俺は今、好きな人と一緒に写真を撮っています

 午後の授業は合同体育である。
 秋になり、徐々に体育祭の準備を進める頃合いだ。そのため必然的に体育はクラス単体での実施ではなく、合同での開催となる。
 ただ合同と言っても体育祭の練習のため同じ組同士に別れての練習であったり、ほかは個人戦である短距離走や障害物競走の練習がほとんどのため合同とは名ばかりの、集まってがやがややってるだけの時間と言った方が正しいのも知れない。
 そのためか、ある程度授業をサボってもバレないのがこの合同体育の良い点かもしれない。そんな時間を使って俺は染谷に声を掛ける。

 「そ、染谷は今日何か予定があるのか?」

 緊張のせいか、普段染谷と話すときは何も感じることはないのだが、今日に限っては声が裏返りそれはまるで”俺は今緊張してます”と宣言しているかのようであった。
 しかし染谷はそんな俺の少し恥ずかしい声の上ずりをまったくと言っていいほど気にしていないのか、それとも気が付いていないのかはわからないが、特に意識した様子はなく俺に返事をする。

 「予定? 逆に四季くんは何かあるの?」

 染谷の返事は当然の回答であった。
 予定があるのかと問われれば、なら質問者は予定があるのかと疑問に思うのは至極当然のことだろう。
 俺は少し考えたが、正直に話をすることにした。

 「染谷に用がある。放課後体育館裏に来てほしいんだけど……」

 困らせるかもしれない。
 いや、百パーセントの確率で染谷は困るだろう。これは俺の自己満足だ。
 そんな俺の回答を聞いた染谷は目こそ見開いたりして目に見えてわかる動揺はしてはいなかったものの、明らかに何かを期待しているような目をしていた。
 その目はキラキラと光を反射しているようで、あの日俺を虜にしたときと同じようにまた俺は染谷に魅了されていた。

 「うん……行く。絶対に行く」
 「うん、待ってる」

 合同体育はまだまだこれからだというのに、どうしてこんな序盤にこんな約束をしてしまったのだろうかと若干の後悔を滲ませながらも、俺はこの後戻りが出来ないこの状況を使って自分の気持ちを奮い立たせることにした。




 ホームルームが終わり、染谷と約束をしていた体育館裏に移動する。
 いつもなら早めに終わるホームルームであったが、今日は共有事項があるとのことで思いのほか時間を喰ってしまった。ホームルームが終わりちらっと染谷の教室を見たがそこにはすでに染谷の姿はなかった。
 つまりは先に体育館裏に行ったということだろう。
 体育館裏といっても、人が来ないわけではない。
 放課後の体育館ではもちろん運動部が部活をしているわけで、バレー部やバスケ部、卓球部などの室内スポーツをメインとする運動部に所属する生徒でこの後あふれかえることだろう。
 個人的には人が集まってくる前に染谷にプレゼントを渡したいところだ。
 そしてあわよくば告白をしたいと考えている。
 今まで告白なんてものをしたことがないため、どんな言葉を掛けるべきかはわからないが、自分の気持ちを率直に伝えようとは思っている。
 俺は体育館裏で待っているであろう、染谷のもとに向かう。
 履きなれているはずの靴が普段と違うように感じたのは、緊張によるものだと思いながら、いつもとはどこか違うぎこちなさを身体で感じながら、体育館裏へと急いだ。



 「遅れてごめん!」

 体育館裏が見える位置まで来ると、そこにはすでに染谷の姿があったため足の回転をさらに速めて遅れたことを謝罪しながら染谷に声を掛ける。
 染谷はというと俺を見つけるなり、満面の笑みとなり、こちらに手を振っていた。
 それはまるでデートの待ち合わせで、相手を見つけた時と同じようなしぐさだ。

 「僕も今来たところだから全然大丈夫だよ! それよりどうしたの?」

 染谷には用があるとしか伝えていないため、俺が今から染谷にプレゼントを渡すために呼び出したことは本人は知らない。
 もしかしたら誕生日であるため、本人的にはある程度予想しているかもしれないが、本人としては俺が染谷の誕生日を知っていることを知らないため、本当に呼び出された理由は不明なのではないだろうか。
 しかしそんなことより、俺は今ここにきて心が揺らいでいる。

 (——誕生日に告白ってどんなんだ?)

