「目が覚めたら、外で何かが動く気配がした。車から降りて、雑木林に目をやったら、白人の少女がこちらを見ていた。そうだな?」
「……まあ、そんな感じだな」
トラヴィスは曖昧に首をかしげている。
「こんな深夜に人気のない森林で未成年の少女がいるとすれば、何らかの事件に巻き込まれた可能性がある。念のため、周辺を見て回ろう」
ジェレミーはボンネットを下ろすと、車内から銃を持ち出した。自宅に置いてあるベレッタだ。それを手にし、もう片方の手で懐中電灯を持って前方を照らす。
「――待て、ジェレミー」
今度はトラヴィスが引き止めた。
「やめよう」
ジェレミーは意外そうに振り返った。いつもなら、こんな状況で率先して突撃してゆくのはトラヴィスである。
「何だか……嫌な感じだ」
トラヴィスは両手を広げて肩をすくめていた。
「俺の勘はあたる。そう、気持ちが悪いんだ」
「だが、見たんだろう?」
「そうだ。でもよく考えたら、こんな真夜中に、こんな場所でガキを見るわけがない。俺の思い過ごしだ」
「それにしては、具体的な説明だった」
ジェレミーはいきなり言い出した恋人の様子を怪訝そうに見守る。トラヴィスは明らかに嫌がっていた。
「だから、何で俺は見たのか……不思議で……」
そこで声が途切れると、突然トラヴィスは呻き、自分の胸元を激しく掴んだ。
「トラヴィス」
ジェレミーがすぐに駆け寄る。
トラヴィスは胸元のシャツを乱暴に掴みながら、足元をふらつかせる。呼吸は荒く、眩暈がしたようによろけるのを、ジェレミーが支えるように抱きかかえた。
「具合が悪いのか?」
「……急に、胸が苦しくなった……」
顔色を見ると、真っ青になっている。
ジェレミーはトラヴィスを抱きかかえながら、車へ戻った。シートが倒れたままの助手席に寝かせ、自分も運転席に座る。懐中電灯の明かりで様子を見ると、まだ顔は青ざめ、額に汗が滲み出ていた。
「大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ……」
まだ息は苦しそうだが、トラヴィスは意識をはっきりさせようとするかのように瞬きをした。
「ここで休んでいよう。もう動かない方がいい」
突然に体調を崩したトラヴィスが心配だった。そんな予兆など全くなかったので、原因が掴めない。容態を見守りつつ、連絡手段の携帯電話を側に置いた。ベレッタも手の届く場所に置く。ライトは消して、車のエンジンももう一度かけてみようかと考えた時、トラヴィスが窓の方へ顔を向けているのに気がついた。
「……トラヴィス?」
「……お前」
トラヴィスはジェレミーの声など耳に入っていないかのように、むくりと起き上がると、外の一点を激しく見据えた。
「何を見ているんだ!」
いきなり叫ぶと、懐中電灯を引ったくり、ドアをこじ開けて外へ飛び出る。
「トラヴィス!」
ジェレミーもベレッタを手にして、車を出る。
「待て! トラヴィス!」
だがトラヴィスはまるで誰かを追いかけるかのように、雑木林の中へ走ってゆく。
「トラヴィス!」
恋人の返事はなかった。
「待て!」
トラヴィスは息をあげながら走っていた。
目の前には、一人の少女が背を向けて走っている。周りは暗闇なのに、なぜか少女の姿は白く浮き上がって見えた。その姿を見失わないように、必死に追ってゆく。
「おい! 待てって!」
こんな深夜の林の中にどうして少女がいるのか不思議だった。しかもなぜ車のそばにいて車内を覗き込んでいたのか。何か助けでも求めていたのか。それならば、どうして逃げてゆくのか。トラヴィスの頭には疑問符ばかりが点滅し、嫌な感じが胸を重たくしているが、どういうわけか走るのを止めようとは思わなかった。
――足の速いガキだな。
息を切らしながら、全く距離の縮まない少女の背中を睨む。少女はまるで目に見えない翼で地面を飛び跳ねているかのように軽やかだった。トラヴィスも特別に足が速いというわけではないが、未成年の少女に中々追いつけなかった。
「……くそっ」
トラヴィスは地面を強く蹴ると、陸上選手のように猛然と走り込んだ。何でこんなに追いかけなきゃならないんだ? と疑問が頭をもたげた時、ようやく少女の背中に追いついて、右肩を捕まえた。
少女は、ピタッと立ち止まった。
トラヴィスは荒い呼吸を繰り返しながら、懐中電灯をオンにして、少女の後ろ姿を照らす。少女は金髪の巻き毛を腰あたりまで垂らし、濃い藍色のワンピースを着ていた。袖は手首まで長く、裾は膝辺りを覆っている。白いレース模様の靴下を履いていて、靴は赤い。
「……どうして逃げるんだ?」
