俺は今、好きな人と一緒に写真を撮っています

 俺は今、好きな人と一緒に写真を撮っています。
 俺は着ぐるみを着ており、向こうは着ぐるみの中身が俺だとは気づいてはいないけど——


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 昨日の大雨が嘘だったかのように晴れ間が広がっている。
 高校の入学式というこの日に、印象に残っているのは、雨上がりのせいか普段は濁った白色をしているであろう校舎に桜の花びらがへばりついており、この季節でしか見ることができないであろう桜色の校舎が目の前に広がっていたことだろうか。
 普段は校舎なんてものをまじまじと見ることなんてないだろうが、今日というこの入学式に相応しい日に桜色の校舎なんてものを見せられてしまったら嫌でも目についてしまうだろう。
 しかし俺——四季政宗《しきまさむね》の印象に残っているのはそれだけではない。
 桜色の校舎よりも俺の視線を奪った人物がいる。
 明るめの赤茶色の髪色に、身長はおそらく一六五センチメートル程度。パッと見であればどこにでもいるような男子高校生だろう。しかしそんな彼の朗らか《ほがらか》な笑顔に自然と周りに人が集まっているようだった。

 名前は——染谷由紀《そめやゆき》と言うらしい。
 周りの生徒から「染谷」や「由紀」、「ゆきちゃん」と呼ばれているのを聞いてそう判断した。
 きっと中学校からの友達なのだろうが、その距離感や男女関係なく絡んでいるところを見ると、彼のその笑顔は本物であり、善い人なんだろうなというのが自然と伝わってくる。

 そんな彼にどうして視線が奪われてしまったのかはわからないが、今思えばきっと桜色の校舎に一番似合う人物だったからかもしれない。今までも赤毛の友人は数は少ないながらも何人も見てきてはいたのだが、彼は群を抜いて赤毛が似合っていた。理由なんてそんなもので十分だろう。
 とにかく気になるの一言に尽きる。そんな存在になっていた。

 始業式が終わりクラス発表がされたのだが、染谷由紀とは同じクラスになることはなかった。俺の入学したこの旭川高等学校は進学校ではないが、専門学校のように自分のやりたい分野を学ぶことのできる高校であり、それなりの生徒数を有する学校であったため、あまり期待自体はしてはいなかったものの、少し残念な気持ちにはなった。
 しかし中学から付き合いのある友達と呼べるべき存在が何人か同じクラスになったので、それは救いだったと言えるだろう。

 発表された自身の所属するクラスに向かい、これから一年間お世話になる先生からの簡単な挨拶をもらった後、入学初日ということもありクラス全体でオリエンテーションをすることになった。
 オリエンテーションとは言ってもようは自己紹介タイムだ。中学校までの義務教育期間とは異なり、高校では別の地区にいる同年代も同じ学校に通うことになる。つまりまったく知らない人間と今後交流をしていくことになるため、自己紹介は大事だろう。
 俺は前の人のフォーマットに沿って、簡単な自己紹介をする。

 「東中出身の四季政宗です。中学では剣道やってました。これから一年間よろしくお願いします」

 初対面への自己紹介なんてこんなもんだろうというほど簡素な自己紹介であったが、自己紹介を終えると同時に拍手が鳴り響いたため、軽く一礼をしてから席に着く。
 中学校までの出席番号は誕生日順だったため、十二月生まれの俺は割と後半の出席番号だったのだが、高校からはあいうえお順で出席番号が割り振られているようで割と序盤で挨拶をすることになった。
 こういう自己紹介は一番最初と一番最後のハードルが高いため、対して記憶に残りづらい序盤に挨拶を終えることができたのは個人的にはよかったと言えるだろう。

 全員の自己紹介が終わると、次は必要書類の確認であったり、それが終わると校内見学となった。先述した通りこの旭川高等学校は自分のやりたい分野を学ぶことのできる仕組みを取り入れており、その分野数に応じるように教室の数も多くなっている。そのため校内で迷子になる生徒が多発するようで、このような校内見学の時間が設けられているようだ。
 校内は無駄に広く、特に頭が悪いわけでもない俺でも覚えるのが精一杯で、同じクラスの奴らはすでに覚えることを放棄した顔をしている者もちらほら散見された。

 「しっきーはどの分野受けんの?」

 校内見学中に俺に肩を組みながら声をかけてきた人物がいた。
 身長は俺ほど高くはないが、それでもあと一センチで一八〇センチメートルになるほどの背丈を持ち、黒縁の眼鏡が特徴的な彼は佐伯と言い、同じ中学からの付き合いで剣道部の部長を勤めていた人物だ。
 高校でも同じクラスになることのできた友達であり、そんな佐伯は校内見学という一種の自由時間と呼べるような時間に絡んできたのだ。