 誕生日は一年の中でもかなり記憶に残りやすい日だろう。
 そんな日に告白なんてして染谷を余計に困らせるのではないだろうか。
 もちろんプレゼントを渡すこと自体は何ら問題ではないだろう。
 しかしそれと同時に好きであると。付き合ってくださいと告白するのは大問題ではないだろうか。

 「え、大丈夫?」

 待ち合わせまでしたのに無言である俺を心配したのか、顔を覗き込むようにして俺の様子を染谷が伺ってくる。それは上目遣いのようにも思え、俺としてはご褒美のような景色が視界いっぱいに広がった。

 「ご、ごめん、大丈夫!」
 「ほんと?」
 「ほんとほんと! 心配掛けてごめん」

 (いや、告白するのは辞めよう)

 ここにきて怖気づくなと思われるかもしれないが、染谷のことを大事に思っているのであれば告白しない選択を取るのが正解なのではないかと思えた。
 好きだと伝えようとは思っていたが、それでも振られるとわかったうえでの告白ほど怖いものはないだろう。
 否。告白することが悪なのではない。伝えること自体は何ら問題はないのだが、染谷が困ることが一番避けたい状況だ。

 「きょ、今日誕生日なんだよね?」
 「え? どうして僕の誕生日知ってるの?」
 「昼休み、クラスで祝われてるの見て知った……」
 「あぁ、なるほど……」

 俺はスクールバッグから以前より購入し、渡せないでいた丁寧に梱包された血みどろベアのミニぬいぐるみを取り出すと、それを「誕生日おめでとう」と一言付け加えながら染谷に手渡しする。
 染谷は「え、え? え?」とかなり驚いた様子で俺からのプレゼントをゆっくりと受け取ってくれた。

 「あ、開けていいの?」
 「うん、喜んでくれるといいんだけど……」

 俺の回答を聞くと、染谷はその丁寧に梱包された袋のラッピングを取り除き、紙の梱包も破かないように丁寧に剥がすと、出てきた血みどろベアのミニぬいぐるみを見た染谷は今まで見たことがないほどの笑顔を見せてくれた。
 染谷は血みどろベアのミニぬいぐるみを抱きかかえるようにして「ありがとう! 大切にする。本当にありがとう!」と感謝の言葉を述べてくれた。
 しかしその笑顔が今の俺にとって本当にダメだったのかもしれない。
 満面の笑みを浮かべ、嬉しさのあまり今にも泣き出しそうな染谷に俺は心の底から可愛いと思ってしまった。好きだという気持ちが一気にあふれてきてしまう。
 今日はプレゼントを渡すだけだとさっき自分で決めたのにもかかわらず、自分の勢いを制御することができない。

 「かわいい」
 「…………………………え?」

 つぶやくつもりのなかった心の声が外に漏れていたようで、さらに言えばそれを染谷本人に聞かれていた。
 しかし俺の感情は一度決壊してしまったダムのように止まることを知らず、次々に言葉が口からあふれ出る。

 「入学式の日に初めて染谷を見た。あの日から、あの瞬間から俺はずっと染谷のことが好きだったんだと思う。一目惚れだった。桜の花びらが校舎の壁にへばりついてきれいな桜色の校舎よりも染谷の明るい髪色が、その笑顔が俺の心を動かしたんだと思う。

 ——好きです。俺と付き合ってください」

 伝えるはずのなかった気持ちが気づいた時にはすべて染谷に伝わってしまっていた。
 一度口に出してしまった言葉をなかったことにするのは不可能だ。
 きっと今の俺は顔を真っ赤にしているに違いない。緊張するという感情が俺の中でこんなにも満たしてくるなんていうのは初めてだ。剣道の初めての試合で緊張していたときも手が震えていたが、今の俺の手の震えは同時の比ではないだろう。
 俺はそんな震えてる手を染谷に差し出す。

 手を取ってほしい。
 今の願いはただそれだけだ。

 しかしどれだけ待っても、俺の震えている手が握り返されることはなかった。
 俺はゆっくりと顔を上げ、染谷の表情を確認する。
 あの日見た桜色の校舎以上に顔を真っ赤に染め、俺の発言があまりにも衝撃的だったのか瞳孔が開ききってしまうほど動揺しており、それは先ほど大切にすると自身の胸に寄せ抱きかかえるように持った血みどろベアのミニぬいぐるみが強く握りしめられてしまうほどだ。

 ——伝えなければよかった

 それが俺が染谷を見て最初に浮かんだ感情だ。
 俺は震えの止まった手をゆっくりと力を失ったかのように下ろす。

 「せっかくの誕生日なのに変なこと言ってごめん。全部忘れて。誕生日おめでとう。本当にごめん」

 俺はそれだけ染谷に伝えると、早くこの場から居なくなりたい一心で体育館裏を後にするように全速力で帰路に就く。どのみちこの後は体育館を使用する部活の生徒であふれかえるはずだ。少し早めに撤退したと思えばよいだろう。
 後ろから俺を呼び止める声が聞こえたような気がするが、染谷に思いを伝えてしまったことへの後悔と振られてしまったことへの深い悲しみから、目の前が見えなくなるほどぼやけてしまっており、そんな表情を誰にも見せられるわけもなく、振り返ることはしなかった。

 「最悪だ」

 まるで世界から色がごっそりと消えてしまったような虚無感が一気に襲ってくる。
 明日からのことなんて一切考えられない。
 俺はただただがむしゃらに走ることしか出来ないでいた。