……ホテルのエントランスを出ると、春の風がふわりと流れてきた。
「学校に戻るには……微妙な時間になりましたね」
真面目な海原君は、どうやら事前にバスの時間を調べていたらしい。
「『寄り道』しちゃって、ごめんね」
「い、いえ。別に……都木先輩のせいではありません」
あれ? 彼にしては珍しく、素早くフォローしてくれたのかと思いきや。
「念のために、玲香ちゃんたちと『帰る時間』は決めているんです」
なんだ……そういうことだったのか。
「ふーん」
「えっ?」
「随分と、用意周到なんだねー」
「い、いやそれは僕ではなくて三藤先輩が……」
なるほど、月子の計画か。
「じゃぁ、せっかくだから『三人で』お茶でもしながら作業を……」
それなら、きっと彼女はわたしの提案を待っているのだろうと。
そこまでいいかけたところ。
「海原くん、『集合場所』のことだけれど」
月子が……わたしを無視して。
海原君にだけ、話しかけている。
「だから、『三人で』お茶でも……」
「あのですね、美也ちゃん」
再びいいかけたわたしの話しを遮るように、月子が近づいてきて。
「わたしは……少し寄りたいところがあります」
藤色の瞳でわたしを、ジッと見つめてくる。
……そこには、月子の強いなにかがあった。
「あぁ、じゃぁそこに『一緒に』いってから……」
それから時間が余れば、お茶でもすればいいと。
わたしの提案の途中で、月子はクルリと向きを変えると。
「この先は『自由行動』です」
「えっ?」
「なのでわたしひとりで、いってきます」
……それ以上は、説明させるなということらしい。
「海原くん、遅れないように……『待っています』」
ただ、彼には『ひとこと』添えてから。
それから月子は、振り向くこともなく。
いつもなら、決して渡らないはずの。
信号が点滅しはじめた横断歩道を……早足で渡っていく。
赤になると同時に渡り終えた彼女は。
近くの角をサッと曲がると、あっというまに。
……姿を、消してしまった。
「なにか、怒らせてしまいましたかね……」
残された海原君が。
わたしの前で、あきらかに落ち込んだような声になる。
「そういうの『じゃない』と思うな〜」
わたしは彼に、『ヒント』を与えてあげたものの。
……ただ、海原昴は『どこまでも鈍い』ので。
今度は、まるで捨てられた子犬みたいな表情になると。
「三藤先輩、大丈夫かな……」
わたしの目の前で、本気で月子のことを心配しはじめる。
……たまに、たまにだけど腹が立つ。
「ねぇ、海原君!」
「は、はい?」
「集合場所も時間も、月子が決めたんだよね?」
「自由行動ですって、遠足の引率みたいなこといった月子の心配ばかりしてさ」
「あ、あの……」
「目の前にいる人のこと、考えてる?」
月子はね、『自由時間』をくれたの。
わたしにどうぞって、あげたくもない時間をくれたのに。
……ホント、鈍いんだよね!
「あの……」
「なに、海原君?」
わたしは目を細めて、思いっきり不満だという顔で彼を見る。
「こ、これって……」
基本鈍くて、でもたまに冴えていて。
そしてごく稀に、予測不能なことをする。
……それが……海原昴だ。
「……『合格祝い』ですか?」
いきなり、とんでもない変化球。
じゃなくて豪速球が飛んできた。
そ、そうだね。
以前わたしが……学校の屋上でおねだりしたよね。
大学に『合格したらデートして』って。
お、覚えてくれていたのはうれしいけれど。
「ちょっと、いまのはダメ……」
「えっ?」
「完全に、不意打ちだよ……」
あぁ……口にした自分が恥ずかしすぎて。
顔が熱い、彼の顔を。
まともに見られない……。
……そして、『不意打ち』といえば。
わたしはふと。
月子と以前『ふたりきり』で話したときのことを。
つい……思い出してしまった。
……『あの日』は、月子がいきなり。
わたしの心に、豪速球を投げてきた……。
「……美也ちゃん。卒業したら『どうするつもり』ですか?」
「えっ?」
「質問、聞こえていますよね?」
彼女の表情は、どこまでも真剣で。
逃げられないと悟ったわたしは……答えるしかなかった。
「……遠くにいくから、なかなか会えなくなる」
「美也ちゃん、不正解です」
月子は、それは単なる距離の問題だと一蹴する。
確かに、遠くの大学を進学先に選んだのはわたしだ。
でも……それには理由がある。
「『その理由』と、海原くんへの想いとは別物ですよね?」
あの日の月子は、容赦なく。
わたしの痛いところを突いてきた。
「じゃぁ……どうしたらいいと思う?」
聞いてよい相手なのか。
口にしてよいセリフなのか迷ったけれど。
わたし自身もあの頃は少しは……悩んでいた。
「それをわたしに、聞かないでください」
月子は、『予想外』にやさしい声で答えると。
「わたしも、同じなんですから」
「えっ?」
わたしには『予想外』だったことを、話し出す。
「一年上だろうと二年上だろうと、変わりません」
彼女はやや弱々しい声色で。
「どのみちわたしたちは、『海原くんの同級生』ではないのだから……」
瞳を少し、潤わせながら。
「自分が先に卒業して、彼を残してしまうなんて」
……『都合がよすぎる』のだと、嘆いていた。
「美也ちゃんは、それでも『気持ち』を伝えたのでしょう?」
月子は、わたしを見て。
「その覚悟が、わたしはうらやましい」
そっとつぶやいたけれど。
でも、違う。
それはきっと違う。
わたしは、『残される』彼の気持ちを考えていない。
一方的に自分の気持ちだけを伝え続けてきた。
ただの……わがままな女なのだ。
ふたりだけの空間に、沈黙が訪れて。
わたしはそのとき。
月子の話しの続きを、早く聞かせてほしいと思った。
ただそうして待っているうちに……わたしは。
もはや当たり前すぎることで。
それでも当人の口からはただの一度も。
……まだ直接聞いていないことがあると、気がついた。
「ね、ねぇ月子?」
「なんですか、美也ちゃん」
……わたしは……聞いても、いいんだよね?
「あ、あのね……」
でも、いざとなると。
やっぱりどうしても聞きにくい。
すると月子は少し楽しそうに。
「美也ちゃんって、本当にやさしすぎますね」
そういってわたしの肩に、頭をそっとのせてきた。
……わたしに、教えてくれてありがとう。
「覚悟は、できました?」
「うん」
本人の口から出た言葉だからこそ。
どこまでも心に……響くことがある。
「わたしも海原昴君に、恋をしています」
三藤月子は、迷いなくそう宣言すると。
まるでつかえが取れたような、晴々とした笑顔になって。
おまけに、それから……。
「なので美也ちゃん。あなたは……わたしのライバルです」
そういって、わたしを。
……『公式』に、認めてくれた。

