真夜中の目撃者 FBI連邦捜査官シリーズ

「……起きろ、ジェレミー」

 肩を大きく揺さぶられて、ジェレミーは目を開けた。すぐに身を起こすと、隣で寝ていたはずのトラヴィスが車の窓ガラスに張りついて、険しい表情で外の様子を伺っていた。

「どうした」

 周辺の状況確認を素早く行う。自分は運転席のシートを倒して眠っていた。トラヴィスは助手席にいた。暗い車内。エンジンは切っている。車のロックもかかっている。外は黒いペンキをぶちまけたかのような暗闇だ。腕時計は午前一時を廻っている。

「……近くに何かがいる」

 トラヴィスは窓に顔をすり寄せて、警戒する口調で答える。

 ジェレミーはフロントガラスへ目をやった。

「見えるのか?」
「ああ。暗いが、目が慣れてきたらわかった。動物の影のようなものが動いている」

 ジェレミーもトラヴィスが見ている方へ視線を伸ばした。目を凝らすが、すぐに暗闇に順応はできない。

「いつ気がついた」
「さっきだ。目が覚めて、欠伸をしていたら、俺の目の前を何かが横切った」

 その普段と変わらない健康的な声を聞いて、ジェレミーは軽く笑った。二人は短期休暇中で、西部のアリゾナを目指してドライブしていた。途中、モーテルで寝泊りしていたのだが、今夜は運悪く見つからなかった。それだったら車内で適当に寝ようという話でまとまり、ハイウェイからいったん離れて、郊外のあまり人気のない森林近くに車を止めた。買っていたベーグルやサンドウィッチを食べた後で、全うな成人男性であり普通に性欲のある二人は、カーセックスへと洒落込んだ。

「どこまでいきたい?」
「……お前のロケットが元気に発射するところまでだな」

 トラヴィスはジェレミーの下から、愉快にウィンクする。

 それから数時間も経っていない。セックス自体はいつもどおりに激しかったが、やりすぎずに、程々に満足したところで止めて寝た。人影が見当たらないとはいえ、パトロールしている警官はいるはずなので、現役のFBI捜査官が同性同士、しかも車内で裸で抱き合っている場面を目撃された日には、まず全米級のハリケーンゴシップが巻き起こるのは確実なので、その辺は二人とも一応注意していたのである。

「外を見てくる。お前はここにいろ」

 トラヴィスはロックを外して、ドアを押し開けようとした。だがジェレミーの手がそれよりも早く動いて、肩を掴んだ。

「野生の動物がいるのかもしれない」

 目は徐々に暗さに慣れてきたが、トラヴィスが言う動く影はまだ見えなかった。

「車のライトをつけよう」

 差し込んでいるキーを回した。ガソリンは昼頃に満タンにしてある。

 だが、エンジンはかからなかった。

 ジェレミーは慌てずに、数回キーを回した。車は全く反応しない。

「俺たちの夜のエクササイズのせいで、壊れたんじゃないのか?」

 トラヴィスは笑いながら、窓ガラスを拳で突っつく。

「それほど激しくはやっていない」

 ジェレミーは意味ありげにちらりと見てから、後部座席に腕を伸ばして、非常用の懐中電灯を取り出した。

「バッテリーが上がった可能性がある。見てくる」

 ドアを開け、外へ出た。懐中電灯をつけ、前方へまわり込み、ボンネットを開ける。小さな明かりで、ボンネットの中を隅々まで照らして見てゆく。

「おい、ジェレミー」

 トラヴィスも外へ出て、ボンネットの中を覗き込んだ。

「本当にバッテリーが上がったのか?」

 訊きながら、何かが聞こえたかのように背後を振り返った。そのまま微動だにしない。

「どうした」

 ジェレミーは顔を上げると、トラヴィスが見ている方角へライトを向けた。眩しい明かりの中で、生茂る雑木林が浮かびあがる。

「俺の見間違いかもしれないが……」

 トラヴィスは首をひねった。

「人がいるように見えた」

 そこだと、ちょうど明るく照らされた場所をひとさし指で示す。

 ジェレミーは注意深く周辺を照らしていく。

「どんな人間だった」 
「……ガキのように見えたんだが……」

 トラヴィスは自信なさそうだ。

「暗いのに、どうして見えたんだ?」

 しごく真っ当なことを質問する。

 指摘されて、初めて自分でも驚いたというように、トラヴィスは慌てた。

「いや……そうだな、何でガキがいるってわかったんだ?……ああ、あれだ」

 思い出したというように、急いで言った。

「顔が見えた。白かった。女の子だった。金髪だ」

 頭に浮かんだ単語を順序に吐き出したというような言い方だった。

 ジェレミーはまだ懐中電灯を向けながら、トラヴィスの単語を解読してゆく。

「つまり、暗がりの雑木林に白人の金髪の少女がいたということだな? 様子はどうだった」
「……別に、普通だったと思う。こっちを見ていたんだ」
「トラヴィス、最初から整理しよう」

 ジェレミーは少々混乱してきた様子の恋人を落ち着かせるように、肩に手をのせた。