと出たその質問に、大神は空を見上げた。
「またか、とかは思う」
「でもちゃんと対応はしてるよね」
 告白は断ることで有名だけど、呼び出されたら無碍にしないことを知っている。
「だからモテるんだろうなあ」
「おだてられてもなにもあげないけど」
「大神が羨ましいって話」
「そう?」
 見上げていた顔が、俺に戻ってくる。
「小鳩だっていいもん持ってると思うけど」
 それがやけに真剣な口調だったから、照れくさくなって大げさに「ないない」と手を振った。
「こんな顔だし、身長も高いわけじゃないし、べつにかっこいいわけでもないっていうか」
「きれいじゃん」
「……え」
 時間が、止まったような気がした。
 お世辞だって分かっているのに……。
 大神は真っ直ぐ俺を見つめていた。
「小鳩の顔はきれいなんだから、べつにかっこよくなる必要もないんじゃない?」
 からかわれているわけでは……ないよな?
 姫だと言われるようなニュアンスでも、女扱いされるわけでもない。
 大神から向けられたのは、正真正銘そう思っていると伝わってくる表情。
「……そ、そうかな?」
 頬が熱くなる。なんだこれ、なんだよ、これ。
 男に言われてうれしいようなもんでもないだろ。
 それなのに、体の全部が大神に持っていかれるような気がしてしまう。
 意識しないようにしていたのに、大神に吸い込まれてしまいそうになる。
 昨日のキスのときからだ。大神の瞳が、俺の心を掴んでいた。
 だめだ、やめろ。
「俺はいいと思うけど。小鳩が今挙げたとこ」
「あ、あはは……またまた」
 笑って誤魔化す。べつに大した意味なんてないんだから。
 白井に言われることと一緒だ。そう、大神だからってこんなにも心がかき乱されるような思いはしなくていいはずなのに。
「なあ」
 がん、と音がする。
 隣にいたはずの大神の顔が、今は目の前にあった。
 近い。壁ドンだ。後ろはフェンス。
「本気で言ってるんだけど」
「……大神?」
「俺、キスされる相手、誰でもいいわけじゃないよ」
 なんだよ、その獲物を捕らえたような顔は。クラスメイトに向けるようなものじゃないだろ。
 こんな表情をする大神を、俺は知らない。
「小鳩だから」
 ぐっと、さらに顔が近づく。
「小鳩だから、あの日、山田とキスさせなかったんだよ」
 低くて、体全体に響くような声。
 ……なんだ、これ。
 変だ。大神に対して、俺は友達ではない、別の感情を抱こうとしている。
 頼む、頼むからこれ以上、俺の心を持っていくなよ。