……ふと気がつくと、百万円の受け取り人がそこにいた。
「まさか、こんなところで打ち合わせしてたの?」
年齢不詳の担当者が、驚いた声をあげると。
「このビデオ、そんなに退屈だった?」
「あの……それより入金を……」
「担当に伝えるから、いますぐ感想聞かせて」
まだまだ、この場所からは逃がさないと告げてくる。
「和装がないと、盛り上がりに欠ける気がしました」
三藤先輩の指摘に、その人はなるほどとうなずくと。
「日常と現実がいっぱいあって、つい気になって」
都木先輩の意見に、少し解説を求めてから目を丸くして。
「ゴリラが、両鼻をほじっていました」
僕の話しには……ため息しかつかなかった。
「三人とも、すごいメンタルよねぇ〜」
ようやく現金を手にしてくれた、その人が。
「この環境で打ち合わせとか。『恋愛感情ゼロ』の関係性じゃないと無理よね〜」
中身を改めながら、ひとりごとをつぶやいている。
「……あれ、なにこの沈黙?」
「い、いえ」
「集中されているかと思いまして……」
先輩たちが答えると、また静かになって。
永遠と続く、場違いな音楽とナレーションだけが。
再び……遠慮なしに、流れている。
「海原君、もしかしてわたし邪魔しちゃった?」
「えっ?」
「あ、『こっち』の話しね」
その人は、『画面の花嫁』に視線を向けると。
「『決まるまで』には、まだ時間がかかりそうだね」
なんだか……いわくありげな顔で僕を見る。
「ま、まだ……こ、高校生ですからね」
「ほう。でもわたし、ダンナと同じ高校だよ」
「えっ……」
ブ、ブライダルサロンの中で。
じ、実に微妙な沈黙がまた流れると。
「はい、領収証」
その人はようやく、僕たちを百万円から解放してくれる。
「百万円って、この仕事してるとよく見るんだけどね」
その人は、きっちり僕だけに視線を合わせると。
「高校のときには、見たことなかったなぁ〜」
ふとなにかを懐かしむような、顔になる。
「じゃ、海原君。お金貯めなよ!」
「えっ?」
「はい、将来のご参考に」
これは……挙式プランのプライスリスト?
「あ、あの。まだまだ僕には先ですし……」
「そうなの?」
「ですから、まだ高一で……」
「あの頃のわたし、もうダンナと出会ってたなぁ〜」
僕の話しを無視して、その人は再度恐ろしいことを口にすると。
「ま、まだあの頃は『こうなる』とは思ってなかった」
ちょっとだけ希望というか、救いになることを口走ったあと。
「いいよね、青春って」
……今度は僕以外のふたりに、ほほえんだ。
「将来はぜひ、当ホテルでの挙式をご検討ください」
担当の人は、そういって大袈裟に僕に向かって頭を下げると。
笑顔で僕をブライダルサロンから『放出』しつつ。
「乙女たちは、どうぞそのまま」
先輩たちを……まだこの場に拘束するらしい。
それから、しばらくしてようやく。
「……お待たせ、海原君」
「海原くん、ありがとう」
都木先輩と三藤先輩がきたのだけれど……。
ふたりともなんだか、やけに分厚い封筒を。
大切そうに……胸元で抱えている。
「なんですか、それ?」
なんのけなしに聞いてしまった僕に。
ふたりは一瞬、その場で固まってから。
「ドレスの……カタログ」
「和装と……二種類あるのよ……ね」
そういって、もう一度。
胸の前で封筒をギュッと抱えこむ。
「も、元はといえば。海原君なんだよ!」
「えっ?」
「そうよ。海原くんが、価格表を受け取ってしまったから……」
……そうしたら、『あの彼でさえ』興味があるのにと。
「わ、わたしは。お付き合い程度にポストカードでも受け取ろうと思ったのよ」
「えっ、月子? 『和装のカタログが……』ってつぶやいたよね?」
「美也ちゃんこそ。『あの……ドレスって』といいましたけど?」
「あ、あの……」
それから、互いに『譲らない』やり取りがはじまって。
なんだか視線を感じた僕が……顔を横に向けると。
……担当のひとが、楽しそうな顔で僕たちを眺めていた。
「そ、そろそろ。カバンに、しまおっか?」
「そ、そうですね……」
同じく視線に気づいたふたりが。
高速でペコリと頭を下げると、必死になってカタログをしまいだす。
ところが。そのとき、その……。
両頬が赤い、都木先輩と。
両耳が赤くなった、三藤先輩をチラリと見た僕は。
ほ、ほんの一瞬だけれど。
……思わず『未来』を、意識した。
「海原君、なにその顔?」
「海原くん、なにか文句でもあるの?」
「い、いえ。そうではなくて……」
ただ、その先なんてとてもじゃないが。
……言葉に、できない。
「と、とりあえず。無事に入金が終わりましたよね」
「なに、その誤魔化しかた?」
「海原くん、隠しごとはよくないわよ」
「で、でもですね……」
僕には……たまたま、見えてしまったのだ。
都木先輩と三藤先輩が、カタログをしまうことに必死だったそのとき。
ふたりの背後には、ていねいに磨かれたショーウィンドウがあって。
僕から見えた、その……『ちょうどいい』位置には。
まるでなにかを『イメージ』させるかのように。
都木先輩のうしろに……鶸色の生地の色打掛。
そして三藤先輩のうしろには……純白のドレスが、飾られていて……。
「や、やっぱり! なんでもありません!」
口にしたら最後、妄想するなと怒られる。
そう思った僕は、ホテルの人たちにごめんなさいをしながら。
「ちょっと、海原君!」
「逃げないで! 説明しなさい!」
ドレスでも着物でもなく、まだ制服を着ているふたりと。
まるで追いかけっこでもするかのように。
長い廊下を……しばらく走り回っていた。