この場に不釣合いな服装に若干の違和感を覚えながら、肩から手を離した。少女を眩しくさせないように、明かりを横にずらす。
少女が、ゆっくりと振り返る。
白くてあどけない顔が、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がった。
「お前の親はどうしたんだ? 何があったんだ?」
額に滲んだ汗を手でぬぐいながら、トラヴィスは矢継ぎ早に質問をする。こんな時間帯にこんな人気のない場所に一人でいること自体、普通ではない。ジェレミーの言った通り、何か事件にでも巻き込まれたのかと思ったが、少女は口を開かなかった。
「名前は何て言うんだ?」
トラヴィスはようやくひと息ついて、幼い少女の目線に合わせるように、しゃがみこむ。少女の巻き毛には、空色のリボンがついていた。
「……エマ」
赤い唇が小さく動く。
「OK。エマだな。俺はトラヴィスだ。よろしく」
少女の警戒心をなくすために手を差し出したが、エマはその手を握ろうとしなかった。
「エマはここで何をしていたんだ?」
トラヴィスは素直に手を引っ込めて、改めてエマを見る。そこで初めて、あれだけ走ったにもかかわらず、エマが全く息を切らしていないことに気がついた。
「……あなたを助けようとしたの」
エマは低い声で言った。
「――俺を?」
「そうよ」
ライトの明かりにいるエマは、ひどく陰鬱な表情で頷く。
「あなた、殺されようとしていたの」
突拍子もない言葉に、トラヴィスはどうしようかというように苦笑いをした。
「誰が俺を殺そうとしていたんだ?」
「あの金髪の男の人」
エマは真剣だった。
「ずっと心配していたの。いつか殺されちゃうって。わたし、訴えていたの。それなのに、全然気づいてくれないんだもん」
トラヴィスはなだめるように頷いた。どうもエマは自分を誰かと勘違いしているようだと感じた。ついでに、殺される云々も思い違いしている可能性がある。そう考えて、この少女を保護することに決めた。
「OK、エマ。それじゃ、俺を殺そうとしている金髪野郎を一緒にやっつけに行こう」
ジェレミーと連絡を取って、すぐに地元警察へ連れて行くことにした。迷子、もしくは家出。誘拐。保護者から届出が出ているかもしれない。色々と想定しながら歩き出そうとした時、突然、右足に激痛が走った。
「……まあ、そんな感じだな」
トラヴィスは曖昧に首をかしげている。
「こんな深夜に人気のない森林で未成年の少女がいるとすれば、何らかの事件に巻き込まれた可能性がある。念のため、周辺を見て回ろう」
ジェレミーはボンネットを下ろすと、車内から銃を持ち出した。自宅に置いてあるベレッタだ。それを手にし、もう片方の手で懐中電灯を持って前方を照らす。
「――待て、ジェレミー」
今度はトラヴィスが引き止めた。
「やめよう」
ジェレミーは意外そうに振り返った。いつもなら、こんな状況で率先して突撃してゆくのはトラヴィスである。
「何だか……嫌な感じだ」
トラヴィスは両手を広げて肩をすくめていた。
「俺の勘はあたる。そう、気持ちが悪いんだ」
「だが、見たんだろう?」
「そうだ。でもよく考えたら、こんな真夜中に、こんな場所でガキを見るわけがない。俺の思い過ごしだ」
「それにしては、具体的な説明だった」
ジェレミーはいきなり言い出した恋人の様子を怪訝そうに見守る。トラヴィスは明らかに嫌がっていた。
「だから、何で俺は見たのか……不思議で……」
そこで声が途切れると、突然トラヴィスは呻き、自分の胸元を激しく掴んだ。
「トラヴィス」
ジェレミーがすぐに駆け寄る。
トラヴィスは胸元のシャツを乱暴に掴みながら、足元をふらつかせる。呼吸は荒く、眩暈がしたようによろけるのを、ジェレミーが支えるように抱きかかえた。
「具合が悪いのか?」
「……急に、胸が苦しくなった……」
顔色を見ると、真っ青になっている。
ジェレミーはトラヴィスを抱きかかえながら、車へ戻った。シートが倒れたままの助手席に寝かせ、自分も運転席に座る。懐中電灯の明かりで様子を見ると、まだ顔は青ざめ、額に汗が滲み出ていた。
「大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ……」
まだ息は苦しそうだが、トラヴィスは意識をはっきりさせようとするかのように瞬きをした。
「ここで休んでいよう。もう動かない方がいい」
