『バズらない僕と、最強フォロワーの彼女』

放課後の屋上から、三日。
湊のチャンネル登録者は、ついに1万人を超えた。
「……意味わからん」
画面に並ぶ数字を見て、呟く。
今夜は、初コラボ配信。
相手は――白雪凛。
開始10分前。
同接待機人数、すでに5万人。
手のひらが汗ばむ。
「逃げたい……」
その瞬間、スマホが震えた。
【白雪凛:緊張してる?】
「してるに決まってるだろ……」
すぐ既読。
【白雪凛:大丈夫。君はいつも通りでいい】
短いメッセージなのに、少しだけ心が落ち着く。
【白雪凛:私が横にいる】
その一文で、鼓動がまた跳ねた。
「……反則だろ」
配信開始。
画面が切り替わる。
コメントが滝のように流れた。
【凛様きたあああ】
【湊って誰?】
【例の空間バグの人?】
湊は深呼吸する。
「こんばんは。朝霧湊です」
声が少し震える。
その横に、凛の姿が映る。
「こんばんは。白雪凛です」
静かな声。
でも、それだけで空気が締まる。
同接、12万人突破。
湊は思わず息を飲んだ。
「今日は、俺の能力検証ってことで……」
「うん」
凛が頷く。
「湊の力は“空間干渉”。まだ仮説だけど」
コメント欄が爆速になる。
【え?最強確定?】
【やばくない?】
【炎上案件?】
凛は続ける。
「まずは小さい範囲で。感情を抑えて」
湊は目を閉じる。
静かに、呼吸。
――カチン。
目の前のコインが、わずかに浮いた。
コメント欄が爆発する。
【浮いた!?】
【CGじゃないよな!?】
【ガチじゃん】
湊の心臓が跳ねる。
その瞬間。
空気が歪む。
画面がノイズを走らせる。
「……っ!」
凛がすぐに手を伸ばす。
湊の手を、握る。
冷たいはずの手が、今日はやけに温かい。
「落ち着いて」
囁く声。
「私を見て」
湊は凛を見る。
コメント欄は騒いでいるのに、
そこだけ静かだった。
「……大丈夫」
凛が小さく微笑む。
暴れかけた空間が、ゆっくり収束する。
配信画面が安定する。
コメントが一斉に流れる。
【尊い】
【手繋いでる!?】
【公式!?】
湊は慌てて手を離そうとする。
でも――
凛は、離さなかった。
「まだ不安定だから」
少しだけ頬が赤い。
「このまま」
湊の心拍数が限界を超える。
ドクン。
その瞬間、画面が一瞬だけ真っ黒になった。
そして――
空に、亀裂のような光が走る映像が映る。
コメント欄が凍りつく。
【今の何?】
【演出じゃないよな】
【怖いんだけど】
凛の顔色が変わる。
「……まずい」
「え?」
「今の、私の氷じゃ止めてない」
冷たい沈黙。
屋上で見た亀裂と、同じ感覚。
でも、今回は――
画面越し。
世界中が見ている。
空間が、もう一度震える。
湊の胸の奥で、何かが軋む。
頭の中に、知らない声。
――“目覚めろ”
「……やめろ」
凛が強く手を握る。
「湊!戻って!」
視界が白く染まりかける。
コメント欄が悲鳴で埋まる。
その瞬間。
凛が、湊を抱き寄せた。
ぎゅっと。
「一人にしない」
その言葉が、深く響く。
暴走が、止まる。
光の亀裂が、消える。
静寂。
配信は続いている。
同接、20万人。
誰もコメントしない数秒間。
やがて――
【今のガチで震えた】
【映画かよ】
【この二人やばい】
凛はカメラを見る。
「今日はここまで」
冷静な声。
「続きは、また今度」
配信終了。
画面が暗くなる。
部屋に静寂が戻る。
凛は、まだ湊を抱きしめていた。
「……凛」
「怖かった」
小さな声。
最強の少女が、震えている。
「君、消えそうだった」
湊は、ゆっくり彼女の背に手を回す。
「消えないよ」
自分でも驚くほど、落ち着いた声。
「……まだ、凛に教わってないこと多いし」
凛は少しだけ顔を上げる。
目が合う。
距離、数センチ。
「……バズったね」
「嬉しくないのか?」
凛は、首を横に振る。
「嬉しいけど」
少しだけ、微笑む。
「それより、君が無事でよかった」
胸が熱くなる。
再生回数も、トレンド入りも。
その瞬間はどうでもよかった。
静かな夜。
二人の鼓動だけが、重なる。
そして、画面の向こうでは――
「空に亀裂が見えた」という投稿が、
世界中で拡散され始めていた。
これはただの配信じゃない。
世界が、彼らを見始めている。
(続く)