 「俺は普通に授業を選択するつもりだったけ、そういう佐伯はどうすんの?」
 「えらい堅実だな……。俺は調理系でも受けてみようかと」
 「調理系?」

 佐伯の予想外の回答に俺は思わず聞き返す。
 佐伯は剣道部で部長を勤めるほどスポーツマンだと思っていたため、料理など一切興味がないのだと思っていたがそれは俺の勝手な思い込みだったようで、俺の雑な問いかけとも呼べない返事に佐伯は丁寧に答えてくれた。

 「手に職っていうかさ。何か持っておきたいなって思ってさ。剣道は好きだけどそれを職業にできるとは思ってないから、少しでも自分のできることを増やしたいってだけ」

 普段は何も考えていないように見えて、しっかりと将来のことを考えているのだと知り、少し佐伯が遠くの存在になったような感覚に陥ったが、佐伯は続けて「あと作った料理は食べていいらしい」というそっちのほうが本音だろと思わず突っ込みを入れたくなるようなかわいい回答をしてくれたため、佐伯はやはり佐伯なのだと安心をした。


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 高校二日目もまだまだオリエンテーションは続いた。
 今日のオリエンテーションは新学期なら必ずと言っていいほど全生徒が経験する体力測定だ。これをオリエンテーションと言っていいのかはわからないが、一種のイベント行事であることには変わりないだろう。
 しかしこの行事がオリエンテーションと呼ばれている理由がすぐに分かった。
 この学校の体力測定は合同体育になるようで、新入生である四クラスが同時に体力測定を行うらしい。そのため本来は数日に分けて測定を行うであろう体力測定もこの一日ですべての体力測定を終了させるらしく、まだ二日目ながらも同級生全員と顔を合わせることになるようだ。
 それを聞いた俺は少し期待をしていた。
 ——染谷由紀の存在だ。
 昨日、俺の視線を奪った人物であり、声をかけようかと思ったが、どう声をかけたらいいかがわからないまま同じクラスになることはなく、どう接点を持とうか考えていたところだった。
 合同体育であれば、もしかしたら話すきっかけを作ることができるかもしれないため、若干の期待があったのだ。

 「しっきー何番だった?」
 「えっと、十五番。佐伯は?」
 「俺はラッキーセブン!」
 「そ、よかったな」

 合同体育の体力測定はほかのクラスとの交流も目的の一つらしく、くじ引きを行い同じ番号を引いた者同士でペアとなり互いの結果を記録していくシステムを採用しているようで、佐伯の少し面倒に感じるテンションをうまく躱しつつ、俺は同じ番号を引いた相手を探す。

 「あの!」
 「ん?」

 相手を探していたところ、後ろから声をかけられ振り向く。
 そこには昨日の入学式で俺の視線を奪った人物がいた。

 「僕、染谷由紀って言います。四季くんの番号は十五番ですか?」

 そう言って染谷は十五番と書かれた番号札を俺に見せてきた。
 俺が少しではありながらも期待を込めていた人物と偶然にも同じ番号を引いていたことに驚き、俺は目を見開いてしまった。

 「え、あ、すみません。突然声をかけてしまって」
 「いやこっちこそ驚いてごめん。俺は四季政宗。俺も十五番だよ。よろしく」

 俺も番号札を染谷に見せながら、軽く挨拶をする。
 すると染谷は嬉しそうに朗らかに微笑んだ。
 何がうれしいのかはわからないが、おそらく今この瞬間で言えば染谷より俺のほうがうれしいだろう。何せどう声をかけようか悩んでいたところ、話すきっかけができてしまったのだから。

 体力測定はペアで体育館とグラウンドを行き来しながら行われる。
 最初の種目は体育館で腹筋と腕立て伏せをすることになった。染谷は筋肉にさほど自信がないのか記録としては高いものではないのだが、すぐにバテてしまい、顔が真っ赤になっていた。

 「大丈夫か?」
 「うん、だ、大丈夫。次僕が押さえておくね」

 そういうと次に俺が腹筋しやすいように俺の両足を染谷が押さえる。
 ほかのペアの準備ができたところで、担当の先生がストップウォッチでしっかり三十秒を計り、合図と同時に俺は勢いよく腹筋を開始する。
 俺の足を押されてくれている染谷だが、その体格差からか俺が腹筋をするたびに若干宙に浮いているようにも見える。染谷がそれが少し恥ずかしいのかバテて真っ赤になっていた顔がさらに赤くなっていくのがわかる。
 計測が終わったところで俺が染谷に声をかける前に、大声で佐伯が俺と染谷に声をかけてきた。

 「しっきー、その体格差じゃ可哀そうだろ。お前が腹筋する度にペアの子少し浮いてたぞ?」
 「佐伯うっせぇ! ごめんな染谷。俺とじゃ嫌だろ? 先生に言ってペア変えてもらおうか?」

 正直佐伯の言っていることは正しいと思う。
 ここまで体格差があれば数字に表れる。加えて言えば俺はもともと剣道をしており体力面においてはそれなりに自信があるほうだ。そんな俺の記録を見てしまっては染谷がやる気をなくしてしまうかもしれない。
 きっと佐伯もそれを危惧して声をかけてくれたのだろう。
 しかし染谷は懇願でもするかのように俺に縋《すが》りつきながら俺の提案に首を横に振る。

