不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

 自販機の前に立ち、黒い液体の炭酸飲料を見つける。種類がふたつあって、ラベルにゼロの文字があるほうを選んだ。
「そっちでいいの?」
 後ろにいた大神に聞かれた。
「うん、これを飲むときの白井って、毎回こっち買ってるから」
 甘くなくて俺は苦手だけど、白井は絶対これだ。
 自販機から取り出そうとして、後ろからひょいっと手が伸びてきた。
「よく知ってるんだね、白井のこと」
「え」
 言い方に、なんとなく棘があったように聞こえた。
「さっきも白井と仲良さそうだった」
「……大神?」
「もしかして、匂いにつられて近づくのって、俺だけじゃなかったりする?」
 大神は冷ややかな目で手元のペットボトルを見る。
 まるで、気に入らないと言わんばかりの視線。
「小鳩にとって、これって日常茶飯事?」
「あっ、ちがう……匂いは、大神だけで」
「じゃあ匂い以外は、誰にでもしてんの?」
 さっき見た雰囲気が、一瞬で今と重なった。
 ボウリングの途中で、大神と目が合うとき、ふいっと逸らされていたことを思い出した。
 あれって……俺に怒っていたのか?
「誰にでもなんてこと、ないけど」
「白井に抱きつかれることもしょっちゅうだよね」
 言われてみれば、それが普通になっていた。姫扱いされて、白井の膝の上に座ることもある。
 大神と目が合う。もし俺が小動物かなにかだったら、全く動けなくなっていたはずだ。
 食べられる。
 そんなわけないのに。一瞬、大神を前にして思ってしまった。
「そういうの見せられると困るんだけど」
 ――困るって、なんで大神が困るんだよ。
 そう聞きたくて、聞けなかった。
 大神の目が真剣だったから。
 なにかを言いたくて、「えっと」と言葉を出しているうちに、大神が深く息を吐いて前髪をかきあげた。
「ごめん、言いすぎた」
「へ」
「今の、気にしなくていいから」
 白井に渡してあげてと、大神からペットボトルを渡される。冷たいはずなのに、大神が握っていた部分だけ、かなりぬるくなっていた。


 その後、ボウリングは大盛況に終わった。
 なぜか大神と山田の対決になり、完全に観客となった女の子たちが精一杯黄色い歓声をあげながら応援していた。主に大神を。そして山田は負けた。
「大神くん、また遊ぼうね」
「うーん、山田にまた声かけてください」
 出た、遠回しの断り。
 帰り際、さっさと帰ろうとする大神を、女の子のひとりが引き留めた。
 やたらと大神の隣を死守しているような子だったから、どこかで行動に移すんじゃないかと思っていたけど、最後の最後に賭けていたらしい。
 そして大神は、そういう子とはすぐに距離を取ろうとする。
「じゃあ彼女にしてほしいな。そしたらいつでも会えるし」
「彼女はいらないんで」
「じゃあ遊びでもいいよ」
 それって本命じゃなくてもいいってことなのか。
 もっと自分を大事にしたほうがいいよ、とお節介が出てきそうになる。
 白井は、いつの間にかひとつ上の階にあるカラオケで、クラスメイトと合流して盛り上がっているらしい。少し前に「カラオケで待つ」というメッセージがスマホに届いていた。
 結局、大神は女の子を最後まで突き放す形でボウリング場をあとにした。
 山田はその場にいた女の子全員の連絡先を聞き、満足したように「また連絡するね」と大神のあとに続いていった。
 俺はカラオケに行こうかと悩んだけど、白井に飲み物だけ渡して帰ることにした。
 カラオケに行くと、白井は熱唱していた。マイク越しで「デュエットしようぜ」と誘われ、やめとくわと断って部屋を出た。
 正直、歌いたい気分でもなかった。
 頭の中では大神のことばかりだし、大神がなにを考えているのか知りたかった。けど、そもそも大神は俺のことをどう思っているのかも謎だ。


 バス停に行くと大神がいた。
 家が近いから、必然的に使うバスも同じになるらしい。
 だけど会話はなかった。大神が俺に気づいていなかったから。
 珍しくイヤホンをしていたこともあって、俺から話しかけることもできなかった。
 五分待ったところでバスがやってくる。乗客は俺たち以外いない。いつものように、大神の後ろの席に座った。
 俺たちの関係ってなんだろう。ボウリング場では会話があったのに、今は隣に座ることはない。
 大神がよく分からない。
 俺のことをどう思っているのか。友達だと思ってんのか。
「……俺のこと、好きになってよ」
 いっそ、そうだったらいいのにと、つい口から出ていた。
 でも、それは俺だけの気持ちで大神は――。
「今なんて言った?」
 髪が揺れて、大神が振り返った。
『今なんて言った?』
 過ぎていった記憶を高速で巻き戻し、自分がとんでもない発言をしていたことに気づいた。
 大神はイヤホンを外す。音楽を聴いていたんじゃないのか?
 いや、そんなことよりも、もっと気にすることがある。
「あ、ちが……うってわけでもないっていうか。え、なに今の。ごめん撤回したいです、忘れてくださいほんと、消えますんで」
「ちょ、撤回すんなって」
 なぜか大神が焦った顔をしていた。こんな顔初めて見る。
 クラスメイトに告られたから?
 しかもその相手が俺だったから?
「ほんと、ごめん」
「それ、俺のこと好きって言ってんの?」
 この位置からなら、ずっと後ろ姿を見ていられると思っていた。その大神が振り返って俺を見ている。
「……言ってたりする、ごめん」
「いや、なんで謝るの」
「なんでって……俺がなに言ってんだって話だし、しかも大神にこんなこと」
 とりあえず次のバス停ですぐ降りよう。家から少し距離あるけど。つうかバス通学やめたほうがいいか。チャリで? パンクしてんだよな。まずタイヤ直さないと。
「本気?」
 大神が言った。その顔は赤く染まっていて、困惑しながらも、俺になにかを求めているような顔だった。
「ほ、本気……だよ」
 なんとか思っていることを口にする。いっそ出ていってしまった気持ちなら、最後まで大神に伝えよう。
「大神のこと好きになってる」
 そう言ったら、大神は目を見開いた。
「……俺も、好きだよ。小鳩のこと」
「え」
 大神は俺のことを好きだと言った……よな?
 大神の顔は赤くて、きっと俺も赤くて、同じような顔をしていて。
 これって両想いってこと?
 そう思ってもいいってことなのか?
 そのとき、大神がいつも降りるバス停の名前が車内に流れた。
「じゃあ、そういうことで」
「う、うん」
 立ち上がった大神に、「じゃあ」と見送った。
 バスを降りていく大神を見つめて、それから窓越しでも大神を見ていた。
 俺がいる場所を見上げた大神は、ひらひらと手を振っていた。
 同じように返していると、バスが静かに走り出した。
 大神が、俺のこと好き……らしい。
 本当に?
 あれ、大神って告白されたとき、どうしてたっけ。そもそも、大神の好きは俺の好きとはちがう可能性も出てきた。
 恋愛対象として好きって言われたわけではない……?
 うわあ、絶対そんな気がしてきた。というか、大神が俺のことを好きって言ったってことは、友達として好きって言われただけなんじゃないのか。
「……俺の勘違い?」
 大神がいた場所を眺めながら、どういう意味だったのかだけを考えていた。