不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

【大神side】
 好きだから、どうしたらいいか分からなかった。
 バスの中で告白っぽいものが聞こえて、すぐに反応したのは、俺が全く同じことを思っていたからだ。
『……俺のこと、好きになってよ』
 ずっと、本当にずっと、小鳩に対して思っていた。
 そのまま同じ空間にいるとどうにかなってしまいそうで、とにかく冷静になりたくて、「そういうことで」と返すだけで精一杯だった。
 遠くなるバスを見送りながら、夢でも見ているのかと思った。
 本当に付き合えたんだろうか。
 小鳩への想いは、ずっと自分の中に留めておくものだと、そう信じてきていたのに。
 気づいたら自分の家に辿り着いていたけど、どう帰ってきたのかうまく思い出せない。
 風呂に入ってベッドで眠りにつくタイミングで、無性に小鳩の声が聞きたくなってスマホを手に取った。
「……いや、知らないじゃん、連絡先」
 小鳩の声を聞いて今日を終わらせたかった。
 嘘じゃないんだよな?
 小鳩は俺のことが本当に好きなんだよな?
 そのままどんどん空が明るくなり、結局眠りにつくことができなかった。
 まともに寝られなかったのが悪いのか、窓を開けて、朝日を眺めては「本当に小鳩は俺が好きって言ったのか?」と疑いが出てきた。
 どう考えても、これは俺にとって都合のいい考えでしかなかった。
 小鳩から告白されたと証明できるものがない。
 もしかしたら都合のいい夢をずっと見ていたのかもしれない。
 部屋の中をぐるぐる歩き回って、やっぱり答えが出てくることはないまま学校に向かった。小鳩と会えば、夢なのかそうではないのかが判断できるはずだ。
 でも、なにも変わらなかった。
 小鳩から話しかけられることもなければ、ほとんど目が合うこともない。かと言って、本人に直接確かめるとなるとどう切り出せばいいかも分からない。
 結果的に会話の糸口を見つけられないまま「やっぱり夢だったんだな」と解決することにした。
 正直、小鳩とどうこうなる夢を見ることも多かった。
 夢の中では付き合っていたり、付き合う寸前だったりと関係性は様々だけど、どちらにしても両想いである設定ばかり。
 好きになる相手が男だったことに、初めは戸惑いがなかったわけではない。
 小鳩の第一印象は、ただのクラスメイトで、やたらとちょっかいをかけられる奴というだけ。
 たしかに可愛い顔はしていたし、一部の男からの支持が厚かったのは知っていた。でも、そこに自分が入ることは想像できなかったし、興味もなかった。
 関わることはないのだろうし、接点もないまま卒業していくものだと思っていたのに。
 六月のある日。
 いつも使うバス停は駅にあるため、かなり混んでいる。
そのことに嫌気が差し、家から少し距離があっても空いている別のバス停を使った。
 乗ってからすぐに、一番後ろの席に同じ高校のクラスメイトがいることに気づいた。
 小鳩だ。姫ポジで、誰からも可愛がられるような存在。
 スマホの画面を見ている。残り二十分。ちょうど空いた席で目についたのが、小鳩の前の席だった。
 ひとまず座ろう。それから、少しだけ寝たい。
 とんとん、と肩をつつかれて、寝ていることに気づいた。
「大神、学校着いたよ」
 目覚めて、小鳩と目が合った。
「あ、ごめん。ありがと」
 そう返せば「どういたしまして」と小鳩が軽く微笑んだ。
 あー……きっと、こういう顔が可愛いって言われるんだろうな。
 顔もたしかに整っているけど、小鳩の表情がいちいち愛嬌があるもので、人気があるのも理解した。
 思ったより居心地がよかったので、次の日もその次の日も小鳩と同じバスに乗り、小鳩の前の席に座った。
 それから高校に着くと、先に小鳩が立ち上がっていて、降りるときに目が合った。
「よかった、今日は起きてた」
 小鳩にとっては特別な意味なんてないだろう。
 でも、気にかけてくれることがうれしかった。小鳩の優しさに触れて、ふと中学時代を思い出した。
「大神くんって優しいよね」「大神くんっていい人だし」「頼りがいがあるから好き」
 あのころ、俺への周囲の評価は高かった。共学で、今とはちがい女子からの視線もよく感じた。
 周りが求めているような自分になるのは難しくなかった。自分で言うのもあれだけど、器用に生きられるようなタイプだった。
 だからこそ、周囲からの期待に時々息苦しさを覚えるようになっていたのも事実だ。頼まれてもいないのに、自分から理想とされるような人間を演じていたのに、勝手に苦しくなっていた。バカみたいだなと思うのに、人前に立つと、求められていそうな人間を自然と演じてしまう。
 気が抜けなかった。だけど失望されるのも面倒だった。
 しんどくなるくせに、自分らしさを見失う。
 そんな葛藤を抱えている中で迎えたバレンタイン。俺は周りの男たちに妬まれるくらいにチョコレートをもらった。愛想よくしていたつもりだけど、その気持ちが重荷で、笑いながらも心は疲れていた。
 このチョコレートの中に、本当の俺を見ている人はどれくらいいるのだろう。
 偽らない俺を知ったとき、受け入れてくれる人間はいるのだろうか。

 北原高校を選んだのは、少なくとも女子からの期待に応えなくてよくなるという安易な理由からだった。
 そんな中、小鳩にバスで起こされたとき、初めて気が緩んでいるところを見つかったような気分だった。
 それでも小鳩は俺に幻滅するどころか、次の日はちゃんと起きているか心配までしてくれた。
 それだけで、小鳩は俺のことを偏見なしで見てくれる奴なんだろうなと直感で思った。
「……み、大神」
 それからは、家からちょっと遠いけど小鳩がいるバスに乗るようになった。帰りも行きと同じバスに乗るようになり、そんな日々が続いていたころ、いつもよりも少し強引な触れ方でぱちりと目が覚めた。
「あ、起こしてごめん……その、いつも降りるバス停だから」
 ひそひそと、申し訳なさそうな小鳩の声が聞こえた。
 爆睡していたらしい。しかも、この時間帯だと、降りるバス停には俺しかいない。それなのに、停車ボタンがすでに押されている。
「……助かった」
「う、うん……じゃあ気をつけて」
 気をつけてって、すぐそこなんだけど。
 ふっと笑みがこぼれて「そっちも」と返した。
 バスから降りて小鳩を見上げたら、同じように俺を見ていた瞳と目が合った。
 俺が見ると思わなかったのか、びくっとした反応を見せたのに、そのあとはへらへらと手を振っている。気まずい、なんて思っている顔だ。それで余計に笑えた。
 可愛い。
 小鳩の視界に入りたいって思った。
 それからも懲りずに小鳩の前の席に座るようにした。
 一度だけ、サラリーマンに定位置を取られたことがあって、それ以来、バス停の最前列を狙うため、さらに五分早く家を出るようにした。
 必死すぎんだろ、と自分で呆れる。
 でも、小鳩の近くにいたかった。
 そういう邪な気持ちは知られたくもない。
 会話がなくても、後ろに小鳩がいる。それだけで気持ちが落ち着いた。
 この先、もし小鳩と一緒にいられるような世界線があるんだとしたら、多分ずっと、手放したくないと思う。