 「四季くんが嫌じゃなければ四季くんとペアがいい……です」
 「……俺は嫌じゃないけど、染谷が大変じゃないか?」
 「大変じゃない。ち、小さくてごめん」
 「なんで染谷が謝るんだよ……そうだよな。ごめんな。勝手にペア解消しようとして。一緒に頑張ろうな」
 「うん!」

 染谷は思っていた以上に素直な子で、この会話がきっかけで少しながらも俺と染谷の距離は縮まったような気がした。体力測定のすべての項目を終え、ありがとうと深々と俺に頭を下げてきた染谷に対して「もう友達なんだからそんな大層な礼はやめろ」と伝えたところ、染谷は本当に嬉しそうな表情を見せたのだ。

 「とも……だち? ほんとに? ほんとに僕と四季くん友達?」
 「俺はそうだと思ったけど、嫌だった?」
 「すごくうれしい! 本当にうれしい!」

 周りにもたくさん友達はいるだろうにと、面白い反応を見せた染谷に俺はまた目を奪われていた。


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 「ただいまぁ」

 学校も終わり、俺は特に予定もないため真っ直ぐ家に帰る。
 家から学校までは公共交通機関を使用するほど距離があるのだが、俺はその距離を自転車で通っている。その理由は俺が住んでいるこの少しばかり年季の入ったアパートを見れば十分だろう。
 駐輪場に自転車を停め、上機嫌のごとく二段飛ばしで階段を駆け上がり、俺はアパートの一室の扉を開けながら、そう声を上げる。

 「あら、おかえり」
 「え? かぁさん?」
 「え? って何よ! お母さんがいちゃダメっていうの?」

 そんな冗談交じりに俺の帰宅を出迎えてくれたかぁさんに俺は少し驚いてしまった。それもそのはず。女手一つで俺をここまで育ててくれたかぁさんがこの時間に家にいることが珍しいのだ。
 父親は俺が保育園に入る前に離婚してしまったらしく、俺は父親に関する一切の思い出がない。それでもかぁさんはそんなことを気にさせないくらい、俺をここまで大きく育ててくれたのだ。言葉通り朝から晩まで俺を養うために働いてくれているかぁさんには感謝しかない。
 そんなかぁさんがどうしてこの時間に家にいるのかが気になった。

 「いや、この時間に家にいるのが珍しくて……。何かあったの?」
 「何言ってんのさ! この間も言ったでしょ? お母さんこの一週間は有給だからずっと家にいるって」

 思い返してみればそんなことを言っていたような気もする。働いたことのない俺からすれば有給がどんなものかわからないが、休みであるものの給料が発生するシステムであるということは少なからず理解はしている。

 「昨日帰ってきたときはいなかったよね?」
 「昨日は買い出しに行ってたの!」
 「なんで有給? イベントごとでもあるの?」
 「……お母さんね、転職するのよ」
 「転職? 仕事を変えるってこと?」

 それは予想もしていなかったことだった。
 かぁさんはパートを何個か掛け持ちしているということは知っていたが、その内のどれを辞めて、どんな新しい仕事に就くのだろうか。

 「政宗ももう高校生でしょ? 中学までは何か不測の事態があるかもって思って時間の融通が利くパートにしてたけど、政宗も高校生になったからある程度は大丈夫かなって。それにスーツ着てるお母さんかっこいいでしょ?」

 どうやらパートはすべてやめて、どこかの企業に正社員として勤務をするらしい。
 そして言葉としては出していないが、おそらく高校は今までの比にならないくらいのお金がかかるため、少しでも稼ぎを上げるために転職をするということだろう。
 子どもにはなんの心配もさせないように、スーツ着てるお母さんかっこいいでしょなんて言って見せているが、きっとかぁさんは不安でしょうがないんだとその時感じた。

 「そう言えば政宗は高校でも剣道するでしょ? あんたいつもすり足だったりで剣道の動きが体に染み付いてるもんね。剣道着とか新調したいでしょ? 今度お母さんと見に行こうか」

 それを聞いて俺の中で決心がついた。

 「俺、剣道やめる」
 「……何言ってんのさ? 政宗は剣道好きでしょ?」
 「剣道は好きだけど、それは今じゃなくてもできるから」
 「…………」
 「俺、バイトするよ」
 「……政宗? お金の心配ならしなくてもいいんだよ?」
 「……俺さ、実はバイトずっとしてみたかったんだよね。高校生のアルバイトって結構夢じゃない?」
 「…………政宗、ごめんね。ごめんね……」
 「何を謝ってるのさかぁさん。俺嘘なんかついてないよ? 旭川はバイトOKの高校だし、ちょうどよかったね」

 俺はただただ泣き崩れるかぁさんの背中をさすりながら、「バイト代入ったらおいしいものでも食べに行こうね」と声を掛け続けた。