突然に体調を崩したトラヴィスが心配だった。そんな予兆など全くなかったので、原因が掴めない。容態を見守りつつ、連絡手段の携帯電話を側に置いた。ベレッタも手の届く場所に置く。ライトは消して、車のエンジンももう一度かけてみようかと考えた時、トラヴィスが窓の方へ顔を向けているのに気がついた。
「……トラヴィス?」
「……お前」
トラヴィスはジェレミーの声など耳に入っていないかのように、むくりと起き上がると、外の一点を激しく見据えた。
「何を見ているんだ!」
いきなり叫ぶと、懐中電灯を引ったくり、ドアをこじ開けて外へ飛び出る。
「トラヴィス!」
ジェレミーもベレッタを手にして、車を出る。
「待て! トラヴィス!」
だがトラヴィスはまるで誰かを追いかけるかのように、雑木林の中へ走ってゆく。
「トラヴィス!」
恋人の返事はなかった。
「待て!」
トラヴィスは息をあげながら走っていた。
目の前には、一人の少女が背を向けて走っている。周りは暗闇なのに、なぜか少女の姿は白く浮き上がって見えた。その姿を見失わないように、必死に追ってゆく。
「おい! 待てって!」
こんな深夜の林の中にどうして少女がいるのか不思議だった。しかもなぜ車のそばにいて車内を覗き込んでいたのか。何か助けでも求めていたのか。それならば、どうして逃げてゆくのか。トラヴィスの頭には疑問符ばかりが点滅し、嫌な感じが胸を重たくしているが、どういうわけか走るのを止めようとは思わなかった。
――足の速いガキだな。
息を切らしながら、全く距離の縮まない少女の背中を睨む。少女はまるで目に見えない翼で地面を飛び跳ねているかのように軽やかだった。トラヴィスも特別に足が速いというわけではないが、未成年の少女に中々追いつけなかった。
「……くそっ」
トラヴィスは地面を強く蹴ると、陸上選手のように猛然と走り込んだ。何でこんなに追いかけなきゃならないんだ? と疑問が頭をもたげた時、ようやく少女の背中に追いついて、右肩を捕まえた。
少女は、ピタッと立ち止まった。
トラヴィスは荒い呼吸を繰り返しながら、懐中電灯をオンにして、少女の後ろ姿を照らす。少女は金髪の巻き毛を腰あたりまで垂らし、濃い藍色のワンピースを着ていた。袖は手首まで長く、裾は膝辺りを覆っている。白いレース模様の靴下を履いていて、靴は赤い。
「……どうして逃げるんだ?」
この場に不釣合いな服装に若干の違和感を覚えながら、肩から手を離した。少女を眩しくさせないように、明かりを横にずらす。
少女が、ゆっくりと振り返る。
白くてあどけない顔が、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がった。
「お前の親はどうしたんだ? 何があったんだ?」
額に滲んだ汗を手でぬぐいながら、トラヴィスは矢継ぎ早に質問をする。こんな時間帯にこんな人気のない場所に一人でいること自体、普通ではない。ジェレミーの言った通り、何か事件にでも巻き込まれたのかと思ったが、少女は口を開かなかった。
「名前は何て言うんだ?」
トラヴィスはようやくひと息ついて、幼い少女の目線に合わせるように、しゃがみこむ。少女の巻き毛には、空色のリボンがついていた。
「……エマ」
赤い唇が小さく動く。
「OK。エマだな。俺はトラヴィスだ。よろしく」
少女の警戒心をなくすために手を差し出したが、エマはその手を握ろうとしなかった。
「エマはここで何をしていたんだ?」
トラヴィスは素直に手を引っ込めて、改めてエマを見る。そこで初めて、あれだけ走ったにもかかわらず、エマが全く息を切らしていないことに気がついた。
「……あなたを助けようとしたの」
エマは低い声で言った。
「――俺を?」
「そうよ」
ライトの明かりにいるエマは、ひどく陰鬱な表情で頷く。
「あなた、殺されようとしていたの」
突拍子もない言葉に、トラヴィスはどうしようかというように苦笑いをした。
「誰が俺を殺そうとしていたんだ?」
「あの金髪の男の人」
エマは真剣だった。
「ずっと心配していたの。いつか殺されちゃうって。わたし、訴えていたの。それなのに、全然気づいてくれないんだもん」
トラヴィスはなだめるように頷いた。どうもエマは自分を誰かと勘違いしているようだと感じた。ついでに、殺される云々も思い違いしている可能性がある。そう考えて、この少女を保護することに決めた。
「OK、エマ。それじゃ、俺を殺そうとしている金髪野郎を一緒にやっつけに行こう」
ジェレミーと連絡を取って、すぐに地元警察へ連れて行くことにした。迷子、もしくは家出。誘拐。保護者から届出が出ているかもしれない。色々と想定しながら歩き出そうとした時、突然、右足に激痛が走った。



